第50話 囚われの(元)聖女
【前回のあらすじ】
琴緒「マキナ、五侯爵に捕まったってよ!」
郊外にひっそりと建つ、洋館の一室。
「――というわけだから、ワタシのことは心配ないよ。しばらくは霊質の回収もおあずけさ。そう琴緒クンにも伝えておいてくれたまえ」
マキナはシアティへの伝言を終え、電話を切った。その動作の一つ一つは、二人の悪魔によって見張られていた。
半獣長躯の女主人が、虎の眼光でマキナを威嚇する。
「会話の中に余計な符牒を紛れ込ませてはいませんね?」
黄金の軽鎧を纏った五侯爵の頭領・パルヴェーク。緩やかに波打つオパールグリーンの髪が褐色の肌に映える。
マキナはスマホをパルヴェークに手渡した。
「安否を伝えるだけ、と約束したはずさ。ホラ、このとおり端末はキミたちに預けるよ」
中身はバックアップ済みだし、渋る気持ちはない。
だが、なおもパルヴェークは要求を重ねる。
「まだです。デムネシュの霊質を吸い込んだ脚付杯を渡しなさい」
「聖杯のことかい? 生憎今は持ち歩いていない――おっと、よしたまえよ」
マキナが慌てたのには理由がある。パルヴェークの後ろに立つ、もう一人の悪魔だ。
身の丈二メートルを超す巨漢の両手には、黒猫とカラス――マキナの使い魔たちが首根っこを掴まれて縮み上がっていた。
「おいも無用な殺生はしたくなか。じゃっどん、主君の命令に従わんわけにはいかん」
巨漢――オーグマンは眉根を寄せて、パルヴェークの顔色を窺う。女主人は黙ってテーブルを手のひらで軽く叩いた。
「持っていないのは本当さ。だが、過去に回収した霊質ならここにある」
マキナは取り出した小瓶を残らずテーブルの上に置いた。
それらを総取りしたパルヴェークは、指先をこめかみに当て、考えるような仕草をする。
「我々悪魔の義体を明治家琴緒が霊質へと還元し、貴方が物質に再変換する……例えば、ラッパースの魔剣に対抗できたのは、何らかの強力な武具を生成したと考えるのが妥当ですね」
「おや、なかなか鋭いねぇ」
茶々を入れてみるも、パルヴェークはいささかも動じない。
「世辞は結構です。何より、それは本来の使い道ではないのでしょう。今までに回収された霊質の総量からすれば、単に悪魔を滅するだけではない、もっと大きな目的が貴方にはあるはず」
マキナが口をつぐんだのを見て、己の推測が的外れではないと察したか、パルヴェークは部下に合図を送る。
「放しておやりなさい」
「わかりもした」
オーグマンは大きな体を屈め、黒猫とカラスを床にそっと降ろしてやる。
開け放たれたドアから、使い魔たちがそそくさと逃げ去っていくのを、マキナは安堵して見送った。
「期待してるところ悪いが、ワタシにも話せることと話せないことがあるんだ」
「構いません。その代わり、妾に協力をなさい。貴方の魔術からは、この地球のものとも、魔界のものとも違う異質な理を……大いなる可能性を感じます」
何が「その代わり」なものか――パルヴェークの言い分は一方的だった。人質を取って脅したり、軟禁したりしている時点で今さらかもしれないが。
当然、マキナが首を縦に振るはずもなく。
「それは買い被りすぎさ。ワタシに大した術は使えないよ。何せキミたちに抵抗する力さえないんだからね」
「力の問題ではありません。貴方の術理が持つ特異性は公爵たちを出し抜き、魔王の虚を突くことさえできると、妾は見ています。どうです? 妾とともに人間界・魔界の両界に覇を唱えようとは思いませんか?」
パルヴェークは野心を剥き出しにマキナへと微笑みかける。その提案が協力者にどんなメリットをもたらすのかなど、考えようとすらしていないのがありありと見て取れた。
(まぁ、身勝手なのはワタシも似たようなものだがね)
マキナは眼鏡を押し上げ、妥協点を探る。
「例えば、魔剣ヴァイエルをキミたちに返したら引き下がってくれるかい?」
「ヴァイエルは貴方がたが勝ち取った戦利品でしょう。返却は自由ですが、交渉の材料にはなりませんね」
取り付く島もない。勝ち誇ったように眉尻を下げるパルヴェークを、マキナはただ眺めるしかなかった。
「三日間、考える時間を与えましょう。それで貴方が応じなければ、部下に明治家琴緒を抹殺へ向かわせます」
「おいおい、三日も放っておかれたら飢え死にしてしまうよ」
マキナが訴えると、
「食事ならキャビネットの中に用意してあります。好きにお食べなさい」
そうパルヴェークは言い残し、虎の尻尾を揺らしながら、オーグマンとともに部屋を出ていった。
ドアが締まり、鍵の掛けられる音が聞こえた。
猶予は三日。だが勿論、マキナは要求を呑むつもりはない。
(……大丈夫だ。琴緒クンは絶対に負けない。みんなの……ワタシのヒーローなんだからね)
それに、自力でここを抜け出す算段はある。
(とはいえ、しばらくは大人しくしていないと怪しまれてしまう)
言われたとおりアンティークの戸棚を開けると、中にはキャットフードの袋や缶詰がびっしりと詰め込まれていた。
(なるほど……ダイエットにはよさそうだねぇ)
マキナの軟禁生活が始まった。
*
マキナと連絡がつかなくなってから、三日が経とうとしていた。シアティを通じて「心配するな」との伝言を受け取った琴緒だったが、不安がないわけではない。
(毎度、後手後手なのがもどかしいぜ)
元はといえば、体育館での召喚儀式で七伯爵にケンカを売ったのが発端ではあるが、以降は悪魔側から攻め込まれるのを迎え撃つばかりだった。
それでもどうにか切り抜けてこられたのは、異世界人であるマキナの魔術と機転があったからだ。
(……大丈夫だ。マキナがそう簡単にくたばるわきゃねぇ)
マキナは自分勝手でいい加減な女だが、力を持て余していた琴緒に活躍の場を与えてくれた恩人でもある。最後まで霊質回収を手伝って、無事に元の世界へ帰してやりたい。
(……なぁんて言ったら調子に乗るんだろうな、あの女)
下校時間、下駄箱の扉を開けた琴緒は違和感に気付いた。
靴の上に添えてあったのは、一枚の手紙――
『明治家琴緒へ。採石場にて待つ。一人だけなら仲間を連れて来てもいい。それ以上はマキナの命がないと思え――五侯爵』
――というより、果たし状だ。
(一人だけか。ならアイツしかいねぇな)
琴緒はその場でスマホを取り出し、迷わず仲間に連絡をつけた。
★パルヴェーク イメージ画像
https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16818622174671892418




