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7話 始業式

長くも短い夏休みが終わり、とうとう始業式の日となった。だだっ広い体育館に全校生徒と教員が集められた光景は壮観ではあるが。


「あっっつい……!」


「うるさい……と言いたいところだけど僕もこればっかりは同意するよ」


「エアコン設置されてんだよな?ついてんだよな!?」


「ついてるじゃないか、弱々しく吹く風を感じないかい?」


「いっそ無風のほうが諦めがつくなマジで」


そう、この体育館に全校生徒を集めるのはいいがとにかく暑い。9月とは言ってもまだまだ酷暑であるわけで、教室でさえエアコンの設定が弱いと暑っ苦しいのに。こんな体育館の弱く設定されたエアコンなど気休めにもならない。


それに加えて、式である以上正装を指定されている。学生の正装と言えばそれ即ち制服であり、ネクタイの着用が義務だ。ブレザーの着用こそ求められないが、シャツのボタンを閉めてネクタイをするなど拷問以外の何物でもない。


式が始まる前のいま、ひと足先に着いた湊のクラスは整列したあとに各々が適当に喋って時間を過ごしている。


「てかさ湊、お前俺と会うの久々じゃねえか?」


声をかけたのは早乙女慧。湊の友人である彼はついさっきまで離れたところでほかの友人らと雑談をしていた。


「いや夏休み学校でもちょいちょい会ったし、遊びにも行ったろ」


「終盤の方あんまだったろ!」


「お前が課題終わってなかったからな。コツコツやっときゃ良かったんだよ」


「それを言っちゃあお前、ぐうの音も出ねえよ」


彼も当然同じクラスであるが、夏期講習も何も取らなかったし課題は放置であったため最終盤にかけてひぃひぃ言いながら取り組んでいたらしいという訳だ。


「柊斗、お前の幼なじみはどうしてこう俺に冷たいんだ」


「こればっかりは僕も同意だからね。せめて来年はもう少し早くやっておくように」


「……親と同じこと言うなよ」



友人ふたりが心底くだらない言い合いをしている横で、ぼんやりと立っていた湊の脇をB組の列が進んでいく。別になにかを期待したわけじゃないが、ふと眺めているとちょうど真横をつい最近親しくなった女の子が通る。


連絡先を交換してから、メッセージのやり取りは続いていたがこうして実際に会うのはあの日以来。どう反応するべきだったか湊が悩んでいると、少し前で整列した空は振り返って。キョロキョロとあたりを見回したかと思えば、パッと湊の目を見て小さく手を振った。湊も軽く振り返せば、嬉しそうに笑ってそのまま前を向く。すぐに友人と談笑を始めたらしく、再びこちらを振り向くことはなかったが、なんだか湊はなんとも言えない幸福感を覚えた。



強いて問題点を挙げるとすれば、いささか湊の状況が良くなかったことだろう。



「なにあれ彼女?」


いつの間にか慧と柊斗の話は終わっていたらしく、ガッツリと手を振る場面を見られていた。その表情は両者ともに面白いものを見たといわんばかり。



湊もめんどくさいことになるとは薄々勘づいていたから振り返すかどうかは一瞬悩んだ。しかし反応しなければ空が多分気にするだろうなというのは、短い付き合いでもなんとなく分かってしまうため当然無視はできなかった。


そして案の定いまめんどくさい友人らに見つかってしまったというわけだ。



「ちげえよ。ふつうに友達ってだけ」


「へぇー友達……ねえ?」


「なんだよ文句あんの?」


「いやいや!それにしても、女友達なんて持つタイプでしたっけー?みなとくんはぁ」



薄気味悪い笑顔と鳥肌すら立つねっとりとした口調をもって迫る友人の顔を押しのける。悪いやつでないが色恋沙汰やゴシップが大好きなこの友人は、勘違いするとしつこいきらいがある。


「あのなあ俺はそもそも友達を性別で選んだりしてねえよ。だから向こうはたしかに女の子だけど、わざわざそこに区別はつけてねえ」


「まあまあ、一旦はそういうことにしておいてあげよう」


「一旦はってなんだ一旦はって。マジでお前が期待してるようなことはないからな」


「ちなみに出会いは?」


「困ってそうなとこ話しかけたってだけ」


「ふーん、それだけで仲良くなるもんかね」


「それは人それぞれだろ。俺と神崎さんはそうだったって話」



そういうもんかねえ……と何か言いたげに俺も見る。そしてすぐに何か気がついたような顔をして再び顔を近づけた。


「神崎って……神崎空?」


「あ?あーまあ、そうだけど。知ってんの?」


「俺も別に話したことはないんだけどな。なんか派手めなグループにひとり大人しめの子がいるとかで。隣のクラスだか誰かが言ってなって、ふと」


「ああそう」


「冷たっ!でもなでもな、狙ってるやつは意外と多いらしいぜ?」


わざわざこんな暑いなか身を寄せてまでささやく慧。湊はなんとなくイラッときて中指の第二関節で眉間のあたりを軽く小突く。あくまでも軽く。


「いたいっ!痛いよ!?なんかすごく絶妙に!」


「ひとつ、暑いのに寄るな。ふたつ、いちいちくだらない情報はいらん。みっつ!意外ってなんだ意外って」


「そこ!?そこにキレてんの?やっぱマジじゃん!」


「ちげえよ。そういうんじゃなくてだな。意外ととか思ったよりとか。俺は全然いけるとか。ギリありとか

。何様なんだよって話だよなあ!?」


「ええ……八つ当たりじゃん……。お前の行き場のない怒りはごもっともだよ?でもそんなこと言ってるやつに怒ってもどうしようもないだろ」


「わかってるよ、誰かいまお前を小突いたんだろうが」


「やっぱ八つ当たりじゃん!」



もう一度だけ空の方を見れば、さっき話していた相手とは違って今度はたしかに派手めな集団のなかにいる。たしかに慧の話したようなひとりだけ大人しめという評価はもっともだ。


しかし気にかかるのはその表情。ごくごく自然に見えるが、少なくともさっきやあの日過ごした彼女の笑顔とはどうにも異なって見えたことだ。



きっと彼女には彼女の苦労があるんだろうということはなんとなく察しがついた。ただそんなことはきっと誰にとってもそうであって。せめてあの日過ごした時間が彼女にとって良いものであったならと、そう思わずにはいられない。





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