沈黙の誓い
「正義、か。」
人知れず握りしめたラガルの拳は震えていた。指の色が変わるほど強く握りしめている。
「ラガル、どうしたの?」
ラガルの様子が変わったことに、いち早くメフェルが気づき探りを入れる。しかしラガルは逃げるように視線を逸らした。メフェルは寂しげな表情を浮かべる。
2人の様子を無視してルドーとベキアは話を進めた。
「それじゃあ準備に入りますか。」
「だな、どうせこれ以上は人を募ったって来やしねぇ。」
実際、ルドーの言う通りだった。これ以上は人手を探しても意味がないだろう。それでもシーナは顔を強張らせて確認をした。
「え...よ、4人だけで大丈夫なんでしょうか?」
「4人もいるんだぞ少年、そのうち1人は鉄壁のルドー、
鮮血のベキア!光栄だと思ってね。」
「へ?あ、はい……?」
二つ名と思わしきものをルドーは発するがシーナにはピンと来ない。適当を言ってるだけだとルドーがシーナに笑って言う。
「君はひよこのシーナだ!」
「え……か、髪の色で決めました?」
ベキアがおどけた調子のままシーナに言った。間違いなくシーナの黄色い髪の色から連想した言葉だった。
「お喋りしてないで行くぞ。」
ラガルが短く告げる。するとベキアは標的をラガルに変更した。だがそれは揶揄うというより何かを探るような、そんな様子だった。
「ラガル君はトカゲ、とか?」
――トカゲ、そう呼ばれた瞬間にラガルの瞳孔が開く。その瞬間をベキアは見逃さなかった。
ラガルの脳裏に懐かしい光景が蘇る。それは自ら思い出すまいとしていた古い記憶だった。
焚き火を囲む仲間たち、それが次の瞬間、血に変わる。
「もしもーし、聞こえてますか?」
ベキアがラガルの眼前で手を振る。メフェルは。ベキアとラガルの間に体を割り込ませて言った。
「黄金竜を退治しに行くんでしょう。早く出発しないと。」
「そうだった、いやはや私忘れっぽくてねー。」
「ら、ラガルさん大丈夫ですか?」
先を行くベキアたちの後ろで固まっていたラガル。シーナの声で、ハッと我に帰った様子だ。
「まさか、偶然だ。」
風が頬をなでた。冷たいのに、どこか血の匂いがした。
自分に言い聞かせるようにラガルは呟く。そう思いたかったが胸の奥がズキリと痛んだ。震えそうな唇を噛み締めてラガルは前に進む。
その様子を側で見ていたシーナは不思議だった。
――何をそんなに怯えているんだろう。
(もっと知りたいなラガルさんのこと。)
シーナにもうラガルが怖いという気持ちはなくなっていた。代わりに彼に対して興味が湧いてくる。
そんな気持ちと裏腹にシーナはラガルに声をかけることができずにいた。声をかけたところで今は返事を返してもらえる気がしない。
そっとしておこうとシーナは身を引く。
(それよりも今は竜退治に身を入れなくちゃ。)
シーナは戦力外であったが、気を抜けば死ぬ戦場に行くのは変わらなかった。未だ現実感が湧かないが一歩一歩進むごとに竜と相対する未来に近づく。それも両親の仇である竜に。
(この一歩が、竜への一歩。)
そう思うと歩みも重くなった。だがここで引くという選択肢はない。
(おばあちゃんも生きて帰れって言ってた。)
祖母から受けた言葉を思い出す。シーナに死ぬ気はなかった。生きて無事に見届ける事が今の使命なのだ。
覚悟を決めてシーナは進んだ。
――――――――――――――――――――――
カンサク山の麓にたどり着き、見上げる。それは険しい岩肌を持つ山の連なりだった。そのうちの一つが竜の巣があるカンサクなのだろう。
シーナはギュッとリュートを握りしめる。背中には大きな鞄を背負っていた。
「重くない〜?大丈夫〜?」
ベキアが気の抜ける声で尋ねる。彼女らは自分の荷は自分で持つと言った。だがシーナがそれを許さなかった。シーナにできることは荷運びくらいだったからだ。
「へっちゃらです。」
そう答えてその場で飛んでみせる。重い荷物を背負ってるというのに普通に飛び跳ねるシーナを見てベキアとルドーはギョッとしていた。
「足が痛くなったり肩がつらくなったら早めに言うのよ。」
メフェルの念押しにシーナはゆっくり頷く。ラガルは相変わらず黙ったままだったが、先程に比べてだいぶ落ち着いてるようだった。
「それじゃあ登山と行きましょう。みんな準備はいいかしら?」
メフェルは杖をトンとつくと。全員を見渡せる位置で確認する。
「今から死ぬかも知れないわ、でもそんなものどうでもいいわね。覚悟は決まってるでしょう?」
「おうよ、こちとら準備万端だぜ。」
メフェルの問いにルドーが勇ましく返事をする。
ベキアも同じようだった。シーナも確かに頷く。
その光景を見てメフェルはゆっくり息を吸った。
「でもその前に確認させて、あなたたち2人は何のために竜を倒すの?」
「今更かよ……そりゃまたどうしてだ?」
「命を預けるのよ。だから知っておきたいの、あなたたちは何のために竜に挑むの?」
「それを言われたらこっちもだなぁ、だがわかった。俺たちの目的を言ったら。メフェル、お前も言うんだぞ。」
ルドーがやれやれといった風に首を振る。メフェルは動じる気配もなく、ただ道の先からルドーを見下ろしていた。
「俺たちの目的は竜の財宝だよ。トレジャーハンターとして腕がなるだろ。」
そう言ってルドーは鼻を掻く。メフェルからすれば明らかな嘘だった。この男からは竜を殺してまで財を成したいという欲が見えない。
けれどメフェルは問い詰めることなく、話の続きを促す。
「それで?」
「それでって……あー、もうわかった!俺らが欲しいのは。」
ルドーが何かを言いかけたとき、ベキアが口を閉ざさせる。その不自然な仕草にその場にいた全員が、不信感を抱いた。
「それは内緒、でもお金が欲しいのも本当。私の妹は病気でね、たくさんお金がいるんだ。」
その言葉は素朴で嘘偽りない声に聞こえた。
「竜の肝は万病に効く薬になるって言うし一石二鳥でしょ。ほら、答えたよ。メフェルたちの目的も教えて。」
ざぁあと風が鳴く。メフェルは判断に迷ってラガルを見たが、彼は何も言わない。そして考えた結果、手の内を明かすことにした。
「ヘレーの鏡よ。依頼人に回収を頼まれたの。」
「ヘレーの鏡……ってあのお伽話で有名な?」
シーナがその言葉に反応する。けれどベキアとルドーは違った。
「俺たちは何度も、そういう名前の鏡を掴まされてきてるが全部偽物だったぜ。」
そうルドーは返す。
「いいのよ、たとえ偽物でも。私は本物であって欲しいけど。依頼人に返せさえすればいいのだわ。」
メフェルの答えを聞いてルドーとベキアは納得する。メフェルは素直に話した見返りに、同じく全てを開示してくれることを願った。だが結局2人が目的の全てを話すことはない。
「さて、もうそろそろ行きましょう。黄金竜を倒しに。」
メフェルが改めて杖を地面に打ち鳴らす。それは先ほどよりも力強いものだった。誰も口を開かぬまま、竜の巣へと続く道に呑まれていく。そして彼らは竜の巣穴へと足を踏み入れた。




