配列の里
甘い香りが漂う。
里内は美しい植物の家と精巧な装飾で飾られていた。
木の実のランタンがあちこちに下げられ、暖かな光をこぼしている。
メフェルたちが歩くと、サッと通りから人影が消え、扉が閉まる音がした。
静まり返った里内にヒソヒソと話声が響く。
「石無しだ。」
「不潔。」
「なんでここに?」
「あいつだ、あの変わり者のサチグモだ。」
「恥さらしだ。」
エルフたちは背が低く耳の長さと、額の石がなければ小人と寸分違わなかった。
毛色の違う小人族と言われてもわからない。
シーナは小人と違い排他的な彼らを見てあまり良くは思わなかった。
ミムラスもそうだ。
先程から険しい顔をしている。
ただ一人ラガルだけがその様子を見て呟いた。
「……合理的だ。」
その声にシーナが顔を上げる。
そこには酷く冷徹な顔があった。
「混じわらざるは、弾かれる。それだけのこと。
守るべきは命ではない、配列だ。」
誰も返事をしない。
なんとも言えない気持ちをシーナは抱える。
“違う”と言いたかったが、今、言い争うことは避けたい。
ミムラスがラガルを見ていた。
その目は非難の色を孕んでいる。
けれど彼女も言葉にすることはなかった。
サチグモは一つの家の前で脚を止めると、一同を通す。
その家は他の家と同じ木でできた小さな家だった。
ギリギリ、メフェルとシーナが通れるくらいの家だったので軒先で話すことになる。
「改めて、私はサチグモ・モチモ・チモ。
見ての通り植物学者をしている。」
そう言った彼は胸を張るが、見た目だけではよくわからない。窓から家の中を覗き見てみれば、大量の植物の標本が散らかっていた。
「私に用ってなにかしら?」
メフェルが早速本題に入るとサチグモは堰を切ったように喋り出す。
何やら難解な内容だったが、要するにメフェルの出した過去の論文に関して話がしたいようだった。
「農業における魔素の影響について、大変面白かったのであるからにして!たくさん聞きたいことがあるのだ!」
ふりふりと体を振ってサチグモはメフェルの反応を待つ。彼女はその熱量に驚いていた。
メフェルは素直に応じようと思ったが、少し意地悪な考えが浮かぶ。
「ありがとう、でも私たち調律師の元に用事があるのよ。」
「先ほども言ってたであるな?
けど調律師様のいる第一層によそ者が入るのは難しいのだ。」
「第一層?」
メフェルが聞き返す。
するとイーヴァが集落の中心を指差して、説明を始めた。
「ネスフィリの里は階層ごとに分かれてる。あそこに見えるのが生命の樹だ。あれを中心にしてるんだ。」
彼の指先には大きな大木が見えた。
遠目から見ても赤い実が目立つ、立派な木だ。
「王都に似てますね。」
シーナが横から口を挟む。
確かにその構造は世界樹を中心とする王都にそっくりだ。
「よく知ってるであるな?
サチグモたちは第三層のネスフィリなのだ。」
クイっとサチグモは眼鏡を上げる。
額の三つの石がキラリと輝いた。
「そうねぇ、私とお話ししたいなら。
調律師と会った後じゃないと無理ねぇ。」
メフェルがわざとらしく困った様子でサチグモを見る。
すると彼は慌てたように言った。
「案内!案内するのである!だからお話しするのだ!」
「後悔はしない?」
「し、しないのだ!」
なんとも早い交渉成立だった。
呆れた様子でシーナもミムラスもメフェルを見ていたが、今回は彼女のおかげで事が上手く進んだので何も言わなかった。
「……サチグモは、もうサルマにいられぬかもしれない。」
一瞬だけ、彼の視線が自分の家へと向いた。
標本で埋まった窓の奥に、灯りはまだ残っている。
ただ一人、その声が震えていたことをシーナは聞き逃さなかったが。




