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第十四部

その視線にはもう――分析でも、知識でもない、

……“覚悟”の色があった。

「――そして最悪の場合、世界の金融システムそのものが崩壊する」

「もっと言えば……巻き込まれる国が増えすぎたとき、

それは――“第三次世界大戦”の引き金になりかねない」

その瞬間だった。

今夜が始まってから初めて、僕は“本当の意味で驚いた”――伊豆原の顔を見た。

彼女の口が――わずかに開き、目を大きく見開いた。

そこには、皮肉も、笑いも、からかいも……一切なかった。

ただ、静かな――沈黙だけが残された。

その反応を見たとき、僕は――確信した。

今、僕が口にしたものは……政府すら国民に明かしたくない――“現実”なのだと。

「……先輩」

彼女の声は――震えていた。

「お願いだから……今まで言ってきたことが、

全部ただの妄想だって……そう言ってよ。

事実じゃない。

……悲観的すぎる頭の中の空想話だって、ね?」

その眼差しには、切実な――願いが込められていた。

まるで、小さな少女が、

「ベッドの下の怪物は……タンスの影だったんだよ」と、

大人に――優しく否定してほしいと願うような、そんな目だった。

僕は、目を――伏せた。

「……そう言えたら、どんなに良かっただろうね」

「でも――だからこそ分かるだろ?

どうしてこの国が、何十年も“停滞”という名の霧に――包まれているのか」

僕は、背もたれに深く――身体を預けた。

この部屋は、あまりにも静かで……居心地がよすぎた。

まるで、誰もこの会話を聞いていないと――信じ込ませてくれるような錯覚。

その優しさが、逆に――皮肉だった。

だから、僕は――もう一度、言葉を継いだ。

「……伊豆原。

どうしてだと思う?

なぜ、こんなにも多くの日本人が――

“異世界に転生したい”と願うのか」

「なぜ、投票率は年々下がり続け、

“日本は滅びに向かっている”なんて言われても……

誰も本気で――反応しようとしないのか」

「それは……分かっているからだよ」

「でも、“知らないふり”を――選んでいるんだ」

僕の言葉に、彼女は――明らかに息を呑んだ。

……だが、僕は止まらなかった。

「それに、僕たちは“世界貿易の実験場”なんだ。

だからこそ、誇りを持って言える――

日本は、意図的か無意識かはともかく、

世界を“大戦”に戻さないように支え続けている国だってね」

伊豆原は――無言だった。

表情は、無機質にさえ見えるほど――静かで、感情の揺れは見えなかった。

……だが、僕には分かった。

彼女の思考は、今――とてつもない速さで走っている。

やがて彼女は、ぽつりと――呟いた。

「……まさか、ここまでの状況だったなんて。

私……まるで、何も知らなかったのね」

「そうか……私たちは、最初から“地雷原”の上を――歩いていたんだ」

彼女は、僕を見つめた。

そこには――もはや“後輩”でも、“神秘的な女”でもなかった。

……ただ一人の、この国の未来に責任を抱く――“大人”としての目だった。

「そんなに恐ろしい前提の中で……先輩には、“解決策”があるの?」

僕は、肩を――すくめた。

「もし本当にそんな答えがあったら……

とっくに金持ちになって、君と――結婚でもしてたさ、伊豆原さん」

冗談めかして言ったつもりだった。

……少しでも、彼女の緊張を和らげたかった。

「せんぱいっ!」

ズン。

その直後――太ももに、鋭い痛みが走った。

「……痛っ!? なにすんだ君!」

「真面目に話してって――言ってるの!」

彼女の手のひらが、僕の太ももを――本気でつねっていた。

……この子、本当にS級のエリートなのか? と疑いたくなるほど――容赦がない。

「まったく……

データを丸暗記してる博士号女子も、感情的になるとこうなるのか」

「……まだ言う?」

彼女は――静かに睨んできた。

冗談が通じない空気に、僕はようやく――観念した。

「……分かったよ。話す」

「ただし、これはあくまで“意見”だ」

「絶対の真実だなんて――思わないでくれ」

「……まず第一に、若い世代が“現状維持”を疑い、

立ち向かう勇気を持つべきだ。

最低でも、選挙に参加することから――始めるんだ」

「……政治家が本当に公約を守るか?

正直、僕は――そうは思わない。

でもそれでも……小さな変化を選ぶ方が、

“死んで異世界に転生して全部やり直す”なんて夢を見るより――ずっとマシだ」

僕は――彼女の顔を見た。

だが、伊豆原は――笑わなかった。

皮肉も、苦笑も――ない。

その表情は、ただ無表情で……目の奥には、淡く――陰った光が灯っていた。

「……それに」

僕は、少し声を――落としながら続けた。

「“ジャパン・キャリートレード”を再構築するには……

選択肢はたった二つしかない」

「――今を生きる世代を犠牲にするか、

それとも、これから生まれる世代を犠牲にするか」

「……中間なんて、ない」

その言葉が、どれほど――冷酷に響くかは、

僕自身が……一番分かっていた。


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