第82話 予兆 The Omen
【前回のあらすじ】
椰夏「アタシはぴあ乃さんとともに歩む。椎菜、さらばだ。我が宿敵よ」
二学期最後のイベント、冬の軽音部ライブは大盛況だった。
部内の催しながら見学自由のため、視聴覚室には生徒たちが入れ替わり立ち替わり詰めかけていた。
その中には前部長だった哿矢流音――ネルの姿もあった。
「ワシが部長じゃった頃とはえろー違いじゃのー。明治家部長の活躍には正直嫉妬するわー」
「いやー、今日の賑わいはオレの働きってよりも、ネル先輩の下地作りの賜物っつーか……」
しどろもどろの琴緒に、ネルは優しく微笑みかける。
「冗談じゃけぇ、そがぁ気にしんさんな。この分じゃとウチの部も来年度はコンテスト目指せるかもわからんの」
高校の軽音部同士で競う、全国規模の大会がいくつかあるのは琴緒も知っていた。実際、現部長として顧問の詩亜先生とも相談中ではある。
「どっちにしても来年の話ッスね。オレも今はちょっと立て込んでるもんで」
「SK……綾重とも話しとったんじゃけど、君ら冬休みに何かデカいことやらかすらしいの」
どうやら魔王との決戦については、ネルにもそれとなく伝わっているらしい。
「まぁ……ちょっとしたイベントというか、祭りみたいな感じッス!」
「ほいで緊張しよったんか。明治家は肝が据わっとるけぇ、自然体で行きゃあ大丈夫じゃ」
「あ、あざっす!」
ネルからの労いが琴緒の心に沁みる。
「またいつか一緒に演奏しようや。デスボでも何でも歌っちゃるけぇの」
来年も、またその先も続いていくはずの輝かしい日々。このかけがえのない日常を守るために自分たちは戦うのだ。琴緒の中で改めて決意が固まった。
*
二学期の終業式を終えて、琴緒はまっすぐに帰宅する。
昼食を済ませてしばらくすると、約束どおり舞魚が家に訪ねてきた。
「琴緒ちゃん、一晩お世話になります」
「こ、こちらこそよろしくッス」
琴緒は舞魚の荷物を預かり、家の中へ上がらせる。
「もうみんな出かけちゃった?」
「不哀斗は先に出かけました。彼女ん家に寄った後、マヨミノんとこに泊まるらしいッス」
その時、二人の話し声を聞きつけてか、玄関にやって来る足音があった。
「よっ、舞魚ん。あーしもそろそろ出かけるよ」
元気よく現れたのは、トートバッグを肩から提げたレもんであった。
「レもんちゃん、無事でいてね」
「舞魚んも。お留守番頼んだよ」
「うん……」
うつむく舞魚を、レもんは両腕を広げてハグした。
「魔王軍を敵に回したこと、あーしは全然後悔してないよ。舞魚んや琴っちと出会えて、仲良くなれて本当によかったと思ってる」
「レもんちゃん……」
「それに、反逆は悪魔の誉れだからな。全力で抗って、あーしらの未来を勝ち取ってやるんだ!」
希望に満ちた友の背中を、琴緒は舞魚とともに笑顔で送り出す。
レもんが向かったのは、卒業後に同棲を予定している恋人の部屋だ。ミナはこの家との間を行き来しながら、来春からの生活環境を整えている最中だった。
「私たちもいつか一緒に暮らしたいね」
「そッスね。オレも楽しみにしてます」
琴緒はまだ見ぬ愛の巣に思いを馳せながら、舞魚をリビングへ招き入れる。
図らずも家には二人きり。琴緒の母は今、錬金工房で「切り札」の最終調整を行っているはずだ。
そして、琴緒自身も明日に備えての最終確認に入る。
「先輩はちょっと間くつろいでてください。すぐ終わりますんで」
舞魚をソファに座らせ、琴緒はノートPCからビデオ通話を繋ぐ。
画面の向こうに現れたのはスーツ姿の女。作戦の連絡役を務めるシアティだ。
「シアティ、そっちは問題ないか?」
『ええ。部下は巻き込まれないよう遠くへ避難させたし、ここの周辺にも怪しい気配はないわ』
シアティの居場所は、かつての七伯爵しか知らない秘密のアジト。たとえ魔王軍本隊でも容易には見つけられないはずだ。
「そりゃよかった。んじゃ、説明を頼むぜ」
『了解。あなたは作戦の要だから、概要をおさらいさせてもらうわ』
シアティの調査によれば、魔王の出現予測地点の他に、次元の歪みが三ヵ所発見されている。おそらくは、それらが掃討部隊とやらの出現場所だ。
「こっちも三手に分かれて打って出るって話だよな?」
『そうなるわ。なるべくなら戦力は分散させたくないけど、下手に集中させて包囲されたり、乱戦になるのも悪手だし』
グループ分けは以下のとおりだ。
まずは椰夏とぴあ乃。次にレもんとミナ。最後は不哀斗とマヨ・ミノ姉妹。基本的にはカップルでの組み合わせになる。
「正直言っちまうと、不哀斗の組は手薄だな」
『人数こそ多いけど、戦力的には見劣りするわね。だから、椰夏様かミナノミアルたちのどちらか、先に片付いた方が救援に向かうわ』
「オレが駆けつけられりゃいいんだけどな」
琴緒が言い出すや、シアティは首を横に振った。
『魔王は必ずあなたを一番に狙ってくる。みんなが合流するまで引きつけておくのがあなたの役目よ。それに、見立てどおりなら――』
「マキナが何か手を打ってくるかもしれねぇ、か」
琴緒が余所を動き回っている間に先手を打たれては癪だ。
『そういうこと。魔王の出現時刻は前後四十分程度のズレが予測されるから、頭に入れておいて』
「わかった。何から何まで調べてくれて助かるぜ」
『パルヴェークが市内に張り巡らせてた観測システムのおかげよ。あたしはそれを利用させてもらってるだけ』
最後にシアティは明朝連絡すると言い残し、通信を切った。
琴緒がノートPCを閉じると、後ろから舞魚が寄り添ってきた。
「明日の今頃はみんなまだ戦ってるのかなぁ」
「案外サクッと勝ってるかもしれませんよ。椰夏もレもんも、勿論オレも過去最強に仕上がってますからね!」
不安など口にするものかと、琴緒は自分に誓った。戦いに出られず、皆の帰りを待つしかない舞魚に、余計な心配をかけてはいけないから。
「琴緒ちゃん……今日はずっと一緒にいようね」
琥珀色のつぶらな瞳は、琴緒だけを映し出していた。
ここから先、二人の邪魔をするものは何もない。
十二月二十四日の夜は熱く密やかに更けていった。
*
明けて二十五日、決戦当日。
舞魚との朝食を終えた琴緒は、シアティからの電話を受け取る。
『おはよう。ウォーミングアップは済んだかしら』
「おう。オレに連絡が回ってきたってことは、他のみんなはもう出発したんだな」
本来ならば、会話は単なる事前確認に終わるはずだった。
『ええ。それじゃ、あなたも目的地まで移動を始め…………えっ……!?』
「……? おい、どうした?」
電話口の声音から、ただならぬ気配が伝わる。
『あなた、生きて……ちょっ、何するつもり……――』
「おい! 応答しろ! そこに誰かいるのか!?」
シアティからの返事はない。代わりに電話口から聞こえたのは――
『――……今こそ陛下に捧げよう。ボクの身もろとも――』
(男の声!? どこかで聞いたような……)
それっきり通話は途切れてしまった。




