第83話 サプライズ・エンカウンター
【前回のあらすじ】
琴緒「魔王との決戦当日、連絡役のシアティが突然音信不通になった」
シアティが何者かに襲われた。琴緒は取るものも取りあえず廊下へ飛び出す。
「舞魚先輩! 聞こえてたと思いますが、シアティが……」
「助けに行くんだよね? 私なら心配要らないから」
玄関まで追いかけてきた舞魚の曇りない眼差しから、通じ合う心がありありと感じられた。
二人はもう昨日までの二人ではない。
「そろそろ母さんも帰って来るはずなんで! 切り札を……頼みます!」
「うん。いってらっしゃい」
どちらからともなく口づけを交わす。固く結ばれた二人の絆の前に、それ以上の言葉は要らなかった。
琴緒は現場へと向かいながら、他のメンバーに今の状況をメッセージで送る。戦闘に混乱が生じないよう、作戦中の通話はシアティからの接続に限定されていたためだ。
(誰か気づいてくれりゃいいが……どっちにしても今動けるのはオレしかいねぇ)
魔王降臨の刻限は迫りつつある。バスを待っている余裕はない。琴緒はシアティの隠れ家を目指してひた走った。折しも冬の朝方、市街地を離れればすれ違う人は皆無だ。
途中でガードレールを跳び越え、野原を突っ切っていく。直線距離を急行すれば、シアティの隠れ家まで五分とかからないはずだ。
だが、走り出して間もなく、琴緒は不意に違和感を覚えた。
体の表面から虹色のオーラが立ち昇っている。
(何だ? 身体が勝手に……――!?)
琴緒は気づいた。これは防衛本能だ。
とてつもなく危険な何者かが、すでにこの近くにいる――!
『存外早く勘付いたな――明治家琴緒』
声ならぬ声が、琴緒の頭上から雷鳴のように降り注いだ。
(しまった……認識阻害か!)
琴緒は五感を総動員し、敵の姿と位置を探し当て、文字どおり「仰天」する。
山と見紛うばかりの巨体が、夜闇よりも黒い鱗を纏い、鋭い三本の角を頂き、両の翼を広げてそびえ立っていた。後ろ脚で直立した高さは、目測でも十メートルは下らない。
「お前が……魔王か……!」
『左様。余は魔王エムロデイ。貴様という後患の根を絶ち、地球を統べる者』
その威容は黝き竜。邪悪と暴虐、恐怖の象徴たる超自然の怪物。
(ガチでモノホンのドラゴンとご対面かよ……こんな状況じゃなきゃ素直に喜べたんだけどな)
シアティの安否は気がかりだが、この怪物を退けずしてやり過ごすのはまず不可能だろう。
(ここは腹を括るしか――……っ!?)
暴風の先触れが琴緒の髪をなびかせた。動かなければ死ぬ。確信めいた直感が、考えるよりも前に手足を働かせる。
その場を跳び退いた直後、轟音と爆風が辺りを揺るがせた。
巨大な腕の一振りは、一瞬前まで琴緒が立っていた地面を大きく、深々と抉り取っていた――否、消し飛ばしていた。
(何……なんだよ……これは……)
これまでの悪魔とは次元が違う。理解を拒む頭を置き去りに、琴緒は素早く身を起こし体勢を整えていた。飛び散った砂礫をいくらか被ってしまっていたが、今も命があることに比べれば些事に過ぎない。
その間も魔王は威風堂々と琴緒を下瞰していた。
『躱すとは天晴。褒美として貴様にも一撃だけ許すとしよう』
魔王は静かに両腕を下ろし、体の前面をさらけ出す。竜の表情など琴緒には読めないが、こちらをナメているのは明らかにわかる。
『どうした? 余は避けも防ぎもせぬぞ』
これは千載一遇のチャンスだ。恥もプライドも捨ててしまえと、琴緒は自分に言い聞かせた。今を逃せば、勝機は完全に失われてしまいかねないのだから。
(〈オルタード・テンション〉シングル起動……九倍、十一倍、十三倍――)
ただ一心に、身を覆うオーロラの炎を燃やす。
(デュアル起動……二十倍、二十二倍、二十四倍――)
もっともっと、強く熱く。
(トリプル起動……三十三倍、全力全開だ――!)
魂の爆発。琴緒は神速の弾丸となって飛翔する。全身全霊を懸けた拳が魔王の胴体を激しく打ちつけた。
魔竜の巨躯は微動だにせず――鱗の一枚がわずかにひしゃげたのを除いて。
『ふむ……これは余の予想を上回る威力だ。やはり脅威の芽はこの場で摘んでおくに限る』
(冗談……キツいぜ……)
琴緒はやっとの思いで着地はしたものの、再び立ち上がる気力が湧いてこない。
『悪く思うでないぞ。貴様は暴れすぎたのだ。余が自ら手を下さねばならぬ程にな』
魔竜の爪が、殺気が、今にも琴緒を刺し貫こうとしていた。
絶体絶命とはこのこと。だが、ここで諦めてしまったら、魔王は琴緒の恋人を、親を、友を、仲間たちを生かしてはおかないだろう。
(……まだだ。まだ手はある)
錬金術師である母・和音の話を思い出す。
ホムンクルスの生命の源となっているのは、『天球音楽』の術式で構成された霊的な核だ。
その名を『アルマゲスト』、別名・賢者の石という。
――わたしの見立てでは琴緒、あなたは悪魔たちとの戦いを通して『アルマゲスト』の力を引き出し、もう充分使いこなしてるわ。わたしからのアドバイスよりも、自分の経験と感覚を信じなさい――
(そのとおりかもしれねぇ。自分の身体のことはオレが一番よく知ってる。例えば――)
『アルマゲスト』をわざと暴走させ、起爆すればどうなるか。
(オレの命一つで舞魚先輩が……みんなが助かるなら――)
琴緒が決意とともに見上げた空を、
「――聖剣技〈魔絶破〉」
緋色の光焔が一閃し、両断された竜の巨腕が大地に落下した。
『グァアア……ッ……な、何奴……ッ!』
奇襲を受けた魔王が色を失い、たたらを踏んで後ずさる。
「ったく、どいつもこいつも勝手に持ち場を離れんじゃねっつーの」
赤いロングコートを着た女が、いつの間にか琴緒に背を向けて立っていた。
ダークブラウンの髪を後ろに束ね、手には琴緒が見覚えのある剣を携えて。
(あれは……聖剣ブルクミュール……!)
「無事みてーだな、琴緒。会えて嬉しいぜ」
女に名を呼ばれて、琴緒は二度驚く。
「だ……誰だ!? あんた」
「『あんた』とは水臭いじゃねーか。俺は伊瀬貝結紗。お前の母ちゃんだ」
覆面を取った女の顔立ちは、まるで琴緒の生き写しであった。
(次章につづく)
★結紗 イメージ画像
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