成功
「っ……。」
猿轡をしたリィマの口から、小さな悲鳴があがるのと同時に、手首に赤い染みが滲み出てくる。
ラガルはそれを愛おしそうに指で撫でると、腕へなぞり上げていく。
ぞわぞわとリィマの背中が粟立つ。
リィマは息を深く吸った。
恐怖を紛らわすために。
「血は巡る。」
甘い声が響く。
ラガルの毛先の紫がより濃く滲んだ。
風もないのにリィマとラガルの髪が揺れる。
飲みかけの茶の水面が、理由もなくゆらりと揺れ、一瞬だけ、青の煌めく景色を映し出した。
シーナは息を呑み、見間違いかと目を擦る。
「魔は血に宿る。」
リィマの腕に霜が降りた。
腕の血痕を伝って、血液は氷へと変わる。
「っ!」
仰反るリィマの頭にラガルは片手を添える。
そして腕を掴んだ手を強く握ると魔力を流し込んだ。
瞬間、リィマの体に激痛が走る。
内側から裂かれるような、言葉にできない痛みに体が勝手に跳ね回る。
ラガルは倒れ込むように床にリィマを寝かせると、そのまま術を続けた。
冷たい魔力が自身の心臓まで迫り上がっているのが、リィマにはわかった。
なのに血は沸騰して、ぐつぐつと今にも溢れてしまいそうなほど熱い。
額の石が深く輝く。
胸が裂けそうなほど痛かった。
口に力が入る。
喉の奥から叫んだ。
目が飛び出すくらい、見開いた。
しかしラガルは術を止めない。
まるで踊るように手を取って、暴れるリィマに体重をかける。
一層強くリィマが暴れたあと、フッとその力が抜ける。
ラガルはそれまで薄く微笑んでいた唇を、真横に結ぶと再びリィマの手首を撫でて言った。
「……終わった。」
伏せた瞳をラガルが上げると、アルラがすぐに駆け寄った。
動かないリィマを見て、叫び声をあげそうになる。
猿轡を外して、その肩を揺さぶった。
「う……ん……。」
リィマは生きていた。
汗だらけの額にある石は弱弱しく輝いている。
「終わったの?」
先程までとは打って変わって平坦な声で、話す。その目は虚だった。
「大丈夫か?リィマ?」
アルラはリィマの全身を隈なく見る。
手首の傷以外、変わったところはなかった。
だが、何かがおかしい。
リィマは自分の心臓に手を当てる。
硬く凍っていることがハッキリとわかった。
心臓が脈打つたびに痛みが襲う。
けれどその代わり。
「わかるよ……魔の調和が。」
そう言ってリィマは自身の手を見る。
幾分か色褪せて見える景色は代償の一つだと思えば軽かった。
「でも、なんでかな……大事なものを無くした気がするの。」
リィマは胸に手を当てる。
「アルラヌリィサチグモ、私なにか変かな。」
もう、リィマは笑わなかった。
*
術は成功した。
何も問題がなかった。
なのに、そのはずなのに。
(どうして皆、悲しそうな顔をする?)
ラガルはわからなかった。
今は、部屋の中でラガルを除く全員が話し合っている。
ただ一人、彼だけが部屋の外へ閉め出された。
何を間違っていたのか、ラガルにはわからない。
ただ最善の行動をしたと、彼は本気で思っていた。
久々の術に手応えもある。
(本来の用途ではないが上手く応用ができた。)
むしろかなり調子が良かった。
ラガルが空を眺めていると、一匹の蝶がやってくる。
彼は無意識のうちに手を差し伸べていた。
(この虫は……平気だ。)
そのまま離れた蝶を追ってふらふらと歩いていく。




