番外編 デウス・エクス・マキナ(4)
地球とは別の次元に属する異世界。
若き日のマキナは教会の聖女として、聖剣ブルクミュールを守護する役目を負っていた。
世界を我が物にせんとする魔王ハアモンを討ち取れるのは、聖剣を手にした勇者だけだと信じられていたから。
そして、予言どおり勇者はやって来た――はるか地球から。
聖女マキナは勇者を助け、支え、ともに魔王を討ち滅ぼした。
戦いの後、マキナは勇者を地球へ帰すため、大規模な送還の術を執り行った。
しかし、儀式は失敗に終わる。
開かれた不完全な『扉』は、勇者ではなくマキナを呑み込み、次元の狭間へと送り込んだのだった。
*
「あのとき私が助け出さなければ、今頃はどうなっていたか。わからない貴方ではないはずよ」
カウンターの向こうから、赤髪の女バーテンダーがマキナをじっと見据えていた。
正体不明の悪魔、仮の名を『真紅』。
「恩義は感じているさ。だからこそキミの依頼にも迷わず応じた。魔王エムロデイの侵略から地球を救う――それは勇者の故郷を守ることでもあるのだからね」
マキナの言葉に嘘はない。何より、『真紅』から提示された報酬が重要だった。
「そうよ。貴方がエムロデイを倒してくれさえすれば、私はすぐにでも元の世界へ繋がる『鍵』を用意してあげるわ。この順序は絶対だと言ったはずなのに、貴方は……」
「逆こそが唯一の正解ということもあり得るものさ。ワタシはその可能性に賭けてみたいんだ」
マキナが差し出した聖杯を、『真紅』は目を細めて覗き込む。
「霊質が満ちているわね……上の方に溜まっているのは金獅公じゃなくて、銀羯公ヴェルデンベラムの霊質かしら。どちらにしても充分な量よ」
「ならば頼む。それで『鍵』を作ってくれ」
「本当にいいのね? これを使うということは、時間を遡るための燃料を失うことでもあるのよ? おそらく二度と〝やり直す〟ことはできなくなるわ」
決意を問う『真紅』に、マキナはきっぱりと意思を示した。
「構わない。これでエムロデイを倒せないようなら、約束どおりワタシの魂をくれてやる」
マキナは『真紅』が何者であるか、すでに気づいていた。
マキナが勇者とともに討ち滅ぼした、因果の魔王ハアモン。
今まさに地球征服を企む、空間の魔王エムロデイ。
そしてもう一柱。
マキナに時を遡行させ、地球存続の可能性を探る者。
時間を司る魔王リディムス――またの名を〝観察者〟。
「私はただ、人の子が自ら紡ぐ歴史を未来永劫見続けたいの。それを余所者に引っ掻き回されるのが我慢ならないだけよ」
*
前もって用意していた隠れ家の一つに、マキナはいた。
床の上には魔法円が描かれ、その中央には空っぽの聖杯が置かれている。
(この儀式を行うのも随分久しぶりな気がするねぇ)
『真紅』から渡されたカクテルシェイカーから、聖杯に中身を注ぐ。
(もっとも、時間軸上では一年も経っていないわけだが)
紫ともオレンジともつかない、まるで薄明を閉じ込めたかのような、神秘的な色をした流動体。
それは四方八方に波打ちながら、やがて本来の姿である円球を形作る。
この球体こそ、異なる世界同士を接続する『鍵』であった。
(さあ、始めようか。ここからの逆転の一手を)
マキナは儀礼用の短剣を手に取り、魔法円の周囲を足でたどってゆく。
「……ドラギエルは北天に聳え、フラマエルは南天に燃ゆ」
詠唱の声が反響する中、室内を満たす神聖力が増幅していった。
「パラディデルは西天にせせらぎ、ラタマクエルは東天にそよぐ……」
四大天使の名に続いて、マキナが神名を唱えた時、
「我ここにル・ディメントスの大いなる御名において命ず……ド・ラムロル・ノア・トーデ……ゴフォン・ニントジオ――!」
『鍵』はたちまち大きく広がり、魔法円を底面とした半球状の『扉』へと変化する。
二つの世界が繋がった。
「……ああ。確かに琴緒クンは魔王を倒してしまうだろう。彼女自身の命と引き換えにね。だから、ワタシはこうして……――」
※おまけ
★トンデモニウム in ハロウィンパーティ イメージ画像
https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/822139838497153544




