第81話 理論上可能=現実にも可能ッ!!
【前回のあらすじ】
椰夏「アタシの一世一代の告白。ぴあ乃さんには伝わっただろうか……?」
粉雪の舞う公園の真ん中で、ぴあ乃はこちらを見つめたまま固まっていた。
ひょっとすると、意味が伝わっていないのかもしれない。椰夏はもう一度念を押す。
「アタシはぴあ乃さんが好きです。恋人に……なりたいんです」
「ええ。よろしくお願いいたしますわ、椰夏さん」
まるでこうなることを知っていたかのように、ぴあ乃は自然な笑顔を浮かべていた。
告白を受け入れてもらえた。下の名前で呼んでもらえた。二重の喜びが椰夏の胸へと到来する。
ついでに、招かれざる客人までもが飛来する。
「ちょぉーっと待ったぁ――――っ!!」
レインボーカラーの髪を振り乱した闖入者――伊香川椎菜は、悪鬼さながらの形相でぴあ乃に襲いかかろうとしていた。
(――しまった!)
完全に油断しきっていた。我に返った椰夏は、飛び込んできた椎菜の勢いを削ぎつつ後方へ放り投げた。
たった一瞬の接触。しかし、椎菜が纏っていた凍気は椰夏の全身へと染み渡る。
(くっ……! こんなときに限って……)
琴緒との予行演習が頭をよぎるも、今日の椰夏は腹巻きどころか毛糸のパンツすら身に着けていない。
何故ならば――ぴあ乃とのデート気分に浮かれて、泊まる予定もないのにパープルでシルク製の勝負パンツとか穿いてきてしまったから!
「椰夏ちゃんの浮気者ぉーっ! アタイの心をもてあそびやがってぇーっ!」
早くも椎菜は地面から身を起こし、こちらへ大股で歩み寄ってくる。
椰夏よりも先に動いたのは、たった今できた彼女であった。
「相変わらず支離滅裂でらっしゃいますわね!」
ぴあ乃は魔剣が収納された楽器ケースに手を掛ける。修学旅行での一部始終は聞いているし、あるいはこのまま彼女に椎菜の相手を任せてしまったほうが合理的なのだろう。
だが、椰夏にも譲れない意地がある。
「ぴあ乃さん、ここはアタシがケリをつけます」
進み出る足が重い。気合いとは裏腹に、凍てついた身体は思うように動いてくれない。
その時だった。
「椰夏さん、スカーフが曲がっていましてよ」
「あっ、はい――…………っ!?」
思わず身を屈ませた椰夏の頬に柔らかな唇が触れた。はっとしてそちらを向くと、はにかみと得意顔の混じり合ったような、ぴあ乃の上目遣いがあった。
「オァああぁ――ッ!! 何してくれてんだぁーこのあゔぁどぅれがぁーっ!!」
向こうで椎菜がわめき散らしていたが、今の椰夏にはどうでもよかった。
(せっ……接吻……されてしまった…………!!)
体温が急激に上昇する。冷え切った身体が熱く火照りだしていた。駆け巡る熱気が全身の神経系を繋いでネットワークを構築し始めているのがわかる。
「椰夏さん、あなたなら絶対に勝てますわ」
「はいっ! ぴあ乃さんのために、絶対に勝ちます!!」
恋人の後押しで椰夏は無敵の自信を手に入れていた。
「椰夏ちゃんはアタイのものなのにぃ……こんなのあり得ないぃいいーっ!!」
半狂乱となった椎菜が魔力を暴走させた。渦巻く凍気は、獲物へと牙を剥く猛獣の唸り声のように、轟々と音を響かせる。
されども、今や恐るるに足らず。
「いいだろう。全力で来いッ! 伊香川椎菜ぁっ!」
「絶対あり得ぇんんん……っ!! 〈絶対亜零淵〉ーっ!!」
椎菜の放った氷雪の嵐が椰夏を呑み込んだ刹那。
(綾重椰夏流――〈風椰凪〉!)
椰夏はつま先から指先まで、全身をひねって嵐そのものを空高くへと巻き上げる。斯くして、凍気の渦は瞬く間に吹き上がり霧散していった。
「どうした? もう打ち止めか?」
「い……っ!? 一体何をしたぁーっ!?」
狼狽を隠そうともしない椎菜に、椰夏は技の仕組みを説いてやる。
「アタシは寒さ冷たさという感覚に惑わされてすぎていた……だが、今日になって悟った。オマエの操る凍気の本質は魔力。魔力も力には変わりないのだから、柔術の理合で受け流すことも理論上可能ッ!」
「そんなわけあるかぁーっ! ナチュラルに人間やめてんじゃねーよぉーっ!!」
蛾の火に赴くが如し。無謀な突進を仕掛けてきた椎菜のナイフを、椰夏はドラムスティックで易々と叩き落とす。そしてすかさず地面に投げ倒した。
「ぐへぇ……っ!」
「オマエの負けだ――!」
椰夏は振り下ろした拳を椎菜の顔面に叩き込む――寸前で止めた。
「……!? ……どうして……とどめを刺さない……?」
「言ったはずだ、勝敗は決したと。今後オマエは何度挑もうともアタシには勝てないだろう」
椰夏は拾い上げたスティックを懐に仕舞うと、ぴあ乃の待つ方へ踵を返す。
背中越しに椎菜のすすり泣く声が聞こえていた。
「プライドも人の心もかなぐり捨てて、みっともなく食らいついて……ここまでやっても椰夏ちゃんにとってアタイは取るに足らない存在でしかなかったの……?」
「何を言っている」
振り返った椰夏は頬の傷跡を指差し、椎菜に言ってやった。
「オマエはとっくにアタシの人生の一部だ」
傷を負ってこそ手に入れられるもの、わかることもあるのだと。
「…………ははっ。……そっかぁ……――」
椎菜の涙声は、降り続く雪の中へと溶けていった。
*
期末テストが終わると、冬休みまでの時間はあっという間に過ぎていく。
二年生の進路指導では、琴緒は地元の大学へ進学を希望した。ぴあ乃や不哀斗もそれぞれ別の大学へ進学予定だ。
一方で、卒業見込みの三年生たちはというと――
「まさかレもんとネル部長……元部長が同じ専門学校行くなんてなぁ」
「専攻は別だけどね。レもんちゃんは音楽ビジネスの方だから」
琴緒と舞魚はおしゃべりをしながら家路をたどっていた。
「そッスね。てっきり舞魚先輩もそっちに進むものとばかり思ってたんスけど」
「進学は学費がかさむでしょ。私もう三留もしてるし、これ以上親に迷惑かけられないから。高校卒業したらバイトでも何でも働かなくちゃ!」
舞魚がいつになく殊勝なことを言っている。琴緒は驚きと同時に猛烈な感動を覚えた。
(つい半年前までギターが上手いだけのダメ人間だった舞魚先輩が……こんなにも立派に成長している……っ!)
「えっ? 琴緒ちゃん、何で泣いてるの!?」
「い、いえ……先輩の姿があまりにもまぶしくて……」
感涙にむせぶ琴緒を不思議そうに見つめていた舞魚だったが、ふと真剣な眼差しに変わる。
「……琴緒ちゃん。終業式の日、家に泊まりに行っていい?」
二学期の最終日――それは魔王出現の前日、十二月二十四日にほかならなかった。
★椎菜 イメージ画像2
https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/822139842410069911




