6話 連絡先の交換編
「さてと、飯も食ったわけだけど。もしよかったらもうちょっとお時間もらっても?」
食事を終え店に出て少し歩いた道の端。並行して歩く湊の速度が徐々に落ちていき、ごくごく自然に立ち止まってから空に問う。
口調はいつも通りフランクで、断ることなんて簡単そう。でもなんだかその不思議な表情で見つめられるとうまく言葉が出てこずに、空は大きく縦に首を動かすことしかできなかった。もちろん仮に言葉が出ても断るつもりなど微塵もないわけだけれども。
「そう?よかった。っってもどこ行きたいとかないんだけどね。神崎さん的にはどこに行きたいとかある?」
「わ、わたし?そうだよね……うーん……」
ごくごく短いけれど沈黙が流れる。空はだんだん背中に冷や汗をかくような気持ちになって、必死に考えようとするが焦れば焦るほど名案は生まれないものだ。
「ねえ」
気がつけば俯いていた空は湊の声にハッとなる。しかし、あんなに楽しかった時間が遠い昔のように、いまはガッカリされていないかとか怒らせていないかが不安で上手く顔を見れない。
「そのね、遊びたくないとか一緒にいたくないとかじゃなくてね……その……」
「ん?ああいやそんなんじゃなくて。いきなり全振りはなって。食べたばっかだけどカフェとか適当にウィンドウショッピング的なのもいいし。あとはいっそカラオケとかゲーセンとか?」
うまく自分の気持ちを伝えられない空にとって、ここで穏やかな表情を見ることができて心底安堵した。
同時に怒るどころかむしろ何だか微笑ましそうに優しく見守られるものだから今度は不安から羞恥に変わっていく。
「ゲームセンターって行ったことないから、ちょっと興味ある……かも」
「よし!じゃあいったん行ってみようぜ。もし違うなあってなったら場所変えればいいし」
意気揚々と歩き出す湊に釣られて空も少し足早に歩みを再開した。目的は現在地からそこまで離れていないらしく、少し歩いて大きな複合施設に入ればお目当てはすぐそこに。ガンガンと音が鳴り少し威圧感すら感じるギラギラの装飾たち。思わずうっと足が止まった。
「大丈夫?最初はちょっとうるさいよね。苦手なら場所変えようか?」
周囲の音に負けないように、いつもより少し大きな声で、それもいつもより少し耳元で話す。それが妙にゾワッとして背筋が伸びる。決して、決して嫌なわけではなかったのだが、心臓の音まで湊に聞こえていきそうで。「行こっ!」と慌てて湊の袖を引いて中へと進む。今はもうガンガン鳴るBGMも装飾も気にならなかった。
「なにかやってみたいやつはある?」
店内を練り歩いては立ち止まっては、あれはなにこれはなにと質問されそれに答える。空は最初こそ怯えたようすもあったが、いまはすっかり元気に湊を振り回す。湊は湊で子犬の散歩みたいだ、などと無礼な感想を抱きつつ楽しんでいる。
「やっぱりね、クレーンゲームってやつがやってみたい!」
「王道だよね。景品もいろいろあるから見てみよっか」
「うん!」
クレーンゲームのエリアをふたりで二、三周ほど。どれに挑戦するか散々に悩んだ後、ようやくこれだ!という物を決めたらしい。
「やっぱりね、おっきいやつは取れないと思うの。わたし初めてだし、多分下手だから!」
「うん、たしかにね。小さいので感覚掴むっていうのは名案かも」
「でしょ!」
店内の大音量のBGMに負けないように声を張り上げて喋る姿相まって、いまの空は何やら得意げに自慢してくる子どものようなに見えてしまい、ついつい湊は目を細め頬を緩めてしまう。
そんな失礼な印象を持たれていることも知らずに、空は張り切ってクレーンゲームに張り付いている。
選んだのは競走馬の小さい、と言ってもストラップなどと比べれば十分に大きい、ぬいぐるみ。湊は父親の影響で多少知識があるが、空は何となく可愛いという理由で選んだらしい。
「だれ狙いかな?」
「この白い子狙う!汐瀬くんは?」
「そこの茶色の毛の子かな」
意気揚々と投入口にコインを入れ、クレーンを慎重に動かす。時間内は好きに動かせるタイプらしく上下左右から覗き込んでは何度も細かく調整している。そして完璧だと思ったのか、ボタンを押しクレーンがゆっくり下がっていくのを見守る。
「あ、あ、あー!ああ……」
「惜しかったね。でもクレーンゲームはこっからなんだよ。一発で取るのってちょーすごいんだから。俺ら素人は何回かチャレンジあるのみ!」
湊の激を受けての再度のチャレンジ。二回目でも難しく、結局取れたのは五回目のこと。それも途中でお目当ての子ではない、取りやすそうな位置にあった湊のターゲットでもある茶色の毛の子に狙いを変えたうえで、加えて湊の細かいアドバイス付きで。
「取れた!嬉しい!」
バンザイのポーズで喜ぶ姿に湊の心まで温かくなる。ただやはりお目当ての子が気になるのか、未練はあるようすだ。
「うぅ……あの子……もう一回挑戦してみようかな」
「じゃあ次は俺やってみてもいい?挑戦の甲斐あってなかなかいい位置にあると思うんだ」
「ほんと!?」
湊は期待に満ちた視線を一身に浴びて、ここは格好いいところを見せるべきだとキメ顔で「もちろん」と返事を送った。
結果は六回。途中すごくいい感じの場面でミスをしたせいで、取りにくい位置にズレたがもう退くことはできないとムキになった結果だ。むしろ六回で取れたなら御の字である。しかし……やはり格好がつかなかったのは事実だろう。湊はいまになって無性に羞恥心に襲われていた。
「取れた!すごい!すごいね!」
キャッキャと喜ぶ空の顔を見て、ホッとした反面やはり一発で取りたかったと後悔が襲う。
「よく考えたら俺もクレーンゲームってあんまやったことなかった……」小さく呟いた声はBGMにかき消され空の耳には届かなかったがかえってそれで良かった。
「わぁ……!可愛いね!白馬の子ってほんとにいるの?」
「うん。数はほんとに少ないけどね。神崎さんが取った子、栗毛って言うんだけどね、その子も可愛いよ」
「だよね!愛着湧いてきたもん!」
「よかった。もし白毛の子が良かったら交換しない?って聞こうと思ってから」
「え……そ、それはちょっと魅力的な提案かも……。で、でもなぁ!この子を手放すのは……!」
湊の持つ白毛と自身の持つ栗毛の子を何度も見比べては、ぬいぐるみをぎゅっと抱いて葛藤している。湊としてはこんなに嬉しそうにしてくれれば誘った甲斐があるというものだ。いっそ頭でも撫で回したい衝動に駆られたが、そこは流石にぎゅっと堪えた。
「初めて取れた子だから、神崎さんが持ってた方がいいかもね。それにお互いが最初に狙ったのを持ち合うっていうのも悪くない気がするけど?」
「……そ、そんなに言うなら?わたしがこの子貰っちゃうもーん」
今度はさっきよりも強く大事そうに栗毛のぬいぐるみを抱きしめた。
意外とゲームセンターに長くいたことに加えて、少しほかの店をぶらぶらとウィンドウショッピングをしていれば時間はあっという間に過ぎ去り五時前に。本来ならまだ湊にとって帰るような時間でもないのだが、あまり夕方まで引き留めるのも、ということで解散の方向へと決まった。空自身も非常に楽しい時間ではあったが、いろいろあった今日はかなり疲れた一日でもあったのだから。
駅に着き、改札をくぐり電車を待つ。電光掲示板を見ればまだ時間は五分ほどある。
「ねえ、もし良かったらなんだけど。連絡先、聞いてもいいかな?」
空は予期せぬ問に固まった。そしてすぐに慌ててスマホを取り出して「も、もちろん!わたしも聞きたかったから……嬉しい」小さな声であったが、たしかに力強く返事をした。
「良かった。……ぶっちゃけ次同じ電車に乗るじゃん?だから断ったら気まずくなるから、断られないんじゃないかなって。ちょっとズルしたんだけどさ」
「ふぇ?……汐瀬くんもそんなこと思うんだ……」
「そんなことって?」
「断られたら、とかズルとか?」
「そりゃ思うよ。俺だって誘ったり連絡先聞く時は緊張するもん」
湊は気恥ずかしさから目線を右往左往させた後、空の反対側へと逸らした。その仕草とちょっとだけ赤くなった耳に、空は無性に嬉しくなって笑った。その笑みは結局電車を降りるまでどうしても治まらなかった。
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