第73話 アスレチックでロマンチックなデートでちゅ……?
【前回のあらすじ】
琴緒「マキナがいなくなったと思ったら、ミナが俺ん家に居候アルよ!?」
午前の空は今日も快晴であった。
百歩を隔てた向こう岸では、晩秋の風に黒髪をなびかせた麗しき恋人が待ってくれている。
(舞魚先輩……オレも今そっちへ行きます――)
決意を胸に、琴緒は足場を蹴って宙へ飛び出した。
「ヒャッホ――――イ!!」
ハーネスにぶら下がって、ワイヤーケーブルの下を勢いよく滑走する。ジップスライダーはここ奥多部運動公園の人気遊具であった。
(うっひょぉ~っ! た~のすぃ~っ! ――って、何やってんだオレは!)
空中で冷たい空気を浴びたせいか、ゴールに着く頃には琴緒の頭は冷静になっていた。
舞魚と付き合い始めて三ヵ月。関係の進展を期待したデートのはずが、ロマンチックさの欠片もないのは何事か。
(どうしてこんな色気のねぇ場所選んじまったんだオレはぁ! 定番の水族館とか、もっと他にあんだろうが! 甘々の百合漫画みてーによぉ~!)
どうにも調子が狂う。数日前、レもんを追ってミナが家に押しかけてきたのが混乱の原因だった。
同居して早々、レもんとミナが遊園地デートの約束をしていたのを、琴緒は聞いてしまったのだ。
(あいつらと行き先被りたくねぇ一心で、つい早まった選択を……)
「琴緒ちゃん、大丈夫? 寒かった?」
心配げに顔を覗き込む舞魚の仕草に、琴緒の胸は高鳴った。至近距離での上目遣いは反則級だ。
「あ、いや、平気ッス! 自分体温高いんで!」
強がりではない。実際、舞魚のせいで琴緒の身体は火照っていたのだから。
次はどのアトラクションで遊ぼうか――そんな話をしながら、二人で公園内を散策する、このひとときが愛おしい。
「一緒にアスレチックコース回ろっか」
「いいッスね! せっかくだし上級者コース行きましょう! オレ手貸しますんで!」
琴緒の狙い目は道中に設置されたボルダリングだ。手助け名目で舞魚を上から引き上げたり、下から押し上げたりと触れ合うチャンスが期待できる。
(あくまで紳士的に、さり気なく手伝わねーとな……決して邪な目的じゃねーってことを示す必要があるからなぁ!)
「琴緒ちゃん、楽しそうだね~」
「えっ? お、オレそんな顔してましたか……?」
「うん。思いっきり体動かして気晴らしになったでしょ。琴緒ちゃんが元気だと私も嬉しいな」
無邪気な笑顔だった。舞魚は純粋に琴緒の様子を気にかけてくれているのだ。
(先輩……そこまでオレのことを……)
確かにここ何日か――具体的にはマキナが失踪してから――琴緒は本調子とはいえなかった。
悪魔退治のバイトは自動的に失職した。退職金のつもりなのか、口座にはそこそこの額が振り込まれていたが、とても奮発しようという気分にはならなかった。
「琴緒ちゃん! ぼーっとしてると私、先に行っちゃうよ!」
「ちょ、待ってくださいよ! 先輩!」
元気よく駆けてゆくカラータイツの二本脚を、琴緒は慌てて追いかける。考えるのは後でいい。マキナが青春を楽しめと言うのなら望むところだ。遠慮せず楽しんでやろうではないか。
緩やかなスロープを下り、丸太のステップをぴょんぴょんと跳び移っていた時、
「体育祭努力賞の実力ぅ~、見せてやる……う……?」
前を進んでいた舞魚が不意にバランスを崩した。
「先輩――!」
段差を降りて駆け寄った琴緒の両肩へ、舞魚は倒れかかるよう身を預ける。
そして――
――舞魚は自分の唇を、琴緒の唇にそっと触れさせた。
(――……っ!? ま……まさか、こ、これって事故チューってやつじゃ……!?)
立ち尽くす琴緒の前で、舞魚は平然とステップの上へ復帰する。
はにかんだような、悪戯っぽい微笑みを浮かべて。
「……ごめんね。今のわざとなの」
(わざとだったぁ――――っ!!)
琴緒は思わず両手で顔を覆った。急激に熱くなる両耳へと、舞魚からの甘い囁きが注がれてくる。
「たまには私がリードしたっていいよね? 琴緒ちゃんよりもお姉さんなんだし」
「い……いいッスけどぉ! その代わりオレも先輩に不意打ちするかもしれないんで! かっ、覚悟しといでくださいよ!」
まったく格好がついていないのを自覚しつつ、琴緒は負けず嫌いの性に抗えない自分を再発見するのだった。
ヒーローとは案外、往生際が悪い生き物なのかもしれない――と。
*
奥多部高校の修学旅行は三泊四日、琴緒たち二年生が対象学年だ。
新幹線での長距離移動を終えて、初日は湖畔をそぞろ歩いたり、偉人の記念館を訪れた後、温泉旅館に泊まる。
明けて二日目からが本番といった様相だ。
G組1班の琴緒は、班長である不哀斗とともに博物館や史跡を巡り歩き、郷土の歴史を学んでいた。
「これが武士道……奥が深いじぇ……!」
「お前こういうの好きそうだよな。新聞部の奴らとも気が合うんじゃねーか?」
実際、此度の行き先が決定したのは、歴史オタクである新聞部長からの熱い要望によるという噂を聞く。校内のあらゆる情報を一手に握る諜報機関の権力は計り知れないのだ。
仮にその影響力が校外にも有効であったなら、今頃はマキナの足取りも掴めていたのかもしれないが。
「ここからは個別行動にするじぇ。二十分後に銅像の前で集合なのだじぇ」
不哀斗の号令で、班は一時解散と相なった。
琴緒も先ほど見てきた武家屋敷方面へ引き返し、気になっていた土産物屋まで足を運ぶ。
入口では地元温泉の萌えキャラパネルがお客を出迎える。
(このキャラ、マヨミノが好きだって言ってたな。アクスタでも買ってってやるか)
後輩たちへのお土産を見繕った後は、本命である自分用のコーナーにやって来た。
(修学旅行の土産もんと言やぁ……コレしかねぇよなぁ!)
何はなくとも木刀である。天然木から彫り出されたつややかで重厚感のあるフォルムは、まさに漢娘のロマンと言うべき逸品だ。
ときめきに身を任せ、琴緒がお目当ての一振りへと手を伸ばしたその時。
「ごめんあそばせ」
「あ、悪ぃ……――なっ!?」
図らずも手が触れ合った赤髪の女子生徒を見て、琴緒は呆気にとられた。
「な、何でお前がここに!?」
「何故って、修学旅行に決まってるじゃございませんこと?」
2年A組、希望堂ぴあ乃、才色兼備のお嬢様。現バンドメイトにして、かつて琴緒がフッた相手である。
「そ、そりゃそうだな! あははは……」
「随分と気まずそうですわね。もしかして……鱧肉先輩とのおデートに関係がございまして……?」
貼りついたようなぴあ乃の笑顔が、瞬時にして琴緒に事情を悟らせる。
(こいつ……ぜってー知ってやがる……!)
★琴緒 イメージ画像4
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