第7話 衝天の魂波(ソルファ)
【前回のあらすじ】
琴緒「レモノーレが空中からヤバそうな攻撃をブッ放そうとしてやがる!」
琴緒は上空のレモノーレに指摘してやる。
「お前さぁ、さっきからパンツ見えてんぞ」
「なぁああ――――っ!?」
レモノーレがスカートを押さえた隙を見逃すはずもなく。
「マキナ、今だ!」
「任せたまえ――ドゥア・ドーナ・ツノッド!」
背後に控えていたマキナが呪文ととも短剣を抜き放つと、既視感のある光の輪がレモノーレを取り囲むように発現した。
「これは……ドナツィエルの能力……!」
瞬く間に狭まった光輪は、レモノーレを両腕ごと締め上げ拘束した。
琴緒は満を持して攻勢に出る。パンチや蹴りにこだわる必要はない。何であれ攻撃が届きさえすればいいのだ。
「困ったときは気合いで……解決……ッ!」
腰溜めに構えた琴緒が気迫を込めると、向かい合わせた両手の間に青白い光が満ち満ちてくる。
こちらを見下ろすレモノーレの顔が、さらなる驚愕の色に染まっていた。
「何だよそれぇ!? 貴様、ホントに人間……」
「黙って喰らいやがれ――〈魂波〉ァッ!!」
天に突き上げた琴緒の両掌から、謎のエネルギー砲――自分でもよく分かっていない――が勢いよく放射された。
「ぬゔぉあぁぁ――――っ!!」
光の奔流に呑み込まれたレモノーレは屋上へと墜落した。
琴緒は意気揚々と落下地点へ駆けつける。
「ホントに撃てるとは思わなかったぜ。やってみるもんだな」
「で……デタラメ、すぎるだろ……」
ズタボロになって転がるレモノーレへ、
「常識に囚われすぎたのがテメエの敗因だ……!」
琴緒がとどめを刺そうとしたその時――
「やめて、琴緒ちゃん!」
「舞魚先輩……」
「何があったか知らないけど、もういいでしょ!? レもんちゃんは私の……初めてできた友だちなの!!」
割り込んできた舞魚を前に、琴緒は振り上げた拳を止めた。
レモノーレは仰向けになり、嘆息する。
「あーしを……友と呼んでくれるか……」
「当たり前でしょ!?」
「……ごめんね、舞魚ん。ずっと騙してて」
「騙して……どういうこと?」
戸惑う舞魚にレモノーレは打ち明けた。
「あーしの本当の名はレモノーレ。人間界に不和の種を蒔き散らす悪魔なんだ」
「……あー。レもんちゃん、そういうお年頃かー。分かった。これからはちゃんとキャラ設定把握しとくね!」
「いやその……設定とかじゃなくて、本当に……誰か説明して?」
レモノーレは懇願したが、琴緒に応える義理はない。
「無視すんなぁ! くっ……こんなんじゃ死んでも死にきれない……」
「残念だったなぁ! さぁて、最期に言い残すことはないか? んん?」
琴緒はレモノーレを見下ろし、再び拳を構えた。
「誰が貴様なんかに! だが、一つだけ心残りが……花壇の世話を……舞魚んに託したい」
「ヤダ! めんどくさい! レもんちゃんがやってよぅ!」
舞魚は一も二もなく即答した。レモノーレの瞳が諦念に染まる。
「そんなぁ……もう、どうにでもしてくれぇ……」
「そうか。じゃあ、お望みどおり――」
琴緒はレモノーレの首元に手をかけ、
「……っ! …………!?」
襟を掴んでマキナの前まで引きずって行った。
「おい、コイツ生かしといても問題ねぇよな?」
「んー、そうだねぇ。一匹ぐらい誤差のようなものだ。ただし、琴緒クンが責任持って面倒を見たまえよ」
「ペットかよ! ったく、しゃーねーな」
あっさりと許可が降りたことに拍子抜けしつつ、琴緒はレモノーレに言い聞かせる。
「っつーわけで怒狸闇レもん、お前今からオレの子分な。今後は悪魔ごっこも程々にしとけよ」
「こ、子分だと!? 誇り高き悪魔であるあーしが……」
「誇り高いなら負けはきっちり認めろよ。レもんさんよぉー」
「ぐぬぬ……!」
レモノーレ改めレもんを解放してやると、琴緒は舞魚の方へ向き直った。
「先輩、お騒がせしてサーセンっした」
「ううん。二人とも仲直りできたみたいでよかったー」
放課後、また部活で――約束を交わして、琴緒は屋上を去っていく。
午後の予鈴が鳴っていた。もうすぐ昼休みも終わりだ。
「しまった! このままでは授業に遅刻してしまう!」
「早く教室戻ろ? レもんちゃん服ボロボロだし、体操着にも着替えなきゃだね」
廊下の向こうへ消えていく親友たちの声を、琴緒は背中に見送った。
(ダチができてよかったな――舞魚先輩)
*
何処とも知れぬ場所。円卓を囲む人影は五つ。
「やられたか……レモノーレまでも」
「しかも敵に寝返るなんてね」
「ケッ、七伯爵の面汚しが」
台座の赤い宝玉は五つ。一つはすでに輝きを失い、一つは青く変わっていた。
かつての仲間に対する罵りの声は止まない。
「予想はついていましたがね。ドナツィエルにしろレモノーレにしろ、悪魔としての自覚が欠けた半人前ですから」
「そうね。あいつらの堕天した理由って『天界の仕事ダリィ~』とか『あーしの給料少なくね?』ぐらいのノリでしょ? 期待するだけ無駄だわ」
冷ややかな言葉が飛び交う中、一人無言を貫いていた影がようやく口を開く。
「……ちょっと外の空気を吸って来るアルよ」
「動くか、ミナノミアル」
「違うネ。ただの休憩アルよ」
「そうか」
残る影は四つ。一際大きな影がおもむろに席を立った。
「今度こそ俺様に行かせてもらうぜ」
「出るか、ファイ゠トノファよ。七伯爵きっての戦闘狂と謳われたうぬが」
「フッ、ボクの出番はもうなさそうだ」
「悪魔の恐ろしさ、人間どもに見せつけておやりなさいな」
言われるまでもない――返事代わりに打ち込んだファイ゠トノファの拳が、御影石の椅子を粉砕した。
「クックック……うぬの拳は衰えを知らぬとみえる。ところで、ホウキとチリ取りは用具入れの中だぞ」
「カッカッカ! 了解だ!」
ファイ゠トノファは豪快に笑いながら、椅子の残骸を片付け退室して行った。
(次章につづく)