番外編 デウス・エクス・マキナ(3)
マキナはバーを再訪する。カウンターでは、いつものようにバーテンダーのいでたちをした『真紅』が待っていた。赤い髪の女の姿をした正体不明の悪魔だ。
「おつかれさま。五侯爵の件は無事片付いたようね」
「勿論。琴緒クンのおかげさ」
カウンターに用意されたグラスを、マキナは一気に呷った。勝利の祝杯として、前もって頼んでいたノンアルコールのカクテルだ。
「お気に入りのヒーローさんね。その子、まだ自分の正体に気づいていないのかしら」
「いや、最近母親から聞かされたらしい。全部というわけではないようだが」
「ふぅん。含みのある言い方ね。それより、お代をくださいな」
催促を受けて、マキナは空隙から聖杯を取り出す。
「霊質は大分溜まったはずさ。キミになら視えるだろう?」
カウンターに置かれたそれを、『真紅』は手に取って覗き込んだ。
「どれどれ……貴方の故郷に通じる『扉』を開くには……量にして公爵級が一体分といったところかしら」
「それはおあつらえ向きだ。そろそろ三公爵も動き出す頃だろうからね」
三公爵はこれまでの七伯爵や五侯爵といった組織とは違い、それぞれの目的と野心を持った高位悪魔たちだ。
互いに敵対関係にあるので、連携を取られることはまずないだろうが、単独でもパルヴェークやオーグマンを凌駕する難敵であるのは間違いない。
「それはパルヴェークから聞いた話?」
「ああ。穏健派のミントーネとやらはともかく、他の二人は彼女にとって目の上のたんこぶだったみたいだ」
『真紅』は納得したように笑みを浮かべる。
「なるほど。いずれにしても、『扉』を開いてほしいなら、私の依頼を完遂してもらわないとね。それが私たちの結んだ契約なのだから」
「わかっているとも。魔王エムロデイは必ず倒してみせる。この地球を踏み荒らさせはしないさ。ただ……」
言い渋った後、マキナは意を決して切り出した。
「一つ相談なんだが、報酬の前借りを頼むことになるかもしれない」
「いつから私に物を頼める立場になったのかしら?」
表情を強張らせた『真紅』の瞳は、深淵のごとき闇を湛えていた。




