チャプター2【焚火の晩】
夕暮れが村を朱に染めはじめるころ、広場では小さな焚き火が灯されていた。木々の間に吊るされた灯籠が、柔らかな光を揺らしている。収穫祭の準備を兼ねたささやかな宴が、今夜の催しだった。
パンの香ばしい香り、燻された魚、麦酒の泡立ち。そして何より、人々の笑い声がそこにあった。アッシュは焚き火の傍らで、子供たちに木刀を構える真似を見せては笑わせていた。
「見て見て!アッシュ兄ちゃんの剣、くるくる回るー!」
「お前ら、これは“型”ってやつだ。ちゃんと意味があるんだぞ!」
腰に手を当てて得意げに言いながらも、顔は自然とほころんでいた。近くでは、母が他の女たちと談笑しながらパンを配り、父は焚き火に薪をくべていた。どこまでも平和な光景だった。
「よぉ、アッシュ。今日も稽古か?」
声をかけてきたのは、同い年の友人、ロルフだった。干し肉を頬張りながら、焚き火の向こう側からニヤリと笑ってくる。
「もちろん。今日はバルドに本物の鉄でできた剣で稽古してもらったんだぜ!」
「すごいじゃないか!あのバルドさんと鉄の剣で打ち合ったってマジかよ。」
「大マジ。でもやっぱり強いわバルドさん。本当は1本とったら剣が貰える約束だったんだけど取れなくてさ〜」
「あちゃー...それは残念だったな。そういえば剣の話だけじゃなくて、手伝いはどうしたんだよ?またおばさんに怒鳴られてたそうじゃないか。」
「う……それは……」
アッシュが視線を逸らすと、ロルフは声を上げて笑った。
「はははっ。でもまぁ、お前らしいよな。剣のことになると周りが見えなくなるとこ」
「……悪かったな」
「いや、褒めてんだよ。夢中になれるってのは、羨ましいよ」
アッシュは少し照れたように火を見つめる。
「なあ、ロルフ。俺さ、ほんとにこの村を出ようと思ってるんだ」
「……ああ?」
「旅に出て、都に行って、できれば近衛になって……いずれは英雄になりたい。竜と戦って、人を守る剣士になりたいんだ」
ロルフは黙って、手の中の干し肉を見つめた。
「そっか。……お前、昔からそういうの好きだったもんな。強くて、正しくて、誰かを守る英雄ってやつ」
「笑うなよ」
「笑ってねぇよ。……ただ、俺はこの村を離れる勇気ないから。正直、羨ましいと思ってる」
その時、火の向こうから、湯気の立つマグを持ったバルドが近づいてきた。
「ずいぶん真剣な話をしてたな」
アッシュとロルフは、どちらからともなくバルドに場所を譲った。焚き火の赤が三人の顔を照らす。
「なあ、バルド。昔の冒険の話、してくれよ」
アッシュが声をかけると、バルドは少し間を置いて、低く答えた。
「お前は本当にそれが好きだな……」
「だって、バルドの話はどれもすげーんだもん。あの“白い影の剣士”の話、もう一回聞かせてくれよ」
火がぱち、と小さく弾ける。
「白い影……あれは、風のように現れて、嵐のように去る奴だった」
バルドの目が細くなる。彼の視線は焚き火の炎を通して、もっと遠く、遥かな過去を見ているようだった。
「初めて出会ったとき、俺はただの護衛兵だった。荒野で盗賊に囲まれて、もう駄目かって思ったその時、白いマントが風にひるがえって、やつは現れた。剣を抜いた音すら聞こえなかった。ただ、気づけば敵は全員、地に伏していた」
アッシュもロルフも、息を飲んで聞き入っている。
「やつは無口だったが、言葉は強かった。“斬るのは最終手段だ”ってな。俺たちの誰よりも強かったのに、一番争いを嫌った。けど、守るためなら何だってやった。……それが、やつの覚悟だった」
バルドは、マグを軽く傾けてから、ぽつりと呟いた。
「……強すぎるというのは、孤独だ。やつは自分の力に呑まれそうになりながら、それでも俺たちを守ってくれた。命を張ってな」
「最後に見たのは、真っ赤な空の下だった。……やつは振り返らなかった。俺たちに“背を向けて”去っていった。自分が壊れていくのを、俺たちに見せないためにな」
アッシュの胸に、焚き火の熱とは別の何かが灯っていた。
いつか、自分も──
そんな背中を、誰かに見せられるだろうかと、ほんの少しだけ考えた。
そしてその夜は、あまりにも静かに更けていった。
今出てきている登場人物の中ではバルドさんがイチオシです。やっぱ師匠キャラとか余裕があったり含みのある大人ってかっこいいですよね。自分もそうなりたいなぁ。
頑張っても、某ファンタジーゲームに出てくるクラ何とかさんとスコなんとかさんを足して二で割ったような大人にしかなれそうにありませんけどね…
チャプター0のあとがきにも書きましたが以外にも筆が乗っているので一週間以内に次回の投稿ができそうです。