第59話 ロックの極意は反骨精神と見つけたり
【前回のあらすじ】
椰夏「攻撃はアタシが引き受ける。トドメは任せたぞ、琴緒!」
手と言わず、腕と言わず、体中がバラバラになりそうだった。
校舎を消し飛ばすほどの破壊力が、オーグマンの金砕棒を通じて、椰夏一人の身にのしかかっているのだ。
(ぴあ乃さんに再び会うまでは……死ねん!)
椰夏の脳裏に、綾重流の家元である母の言葉がよみがえる。
『グァッ! と来た時にドリャァッ! と返せば大抵何とかなる!』
(我、極意を見つけたり――!)
踏みしめた大地が大きく沈み込む。同時に、椰夏が両手で受け止めた金砕棒と、それを持つオーグマンの腕が、螺旋状にねじれて弾け飛んだ。
この間、わずか0.5秒。
(今だ、琴緒――!)
「〈テンション・リゾルヴ〉ッ!!」
極光を纏った琴緒の拳が、オーグマンの胴体深くめり込む。戦いの高揚感を威力に転換する必殺拳が炸裂した。
椰夏の視界を満たす虹色の光が止むと、そこには上半身に大穴を空けながらも仁王立ちする、隻腕の鬼神の姿があった。
「あいがと……さげもした……――」
満ち足りた表情を残して、オーグマンの身体は無数の粒子へと分解されていった。
琴緒は大きく息をつき、その場に座り込む。晴れ晴れしい顔つきだ。
「暴れるだけ暴れて、勝手に満足して逝きやがった。ったく、傍迷惑な野郎だぜ」
「ふっ……違いない……」
そう答えるのが精一杯だった。ダメージの限界を迎えた椰夏は、支えを失い仰向けに倒れた。もはや指一本とて動かせない。
(威力を足元から六割逃がし、三割を敵に送り返し、残り一割……アタシもまだまだ修業が足りないようだ……な)
「椰夏! しっかりしろ!」
すかさず琴緒が駆け寄ってくる。大技の直後で疲労困憊だろうに――椰夏は自分の頬が思わず緩むのを感じた。
「心配……するな。それより……あれを見ろ」
辺りへと散らばったオーグマンの霊質が、一つの方角へ吸い込まれるようにして飛び去っていく。
その光景の意味に思い当たらぬ琴緒ではない。
「あいつ……来てやがったのか」
「らしいな。悪いがアタシは……ここで脱落だ。ぴあ乃さんと舞魚先輩のことは……オマエたちに……任せるぞ」
「ああ。絶対に勝ってくるから、お前は治療役が来るまでここで休んでろ」
琴緒は椰夏のスマホからシアティに連絡を取り付けると、一直線に中庭の方へ向かって行った。
(頼んだぞ、琴緒…………――ん?)
ふと瓦礫の向こうに、かすかな気配らしきものを感じ取る。
椰夏は呼吸をひそめて様子を窺うが、何事も起こらず。
(……気のせいか)
どうやら、ダメージのせいであちこち調子が狂わされているようだ。
今になって頬の古傷が燻り出すように疼いた。
*
中庭での戦いも、ほぼ勝敗は決したようなものだった。
魔力の直撃を受けたぴあ乃は立ち上がれず、舞魚も神力を使い果たそうとしている。
だが内心、パルヴェークは苛立っていた。
(……遅すぎる)
あのオーグマンが明治家琴緒程度に手こずるとは考えにくい。
よもや、嬉々として勝負に興じているのではあるまいか。
(まったく、仕方のない男です)
だとすれば、根っからの戦好きであるオーグマンに好敵手をあてがう約束が、図らずも果たされたことになる。
本来であれば、人間界を掌握した後に、公爵級悪魔たちと存分に戦ってもらうつもりでいたのだが。
(こんな段階で満足してもらっては困りますよ。オーグマン、貴方は我が覇道を成すための最強の駒なのですから――)
パルヴェークが再び歩を進めようとした時、渡り廊下を突っ切って走り込んできた者たちがあった。
「パルヴェーク様ぁ!」
ピンクと水色のツインテールをなびかせて、双子姉妹が戦場へと分け入る。
二人はパルヴェークの正面に回り、舞魚とぴあ乃を守るように立ち塞がった。
「マヨーラ、ミノーラ。何事ですか」
「せ……センパイたちをいじめるのは、もう……や、やめてほしい……です」
何と弱々しい声音、何と定まらない主張であろうか。
パルヴェークは怒りを一旦脇へ置き、マヨーラたちに優しく問いただす。
「要領を得ませんね。何故そこまで人間たちに肩入れするのですか」
「この感情の意味を、知りたいから……!」
マヨーラの答えを耳にした瞬間、パルヴェークの心に浮かんだのは、眼鏡をかけた銀髪の女魔術士の顔だった。
いい加減で、掴みどころのない、だがどうにも気にかかる存在。
「……ますます解せませんね。貴方がたは利用されているだけですよ。用済みになれば見捨てられるとは思わないのですか?」
パルヴェークはじっとマヨーラたちの目を見る。伏し目がちだった眼差しが、少しずつ意志の光を灯していくのが感じられた。
「琴緒セイパイたちは……マヨたちが役に立っても立たなくても、軽音部にいていいって言ってくれた」
「しかし、現にこの者たちの役に立とうと躍起ではありませんか」
「誰かに言われたからじゃない! マヨたちがそうしたいと思ったから!」
マヨーラが、ミノーラが、両腕を広げてパルヴェークの進路を阻む。それは初めて目にする、部下たちの決然たる面持ちだった。
(妾が心を折ってやったはずの此奴らが、口答えを……?)
パルヴェークの胸に言い知れぬ滾りが渦巻いた。
このような気分にさせてくれた者がほかにいようものか。パルヴェークは忌々しき仇敵の名前を声高に口にした。
「明治家琴緒――!」
オーグマンの手でとうに斃されているはずの小娘が、まさかこの場に再び姿を現そうとは。




