第64話 いかがわしいなぁ~?
【前回のあらすじ】
琴緒「季節外れの路面凍結! オレたちの乗った車は事故って爆発した!」
「やる気爆発ですわ!!」
お嬢様の声が秋空に響き渡る。赤組の主力選手である希望堂ぴあ乃は、体育祭の全種目で一位を独占していた。
まるで、彼女がライバルと認める明治家琴緒不在の鬱憤を晴らすかのように。
(ぴあ乃ちゃん、張り切ってるなぁ)
ブルーシートの敷かれた白組の控え席から、舞魚はグラウンドの様子を見つめていた。
紅白の振り分けはクラスごとのくじ引きなので仕方ないが、敵同士となったバンドメイトの活躍には複雑な思いが込み上げる。
(今日は琴緒ちゃんも、レもんちゃんもいないし、少しでも私が頑張らないと)
琴緒たちの願いは、みんなが平和な学校生活を送ること。ならば、舞魚も恋人として、友人として、全力で青春を楽しまなければいけない。
舞魚は勇み立ち、鉢巻きを締め直す。やる気ならぴあ乃にだって負けてはいない。自慢ではないが、音楽と体育だけは赤点を取ったことがないのだ。
「は、鱧肉さん」
メガネの男子生徒が舞魚を呼びに来る。レもんから委員の仕事を押しつけられ――もとい、頼まれたクラスメイトである。
「そろそろ障害物競走の準備、お願いします」
「うん。今行くね」
トラックでは、ちょうど二年生のレースが始まろうとしていた。
『位置について……用意――!』
トップを独走する白組選手は、琴緒と同じ2年G組の寒富不哀斗。小柄な体躯と、空手部で鍛えた機敏さを活かす活躍ぶりだった。
次は三年生の番だ。
(よぉーし! 不哀斗ちゃんに続けぇー! 私ぃー!)
味方の勢いに後押しされ、舞魚も走り出す。
ハードルを跳び越え、平均台を渡り、順調に突き進んでいた最中。
(……! こんな所で引っかかってる場合じゃないっ!)
網くぐりに手こずりながらも、舞魚は意地で先頭集団に食らいつく。
結果は、赤組の陸上部選手に続く二位でのゴールだった。
(惜しかったなぁ。さっき網に引っかからなければ……――あっ)
舞魚は左手首を見る。琴緒とレもんからもらったミサンガが二つともほつれ、今にも千切れそうになっていた。
*
琴緒たちの乗った車はコントロールを失い、凍結した路面をスピンしながら滑ってゆく。
進行方向には、切り立つ山の岩肌が待ち受けている。もはや一刻の猶予もない。
「脱出すっぞ! オラァッ!!」
琴緒は助手席と運転席のシートベルトを素手で引きちぎり、マキナを抱き寄せる。
「おやおや、情熱的だねぇ~」
「とか言ってる場合かぁああーっ!!」
半狂乱となったレもんが、立ち上がりざまに車の天井を発勁で吹き飛ばした。
最後に、椰夏が三人を抱え上げ、
「綾重流・空車――!」
天井から脱出するとともに車体を蹴り飛ばすことで、全員にかかる衝撃を相殺する。
椰夏は道路脇に積もった落ち葉の上へ着地――直後、空となった車は岩に衝突し、爆炎が吹き上がった。
「マキナ、椰夏、レもん……全員いるな?」
琴緒は仲間たちの姿を確認する。間一髪だったが、どうやら四人とも無傷のようだ。
マキナは皆に頭を下げ、自らの運転の不始末を詫びた。
「いやはや、面目ない。ハンコン買って家で練習したんだがねぇ」
「レースゲーの話は後にしろ。それより目的地までは歩いて――」
琴緒が歩を進めようとした矢先、
「椰夏っち、危ない!」
レもんが叫ぶ。反応した椰夏が跳びすさるのと同時、いずこから飛んできたナイフが地面に突き立った。
奇妙なことに、落ちてきたばかりのナイフの周りには氷が張っている。
(間違いねぇ。車道を凍らせたのと同じ奴の仕業だ――!)
琴緒が誰何するまでもなく、不届き者は自分から居場所を告げてきた。
「あーあ。ただの足止めのつもりだったのに……勝手に車自爆させちゃって、アタイ引いてるぅー」
軽薄な声の主が高みから姿を現す。
妙ちきりんな女だった。カラフルなボブヘアーに病的な白い肌。上下とも丈の短いセーラー服からは、ヘソや太ももを露わにしていた。
薄ら笑いを浮かべて近付いて来る女を、琴緒は警戒するより先に見咎める。
「テメェ何っつうカッコしてんだ!? いかがわしいな」
「……! アタイの名を知ってるのかぁーい!?」
女が身をのけぞらせたのを見て、椰夏が声を上げた。
「キサマは……やはり伊香川椎菜か!」
「えっと……どちら様?」
レもんの問いに椰夏は即答する。
「アタシの顔に傷をつけてくれた張本人だ。見てくれは変わったようだが、性根は昔のままらしいな」
「ヒャハッ! 椰夏ちゃん、お久しぶりぃー。元気してるぅー?」
伊香川椎菜は体を左右に揺らしながら、椰夏に挑発的な視線を投げかけていた。
二人の因縁を知るとともに、明らかとなった事実を琴緒は確認する。
「ってことはコイツ、悪魔じゃなくて人間か?」
「そぉでぇーす! アタイはウルフォゴ様から悪魔の力を授かった、言うなれば魔人椎菜ちゃんなのでぇーす!」
椎菜は笑顔を歪ませ、自慢げに言い放った。
うっかりなのか意図的なのかは読めないが、椎菜の口にした名を聞き漏らす琴緒ではない。
(ジュンセリッツじゃなくて、ウルフォゴだと……?)
琴緒はレもんを見やるも、首を横に振られるばかりだった。
はたして野良悪魔か、あるいは第三勢力か。この機に乗じて漁夫の利を得ようとする者がいるのは間違いない。
すでにマキナも、スマホから部下へ連絡をつけている。
「シアティクンも心当たりがないそうだ。今調査に向かってもらってるよ」
「何だってんだ、次から次に敵が湧いてきやがって……まずはさっさと椎菜をボコしちまおうぜ」
四対一ならすぐにケリがつく――意気込んだ琴緒だったが、
「待て。この場はアタシに任せてくれ」
椰夏の背中がそれを遮った。
★椎菜 イメージ画像
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