第67話 白銀の絶望
【前回のあらすじ】
椰夏「アタシが椎菜に負けるとは。すまない……琴緒、マキナ、レもんさん」
レもんは二対の翼を畳んで、木陰へと降り立った。
早速とスーツを着た女が近づいて来る。七伯爵の元同僚・シアティだ。
「レモノーレ、来てくれたのね。推定ウルフォゴは今も学校に接近中よ」
「了解。ここからは地上を行こう」
おそらく敵も警戒しているだろう。無理に不意討ちを狙うより安全策を取る。
二人は足早に山林を進む。やがて前方に、腕組みをした人影が待ち構えているのが見えてきた。
一見していかつい、反社の若頭といった風情の男だった。
「おうおう、随分と早かったじゃねえか。で、明治家琴緒とかいう女はどこにいやがる?」
鋭い目つきとドスの利いた声。シアティはびくりと肩を震わせていたが、レもんは今さら怯んだりはしない。
「琴っちは来てないよ。オマエ程度の相手ならあーしで充分だし」
「ジャリが調子こくんじゃねえぞ。オレサマの名は――」
「ウルフォゴ、だろ?」
「話が早え!」
敵は五指の間に氷の短刀を出現させ、次々と投げつけてきた。レもんは宙を引っ掻くネイルの衝撃波で、それらを残らず切り落とす。
「氷の魔力……伊香川椎菜に力を与えたのはオマエで間違いないな」
「あのイカレ女が。そっちのお仲間の一匹ぐらいは道連れにできたか?」
ウルフォゴは蛇行しながら距離を詰めてくる。口ぶりからして、椎菜は初めから捨て駒のつもりだったようだ。
「さあな。今頃は椰夏っちに倒されてるんじゃないか?」
レもんは爪撃、ウルフォゴは氷刀を飛ばし合う。流れ弾が互いの衣服を掠めはしたものの、双方無傷のまま拳脚の間合いへと入る。
「だといいがなあ……?」
ウルフォゴの不敵な笑いに、レもんは嫌な予感を覚えた。
(予感……なんかじゃない!)
肌を刺す冷気を察知し、レもんは素早く身を引いた。
追いすがるウルフォゴ。掴まれたら凍らされる。
「シアティ!」
レもんは仲間に呼びかける。直後、地面を突き破って伸びたツタが、ウルフォゴの両足を縛りつけた。
その隙にレもんは翼を展開し、空中へと舞い上がる。
眼下には歯噛みするウルフォゴ。
「テメエ、逃げる――」
「わけがないだろ」
レもんの両手に赤黒いオーラが凝縮していく。撃ち出すのは特大の爪撃波。
「〈錆色の魔爪〉!」
「クソがあぁっ!!」
ウルフォゴは咄嗟に氷の盾を作り出すも、魔爪は盾もろともその身を切り裂いた。
あえなく地に伏したウルフォゴの姿を見届け、レもんは地上へと降下する。翼を仕舞うや、シアティが早足で歩み寄ってきた。
「レモノーレ、ケガはない?」
「大丈夫だ。助かっ――」
レもんが返事をした瞬間だった。
「――た…………?」
視界からシアティの姿が消失する。まるで、見えない何かに突き飛ばされたかのように。
レもんは気づいてしまった。
(――もう一体いる!!)
急いで周囲を見渡す。シアティがものすごい勢いで崖下へと転落していくのが見えたが、どうせ奴は不死身なので放っておく。
今は自分の安全が第一だった。
(不可視……いや、認識阻害か。だとするとかなりの高位悪魔……――そこか!?)
空気のわずかな揺らぎを察知し、レもんは身を翻す。刹那、巨大な質量を持った何かが背中を掠め、風圧でジャージの上着が引き裂かれた。
「……ほぉ。あたしの居場所を見破るたぁ、生意気な小娘だねぇ」
臓腑に響く低い声音が、レもんにははっきりと聞き取れた。
もはや隠れる必要はないと悟ったのだろう。敵は術を解き、おぞましい姿を現した。
「お前さんも悪魔の端くれなら知ってるだろう? あたしの名を」
白銀の毛並みを持つヤギの頭部が、レもんを見下ろしていた。鋭く突き出た二本のツノを除いても、その堂々たる体躯は三メートルを下らないはずだ。
「銀羯公……ヴェルデンベラム……!」
レもんは戦慄した。魔界で知らぬ者はいない、三公爵の一人がそこにいたのだ。




