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正義と焦燥

 あれから1日、ルドーとベキアは同じ宿に宿泊していた。竜退治の話を決めた翌朝、穏やかな朝日が朝食に出されたパンとスープを照らしている。

 

「お、おはようございます。ルドーさん、ベキアさん。」

「おっはよー。」


 部屋から出てきたベキアが、一階の食堂で元気よく挨拶をした。寝起きの彼女に昨日の獣のような気配はなかった。気のせいだったのだろうかとシーナは思う。


 しかし、ラガルを見た瞬間ベキアの雰囲気が変わる。

 ベキアの笑みの奥に、昨日シーナが見たあの“狩人の目”が一瞬のぞいた。

 ……空気が変わった。肉の匂いを嗅ぎ分けた獣のように、彼女の目が光った。


「ラガルおはよう!」


 ベキアがラガルに話しかけるが、ラガルは昨日のように無視をする。まるで彼女が見えていないかのように横を通り抜けてメフェルの側に落ち着いた。


「挨拶くらい返しなさいよ。」


 メフェルにそう注意を受けたが態度は変わらない。ラガルはただ壁にもたれて俯いていた。

 シーナはそんな彼を見て思う。


 (まだ僕は相手をされてただけマシだったんだ。)


 一切会話をしようとしない彼に痺れを切らしたのかベキアが提案をする。


「竜退治の話でもしようかと思ったけど、まず私たちお互いのことを知るべきじゃない?」

「そうね、ラガルも少しは打ち解けられるかもしれないし。」


 メフェルが苦笑しながらそう返す。そしてルドーを抜いた4人の自己紹介が幕を開けた。


「私からいっきまーす!私はベキア、家名なんてないよ。オウタルから来たの。」


「お、オウタルってどこですか?」


 シーナが質問をする。ベキアは人好きする笑みで答えた。


「外の国だよ。魔族とか亜人が沢山いるところ。」

「魔族……。」

「おや君も嫌いな口かい。」


 亜人と一緒にいるのに――、とベキアが言う。


「い、いえ……その……。知恵のある人の形をした魔獣……なんですよね?襲われたりしないのかなって。」


「あはは、しないしない。どんなイメージなの?」

「い、家より大きくて歩けば霜を降らせて津波を起こすって祖母からは聞いていました。」


 シーナが顔色を伺うように恐る恐る言う。彼にとって魔族とは祖父母に言い聞かされるお決まりのお化けのようなものだった。


「それはウレラの連中だね。北の雪原――ノクオドアルから出てこないし、全然平気だよ。」


「は、はぁ。」


 ウレラ、ノクオドアル。知らない単語の羅列にシーナの思考が止まる。シーナは自慢じゃないが箱入り育ちであった。蝶よ花よと育てられたツケが今まさに現れていた。

 

「魔族と人の子どもが亜人だっていうのは知ってるよね?」

「えっ、えっと……亜人っていう人たちじゃないんですか?」


 ベキアにそう問われて返しに詰まるシーナ。その答えに流石のメフェルも困惑した表情で彼に突っ込む。

 

「なかなかの世間知らずね、シーナ。」

「う、は、はい。」


 返す言葉もなかった。

 そんなシーナにベキアは話を続ける。

 

「亜人は魔法を使えないから魔族の中にも、人間ではないから人間の中にも入れないんだよ。シーナも見たでしょルドーとラガルがつけてるこれ。」


 そう言ってベキアはラガルの胸にかかった薄い銅板を指さした。ラガルは一瞬、嫌な顔をした。

 

「それなんなんですか?」

 

「亜人がつける証明札みたいなものだよ。この印がないとこの土地を歩くこともできないの。この土地には魔族の足跡ひとつ残らない。」


 シーナの世の中を知らなすぎる質問にも笑わずに真面目に答えるベキア。彼女は思っていたよりも真面目な人物なのかもしれないとシーナは思った。ただ、シーナは1点訂正をしたく、ベキアにこう返す。


「魔族が入ってこれないのは知ってます。」


「流石に知ってるか。」


 これは流石のシーナでも知っていることであった。それは幼い頃から言いつけられてることで、この銀の大地に生まれたならば誰もが答えられることだった。


「え、エイシュ様の守りがありますから。」

「エイシュ様の守りねぇ、なんだかなぁ……それもいつまで続くんだか。」


 しかしシーナが返すと、ベキアはなんとも言えない表情をする。それは懐疑が入り混じったような曖昧な笑みだった。

 それを見たラガルはようやくベキアに興味を持ったようで話題に加わる。

 

「……お前は人間のくせに神を信じないのか。」

「お、食らいついたね。言ったでしょ、私はオウタルから来たの。エイシュ様に誓いを立ててないってわけ。」


「面白い。」


 ニヤリと口の端を上げて笑うラガル。シーナが初めて見たこの男の笑みは、大層悪いものだった。

 不敵に笑う男の笑みには神への嘲りが見える。

 そんなやり取りをしているラガルとベキアに、メフェルが注意を飛ばした。


 メフェルが机に手を置き静かに嗜める。ベキアとラガルを見比べて口を開いた。

 

「あまり外でする話ではないわよね。」

「ごめん、ごめん。」


 ベキアが舌を出してペロリと謝った。それはイタズラが見つかった悪童のようだ。

 そのとき、ようやくルドーがやってきた。

 

「おっす、すまねぇ。寝坊した。」


「ルドー遅い!」


 ベキアがルドーの背をバシバシと叩く。かなり強く叩いているがルドーの体感は一切ぶれない。

 抗議のビンタを受けながらルドーは状況を整理した。

 ルドーは笑いながらも何かを探るようにラガルの方を見ている。

 

「悪いって、何話してたんだ?」

「自己紹介、って言っても私の番しかしてないけど。」


 そう言ったところでメフェルが自分たちの番だと言うように話始めた。

 

「私はメフェル。昨日話したとおり、流れの魔術師。こっちがラガル、見ての通り剣士で魔獣狩りよ。」


「それだけか?」

「それだけよ。次、シーナね。」


 端的に自己紹介を終わらせてシーナへと投げる。話したくないのか話すことがないのか、彼女の態度から伺うことはできなかった。

 

「ぼ、僕はエポドナフル羊ヶ丘のシーナですっ。」


 シーナは素直に自分の故郷を教える。自己紹介なんて碌にしたことも無かったシーナにとってどれが正解かわからなかった。

 

「おぉ、あそこいいよな。のどかで。」

「そ、そうなんです!行ったことあるんですか?」

「仕事でな。」


 ルドーがシーナの生まれ故郷に反応する。シーナは嬉しくなってつい早口になった。仕事というがどんな経緯でどこに行ったのだろう、シーナは質問がしたくなってウズウズしていた。しかし質問する間もなく、ベキアが口を挟む。

 

「結局ぜんぜんメフェルたちのことわかんない。」


 確かにメフェルとラガルの詳しいことは少しもわからなかった。シーナは彼らのことを少し深く知れるかと思っていた分、ガッカリもしていた。

 

「それはお互い様じゃない。ベキアたちは何をして生計を立ててるの?」


 メフェルが穏やかな声で返す。静かなやり取りだったが裏で駆け引きが行われてるのは明白だった。


 (メフェルさんもベキアさんもなんだか怖い。)


 シーナは完全に空気に飲まれていた。

 

「うん?知りたい?それはねぇ。」


 ベキアが言葉を溜める。そしてルドーがポーズを取ると2人息を合わせて語り出した。

 

「正義の名の下に!」

「悪を切り倒す!」


「「トレジャーハンター!!」」


 突然の奇行にその場にいた全員が困惑した。

 1番最初に口を開いたのは意外にもラガルで冷静なツッコミを入れる。

 

「なんじゃそりゃ。」


 その言葉に返すように、ベキアが胸を張り、こう答えた。


「悪い奴から財宝を頂いて、孤児や貧民に配ってるの。」

「つまり義賊ってことかしら。」

「正義のトレジャーハンターだよ、間違えないで。」


 メフェルからの質問にあくまでも正義のトレジャーハンターだと言い張るベキア。だが何度話を聞いてもそれは義賊行為に他ならなかった。

 そしてその明るく放たれたはずの声は、ラガルの耳に嫌に薄気味悪く残るのだった。懐かしい匂いに彼の胸の奥がざわつく。気づけばラガルは無意識に拳を握っていた。

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