第55話 虎に翼……多すぎない?
【前回のあらすじ】
琴緒「出海西高でライブ終わり、椰夏を追いかけて来たオレが見たのは――」
琴緒は胸を落ち着け、状況を見定める。
旧校舎の前に折り重なるように倒れているのは、出海西高の不良生徒たち。数は十人ほどだ。
(さっき見た顔と、知らない顔が混じってるな。着けてる腕章からして、執行部隊とかいう奴らか)
近くには、奥多部高で留守番をしているはずの、マヨとミノの双子姉妹が並んで立っている。
そこへ、向こうからつかつかと歩み寄って来る女がいた。
「こうして会うのは初めてですね――明治家琴緒」
「お前がパルヴェークか」
五侯爵の首魁・パルヴェーク。長身に褐色の肌、虎の耳と尻尾、そして身に纏った黄金の軽鎧――琴緒がマキナや双子から聞いた特徴と一致している。
「如何にも。マヨーラとミノーラのことは気に入ってもらえたようですが、そろそろこちらへ返してもらいますよ」
前もって聞いていた襲撃日より四日も早い。しかもボス自らの出陣とは初耳だ。
情報の出どころである双子は、力なくうつむいている。
「……騙しやがったな」
「ご、ごめんなさ――」
「お前らじゃねぇ。パルヴェーク! コイツらに嘘を教えたな!?」
琴緒は倒すべき敵を真っ直ぐに睨みつける。
「敵を欺くには味方から――貴方がた人間の常套手段でしょう。さあ、二人とも手を貸しなさい。明治家琴緒を確実にこの場で葬りますよ」
パルヴェークは眉一つ動かさず、マヨとミノに言い放つ。まるで道具扱いだ。この女に信頼関係の何たるかを説いたところで、心に届くとは思えなかった。
「マヨ、ミノ。お前ら、本心ではどうしたいんだ?」
「……っ……」
「って、今聞いても迷わせちまうだけだな。だから、これは約束でも命令でもねぇ。オレからのお願いだ」
琴緒は拳を固め、パルヴェークへ一直線に突っ込んでいく。
「倒れてる奴らと、ついでに周りの安全確保もよろしく頼む!」
「単調な攻撃ですね――」
パルヴェークの上半身が大きく傾いだ。琴緒の拳が空を切ると同時、腹部への衝撃が走る。
真下に潜り込まれていた。
「ぐは……っ!」
逆さまに蹴り上げたパルヴェークの片脚が、琴緒を後方へ放り投げる。
「口ほどにもない。これでは妾一人でも充分そうです。マヨーラ、ミノーラ、貴方たちは此奴の望みどおり人払いでもしてくるとよいでしょう」
「で、でも……」
「聞こえなかったのですか?」
パルヴェークの語気が強まったのを境に、マヨとミノはきびきびと行動を始める。怪我人たちをフェンスの外へ運び出すと、琴緒を一瞥した後、新校舎の方へ走って行った。
双子の足音が遠ざかっていくのを聞き届け、琴緒は身を起こす。
「話のわかる奴で助かったぜ」
「足手まといを遠ざけるのは合理的判断です。ここで貴方さえ消し去れば、あの二人の迷いも断たれ、元の有能な駒に戻ってくれるでしょう」
おそらくパルヴェークに皮肉の意図はないのだろう。それがかえって琴緒の神経を逆撫でする。
「あいつらを駒呼ばわりすんじゃねぇ!」
「異なことを。あのような何方つかずよりも、貴方は先走った仲間の心配をするべきではないですか?」
パルヴェークが言い終えるや否や、轟音とともに旧校舎の壁が吹き飛んだ。
壁の穴から勢いよく転がり出てきたのは、ロングスカートのセーラー服を着た、ポニーテールの女――ほかならぬ綾重椰夏であった。
「椰夏――!」
「あの女は厄介そうなので、妾の右腕に相手をさせています。言っておきますが、オーグマンの戦闘力は妾よりも上ですよ」
パルヴェークの言う真偽はわからない。ただ、椰夏がこちらを窺う余裕すらないのを見ると、穴の向こうにいるのがかなりの強敵であるのは間違いなさそうだ。
一刻も早く助けに入らなければ、椰夏の身が危うい。
「邪魔だ!! そこをどきやがれッ!!」
先ほどの対応からして、敵はカウンター巧者だ。反撃を予測して立ち回らないと返り討ちに遭う。
琴緒は位置取りに気を配りつつ、攻撃の合間を狙われぬよう続けざまに攻め立てた。
(チッ、流石に目がいいな)
先読みで繰り出したコンビネーションが難なく捌かれる。パルヴェークは琴緒の動きを見極め、後の先で応じているのだ。
(だったら……『見せない』のが正解だ!)
琴緒は円を描く歩法で敵の側面へと回り込み、さらに大きく回し蹴りで背面を狙う。
と見せかけて、真後ろに着地する。
はたして、回避を兼ねたパルヴェークの後ろ回し蹴りは空振りに終わった。
(フェイント成功だぜ!)
回転と落下のエネルギーを突進力に転化し、琴緒は隙だらけのパルヴェークへ一撃を――
「思い込みは命取りですよ、明治家琴緒」
「――……っ!?」
琴緒の攻撃は予想よりもはるかに早く届いていた。パルヴェークの方から前進を仕掛けていたからだ。
琴緒の拳は加速手前でパルヴェークの鎧に衝突し、威力を相殺されてしまっていた。
(こいつの動き……後の先じゃねぇ――)
誘われていたのは琴緒の方だった。
琴緒の腕を絡め取ったパルヴェークは、三対の黒翼をその背に現し、羽ばたき始める。
「ちょうどよい。あの建物を貴方の墓標にして差し上げましょう」
抵抗する間もなく身体が浮き上がる。琴緒はパルヴェークに捕まえられたまま、空中高く運び去られていた。
眼下では旧校舎の屋上が、今や遅しと琴緒の落下を待ち構えている。
「ここからではもう逃げられませんね」
「……ああ――お前がな!」
敵に密着させた琴緒の手のひらに、闘気が凝集してゆく。
「ゼロ距離〈魂波〉!!」
まばゆい蒼光がパルヴェークを貫くように爆裂した。
★琴緒 イメージ画像3
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