5話 初めての食事は
ふたりはいま、高校の最寄りと彼らの最寄り駅までの途中にあるここらで一番大きい駅で下車したところだ。ぶらぶらと道を歩きながら、湊はスマホ片手にマップを開いている。
「わりと昼時だからどこも混んでるかもな……。ファミレスとかでも平気?」
「うん、でもほんとに時間とか予定とか大丈夫だった?」
「全然だよ、暇だしお腹減ってたしでグッドタイミング。てか何系食べたいとかある?」
「え、なんだろう……うーん……」
空としては正直勢いで誘ってみればとんとん拍子にここまで来てしまった。そのためふたり並んで街を歩くこの状況に内心ドキマギしすぎてなにを食べたいかという初歩的な問にさえ答えが浮かばない。
「特になければ選択肢多いし適当なファミレス入っちゃうか。いま俺わりと和!って気分だからそっち系のメニュー多いとこでもいい?」
「もちろんです!いろいろ決めてもらって、ありがとう」
「俺が食いたいもの提案したら褒められるなんてちょーラッキー。自己肯定感爆上がりしそう。普段俺の友達なんて文句ばっかよ」
「汐瀬くんって面倒見良さそうだもんね」
「そんなふうに見える?」
「うん。なんかこうちょっと雰囲気が大人っぽい感じする」
「やっぱり分かっちゃう?照れるなあ、まぁ面倒見は良い方かもね」
褒められて気を良くしたのが丸わかりのドヤ顔で話すものだから、空はむしろ意外と可愛いタイプのひとなのかもと真逆の印象さえ受けた。そして面倒見が良いという自負はきっと柊斗のような友人に聞かせれば鼻で笑われたことだろう。
空と湊の関わりは基本的に空がなにかを助けられてばかりだった。そのため印象としては頼りになるとか大人っぽいとかそういうものでしかなかった。ただこうしてふたり並んで歩きながらお話すればむしろフランクで年相応の少年っぽさを感じる。それがなんだか親近感もありつつで、よっぽど仲良くなりたいという気持ちにさせるものとなる。
「二人なんですけどいま入れます?」
結局着いたのは駅から近場のファミリーレストラン。店員さんに確認すればやや混雑していたものの並ばずに入ることができた。
席につくと運ばれてきた水で軽く喉を潤しつつ、湊がメニュー表を開き、それをふたりで眺める。空の目の前に座るこの男は腹減ったななどと言いながらメニューに夢中になっているが、空の懸念は別なところにあった。
異性、つまり男子と外でなにかを食べるという経験が空にとっては未知であるということだ。小中の給食程度か兄との外食くらいしか経験してきていない彼女にとって、このメニュー選びはかなり悩ましい問題である。
「和食って思ってきたけど、メニュー見ちゃうとなあ。パスタとかもありになってくるな……」
呑気にブツブツと呟く男は無視して空はちょうどいいメニューを考える。要はすごい食うなと思われても、全然食わないなと思われてもいけないのだ。
そしてやはり多少は可愛げのあるメニュー選びをしたいというのが心理。
「決まった?」
「う、うん……!」
空が選んだのはカルボナーラの並。とはいえよぎるのは微妙に足りないのでは……?という葛藤。最悪なのは食べた後にやっぱり足りずにお腹が鳴るなどという展開になることだ。ただでさえ一時をとうに回ったいま空腹でお腹が鳴りそうだというのに。
「俺はオムライスにしよ、全然洋だけど。ライスは和食みたいなもんだし。あとはピザかなんか頼んでもいい?もし食べれそうならシェアって感じでどうかなって」
「いいの?」
「いいの?ってそりゃ俺が提案してるんだから。何系がいい?」
「マルゲリータ……とか?」
「いいね。俺もそれがいいなって思ってたんだよ。じゃあそれで」
ベルを鳴らして店員さんに注文する。
結局注文したのはそれぞれのメニューとピザ、それからドリンクバー。注文が終わって、ふたり並んでドリンクを取りに行けば、湊は氷をかなりたくさん入れるタイプなんだ、などとどうでもいい一面を知って少しだけ嬉しくなった。
「もう夏休みも終わるけど、なんかやった?この夏」
「うーん、家族でお出かけしたりお友達と遊びに行ったくらいかも。汐瀬くんは?」
「俺も似た感じかな、友達とばっか遊んでた。まーあとは趣味とか」
「趣味?」
「そ、映画とか音楽とか読書とか。あとはスポーツとかやったり、海とかプールも行ったよ。海は見ただけだけど」
食事が届き食べ始めるなかで何気なく始めた話題だったが、思いのほか興味を引けたのか空は前のめりになって話を聞く。
「お兄ちゃ……兄がね、兄が!映画とかそういうの好きだから。私もたまに見るの、サブスクとかだけど」
「お兄ちゃん」
「そ、そこは聞かなかったフリをしてくれるとか……」
「いいじゃんお兄ちゃん呼び、可愛くて。いいなあ俺ひとりっ子だからさ、お兄ちゃん!とか呼ばれて見たかったよ」
「むぅ……これはからかってるぜったい」
「可愛いねってのはほんとだよ。俺そんな変な嘘つかないもん」
湊はテーブルに肘をついて空の目をじっと見る。空はその雰囲気に押されそうになるが、ここで退いてはダメだと負けじと見つめ返す。なぜかしばし見つめ合うかたちとなり、意識しないように必死だったが妙に整った顔と余裕そうな表情についに目を逸らしてしまった。
「俺の勝ちだ。いやーなんか変に意地になっちゃったよ」
なんともなかったようにピザを摘んでコーラを飲む湊。空はそれを不満に思いつつ、とりあえずいまは顔の熱を冷ますことに必死だ。
「それでさ、お兄さんとかもやっぱ趣味多いんだ」
「うん、なんかいっつもゲームとか映画とかなんかやってる」
「へえ、やっぱり影響されたりする?俺は父親がとにかく趣味多い人で。俺もそれに釣られてなんだかんだとやってたんだけど」
「んー、わたしはあんまりかも。その、兄はあんまり教えてくれるタイプとかじゃないから。ゲームとかどうしてもついていけなくて諦めちゃう」
「まあ対戦系とか協力系はあるあるだよね。俺はわりとひとりとか自分のペースでやる趣味多いから」
「部活とかは?わたしはどこも入らなかったんだけど……」
「所属してるのはね、映画を見る同好会みたいなやつと星を見る天文に。あとは友達が入ってるバスケとかそういうとこに混ぜもらってるかな。うちの学校あんまガチ勢じゃないから」
空は湊の身体をしげしげと見る。彼女にははっきりとした数値までは分からないが、実際は湊は172cmで、彼女はやや背の高い方の印象を受けた。
「あ、いま思ったより背低いなって思った?」
「うえ!?ぜ、全然!むしろ高いのかなって……」
「あそ?被害妄想だったか」
バツが悪いのか親指で口の端あたりをくいくいと押し、やっちまったなと笑っている。
「周りがね、みんなわりと背が高くて。まあひとり俺の幼なじみみたいなやつは小柄なんだけど。やっぱ高い方がいいよなーって。それこそ今日の彼だって、180くらいあんじゃない?」
「わたしは今くらいでもいいと思いますけど……すごく、す、素敵だなと……。その、怖くないし!」
慌てたような口調とトーンに湊はじっと顔を見つめてからそっと軽く微笑んだ。
「そんなに言ってくれるなら今の身長も悪くないな。でも俺親が少し背高いから伸びちゃうかもだけど。そしたらもう素敵とは言ってくれなくなっちゃうかな」
「うっ……それは……。それはそれで素敵だと思います!これで満足です!?」
顔を真っ赤にしながらまくし立てるように言った。そして少しでも熱を冷ますに一気にグラスの中身を飲み干した。
それを見て湊は「怒られちゃったなぁ」と楽しそうに笑うばかり。その顔は少しだけ照れたように赤らんでいたが。
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