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黄金竜の瞳

 カンサク山を登り、しばらく経った頃それが現れる。虚を体現したような闇の穴、山肌にぽっかりと穴を開けたような洞窟が姿を現した。

 5人はその洞窟の前で足を止める。

 

「着いたわね。」


 メフェルが落ち着きはらった声でそう言った。

 彼女の眼差しは真剣そのもので、闇を見据えるように洞窟の奥をじっと見つめる。


 洞窟の奥からは冷たい空気が流れていた。シーナは歩き出した4人の背中を追って洞窟の中へと進んだ。


 うう、と風の音とも獣の声とも取れる音が低く響いた。それでも一同は歩みを止めず、進む。

 そうして歩き続けると視界が急に開け、金銀に煌めく財宝が現れる。眩しく光る宝たち、金は美しくも冷たい。まるで死者の涙を固めたようだった。そしてその奥に一際輝きを放つ黄金がある。


 割れた天井から刺す光が真っ直ぐに照らし出す、それは堅牢な鱗を持ち、全てを溶かす火を放つ竜。

 

 ――黄金竜、そう呼ばれる竜がそこにいた。


 5人には目もくれず、ただ眠り続ける竜であったがその迫力は凄まじかった。

 メフェルがシーナに目配せすると、事前に言われた通りに入口近くの岩陰に身を潜める。


 メフェルは彼が隠れたのを見計らって、適当な財宝を杖で叩いた。すると黄金竜が起き上がり、メフェルたちを見据える。

 唸り声を上げるでも襲いかかるのでもなく、その瞳は彼女たちの次の行動を観察しているようだった。


 メフェルが杖を構えて戦闘の姿勢に入る。それに合わせて4人もそれぞれの武器を構える。

 ルドーは拳を、ベキアは細身の剣、レイピアを構えた。


 ラガルが剣を抜きながら言う。


「黙って寝込みを襲えばいいものを。」


 それに対してメフェルは詠唱で答える。


「大地よ、我らが祈りを聞き届けよ。針となり敵を穿て!」


 その言葉が戦闘の合図だった。

 シーナは息を呑む。大地の揺れが彼の体に響いた。


 岩柱の棘が竜の体にぶつかる。鈍い音を立てて棘は砕かれた。硬い鱗に阻まれたものの衝撃は伝わっているようで竜の敵意はメフェルに向いた。


 大地を揺るがす咆哮と共に前足がメフェルに伸びる。

 それを庇ったのはルドーであった。身1つで竜の攻撃を逸らしてしまう。それだけで彼が只者でないことは明らかだった。


「ベキア!」

「あいさ、ルドー!」


 ルドーの合図でベキアが竜の腕に乗る、そのまま駆け上がって竜の頭に乗る。振り払おうと竜が暴れたが、そのままベキアは竜の目玉を突き刺した。

 しかし、狙いが逸れたのか竜の眉間に剣は刺さり弾かれた。


「ちっ!」


 ベキアは舌打ちしながら竜に振り落とされる。動きが止まったタイミングでラガルが飛び出し竜の右足を切りつけた。鱗に浅く傷が入るものの致命打にはならない。

 竜の足には傷以外に金の腕輪があった。

 キラリと腕輪が光った瞬間、勢いよく右足が持ち上げられる。

 ラガルは後ろに飛んで、竜の踏み付けをかわした。


 シーナは震えが止まらなかった。側から見ても連携が上手いのは明らかだ。本物の竜と目の前で戦っているという興奮、恐怖が彼の中で入り混じる。


 着地したラガルの死角に黄金の影が伸びる。


 シーナは思わず声をあげそうになった。

 だがすぐさまメフェルの声にかき消される。


「ラガル、横!」


 ラガルが危なげなく、竜の尻尾を避ける。薙ぎ払われた土埃が煙幕のように舞った。一寸の間も置かずに竜の炎が地面を焼く。その息は熱ではなく、罪を焼くかのような炎。あたりに焦げ臭い匂いが広がった。


 竜の炎は当たらなかったのかラガルは無事だった。


 シーナがホッとするのも束の間、メフェルは声を上げる。


「あった!」


 視線の先には紫に輝く神秘の鏡があった。他の財宝とは違う、紫の宝石1枚で作られた不思議な鏡は、どんな宝よりも目を引いた。

 ラガルもそれを見て表情を変える。


「でかした!」


 宝に目を奪われた一瞬のことだった。ラガルが竜の足に吹き飛ばされて壁に打ち付けられる。

 岩壁は窪み、彼は血を吐いた。


「ラガル!」

「ラガルさん!」

 

 メフェルとシーナの叫びが重なる。

 続いてベキアが竜の睨みの矛先となった。竜の牙がベキアに迫る。それをルドーが庇い、牙に捕えられたルドーもそのまま投げ飛ばされ、地面に倒れた。


「ルドー!」


 悲痛なベキアの声が響く。先程から攻撃はあまり通っておらず、このままでは負けが濃厚だった。

 しかしメフェルは引かずに詠唱を続ける。

 いや、引けないのだ。


 シーナはそう思った。倒れた2人を置いて逃げることができない。ベキアはルドーの元へ駆け寄り体を支えている。

 ルドーは意識もはっきりしておりなんとか自分で立ち上がったが、ラガルはまだ起き上がれずにいた。


「炎よ、柱となりて敵を燃やし尽くせ!」


 メフェルの詠唱が響く、巨大な火柱が竜を貫きその身を溶かした。しかし竜はまだ生きている。

 竜の手が、爪がメフェルへと向かう。時間が止まったようだった。誰も声を出せず、光も息を潜める。


 ――ダメだ!


 シーナはそう思った。

 そして気づけば走り出していた。


「ああああああ!」


 大声をあげてメフェルと竜の間に滑り込む。リュートを前に構えてドラゴンの爪を弾いた。


 (そのリュート魔術がかかっているわね。)


 メフェルの言葉が脳裏に響く。ドラゴンとは比べ物にならないがゴブリンの爪も弾いたこのリュートならいけると思った。

 ガンと強い衝撃に鈍い音がしてシーナは転がる。


 成功だった。


「シ、シーナどうして!」


 突然の出来事にメフェルは混乱しているようだった。すぐさまシーナは起き上がりメフェルに言う。


「ぼ、僕だって――僕だって!」


 恐怖に震える体を無視してシーナは叫ぶ。碌に剣を握ったこともなかった。ましてや今手にしているのはリュートだ。何ができるわけでもない。

 竜が弾かれた腕をもう一度下ろそうとする。


 そのとき、シーナの桃色の瞳と竜の赤い瞳が交わった。

 竜の動きが止まる。それは短い時間。一瞬のことだった。明らかに竜の瞳は動揺をしていた。


 瞳にシーナを映したまま動かない。


 その隙の間にラガルは起き上がり、剣を構えていた。

 ルドーもベキアの腕を借りずに立ち上がり拳を構える。


 誰1人として退かなかった。

 メフェルが杖を突き、再度炎が巻き起こる。

 それを皮切りにラガルの剣が竜を襲った。

 先ほどよりも深い斬撃に竜がよろめく。


 ルドーの拳が竜の額を貫き、ベキアの鋭い剣撃が雨のように竜に降り注いだ。


 痛みも、恐怖も、同じだった。

 しかし誰もが自らの目的のために竜に挑む。


「これで……終わりだ!」

 

 ラガルがそう言った瞬間、黄金竜が咆哮を上げた。

 どろりと竜の体が溶けていく。その中心で、何かがシーナを見つめていた。

それが“人の瞳”だったのか、それとも――。


「な、なんだこれ!」


 ルドーがその光景に声をあげた。倒した魔獣が溶け出すというのは聞いたこともなかった。

 メフェルが再度杖を構えて、いつでも詠唱ができるように準備をする。


 カランとその場に金の腕輪が落ちる。

 黄金竜を倒したのだった。


 *


 訪れた静寂の中、戦いの残滓が残る。

 ルドーは肩から血を流し、ラガルは口元の血を拭っていた。ベキアも頬の傷を拭き取ると、剣についた竜の血を振り払った。


 洞窟には火の粉が舞い落ち、灰色の光が降り注ぐ。

 崩れた財宝の山に、紫の鏡が横たわっていた。


 シーナは鏡を見つめる。それは紫水晶でできたか鏡であった。光の角度によって色の濃さが変わって見えた。

 その表面にはボロボロになったラガルたちが映る。


 一方ラガルにはその鏡の中に人影を見ていた。衝撃に喉が震え、剣を握った手から力が抜ける。

 メフェルはただ竜の亡骸にそっと目を閉じたままで、その様子に気づくことはなかった。


「みんな……生きてる。」


 シーナがポツリと呟いた。

 誰も死なずに勝った、それは奇跡のようなことだった。残された竜の腕輪を見つめシーナはそっと、リュートの弦に手を添える。

 寂しげな寧色が洞窟に響いた。音は微かで、涙のように優しい。それは竜への慰めのようでもあった。

昨日は寝落ちして更新ができませんでした。

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