第47話 勝利への疾走、オルタード・テンション
【前回のあらすじ】
琴緒「デムネシュの翼を斬り裂いたのは……お前だったのか!?」
翼を失ったデムネシュに、ぴあ乃は容赦なく魔剣の切っ先を差し向ける。
「覚悟なさい! 晴れのステージを踏み荒らす不届き者っ!」
今の今まで、琴緒はすっかり忘れていた。お嬢様はスポーツも万能であらせられたことを。
それはさておき、大切な仲間の危険に晒すわけにはいかない。
「ぴあ乃、魔剣を手放せ! お前が狙われるぞ!」
「デュフッ……左様ゥ! 速やかに返却すべ……し……?」
デムネシュは空間の切れ間に腕を差し込み、何かを探ったまま固まっている。
その青ざめた顔を、冷ややかに見つめる銀髪メガネ女。
「魔剣ヴァイエルの位置情報ならワタシが抹消しておいたよ」
「い、いつの間にィ……!?」
狼狽えるデムネシュに琴緒も内心で同意した。おそらくは、前回ラッパースと対峙した時点で、マキナは魔剣の解析までを済ませていたに違いない。
正面に琴緒、背後にぴあ乃、左右からは舞魚と椰夏が集結する。デムネシュ包囲網の完成だ。
「さぁ、トンデモニウムの皆さん、やっておしまいなさい!」
マキナが得意顔で指令を下す。琴緒はイラついたが、曲がりなりにもバイトの上司なので文句は言えない。
フラストレーションはデムネシュを挑発して発散する。
「おいコラ、ビビってねぇで正面からかかって来いよ。それとも、侯爵サマは騙し討ちとチキン戦法しか能がねぇってか?」
「ムキィ~ッ! 小生、怒り心頭の極みィッ!!」
どうして悪魔という生き物は、どいつもこいつも煽り耐性がゼロなのか――それが琴緒にとっては扱いやすくもある。
「よぉし、こっからはタイマンだ!」
手を出すなよ、と仲間たちに目配せをして、琴緒はデムネシュを迎え撃った。
真っ向勝負の地上戦。デムネシュの技巧は二流だが、パワーはそれなりだ。カウンターを取られるのは避けたい。
琴緒はフットワークで左右へ揺さぶりをかける。追ってくる。しつこい。
かといって、距離を取っても、目の前に開いた空間の隙間から拳脚が襲ってくる。実にしつこい。
(この……粘着野郎が……ッ!!)
苛立ちを抑えながら、琴緒はデムネシュの行動パターンを見定める。相手が手を出せず、こちらが一方的に攻撃を当てられる位置と瞬間を。
(――そこだァッ!!)
琴緒の拳が、デムネシュの胴体を貫いた――が、当たった感触がない。
「デュファファファ! 引っかけ問題ィッ!!」
嘲笑うデムネシュの胸部が、くり抜かれたように空洞化していた。空隙を出入りできるのは、末端だけではなかったのだ。
(クソッ! ハメられた……!)
デムネシュはすかさず琴緒の腕を捕まえ、全重量をかけて押し倒そうとしてくる。
反撃しようにもデムネシュとは密着状態。加えて不安定な体勢では、たとえ寸勁を放っても威力は望めない。
「捕まえましたぞォ……――マヨーラ殿! ミノーラ殿! 今のうちに!」
デムネシュは琴緒を押さえ込みながら、客席に向かって声を張り上げた。
(マズい! 仲間が隠れてやがったのか!?)
琴緒は勿論のこと、周りにいるマキナや舞魚たちも一斉に身構える。
だが、客席側からは一向にそれらしい反応が返ってこない。
「……お前、キモすぎて仲間に見捨てられたんじゃねーだろうな?」
「そうかも……」
「え、マジで?」
琴緒はちょっぴり同情するも、デムネシュの切り替えは早かった。
「さすればプランBに移行するまでッ!」
斬り落とされた翼の根本から、スパゲティ状の触手が束となって飛び出した。それらは琴緒の手足へと絡みつき、デムネシュとの結束をさらに強める。
「うげぇぇえ!! 気色悪ッ!!」
「デュフェフェ……小生と琴緒チャンは今や一心同体ィッ!! 間もなくあの世へのランデヴーに旅立ちまするゥッ!!」
次いで、デムネシュの胸の空洞を埋める形に、濁った水晶玉のような球体が現れる。それは鼓動にも似たリズムで赤く点滅を始めていた。
明らかに危険な香りがする。もしかしなくても、これは――
「自爆モードかぁっ!?」
「ご名答ゥ!! 琴緒チャンはお利口サンだねェ……なお、小生に外から衝撃を加えると即爆発しますのでェ、ギャラリーの皆さんはお静かに願いますゥ」
デムネシュは周囲への牽制も忘れない。皆が色めき立つ様子に、喜色満面の笑みを浮かべる。
だが、琴緒は動じることなく、冷静に活路を見出そうとしていた。
(『一心同体』……『外から衝撃』……か。つまり――)
「おやァ? 琴緒チャン黙り込んじゃってどうしたのかなァ? 怖くなっちゃったのかいィ?」
「……爆発まであと何秒ある?」
「いい質問ですねェ! ご褒美にカウントダウンしてあげちゃおっかなァ! 9……8……7――」
デムネシュの言うことが嘘か本当かなど、この際どうでもよかった。迷ったところで道連れにされるだけだ。
琴緒の心は決まっていた。
「おい、椰夏ッ!」大声で仲間に呼びかける。「トバすぞ!」
「わかった!」
椰夏は瞬時に琴緒の意図を汲んだ。ステージに近い講堂側方の出入り口へ急ぎ、鉄扉を全開にする。
「よし……こっちも全開で行くぜ――!」
琴緒の全身を覆うように、虹色の炎が燃え上がった。全力開放。自分を押さえつけるデムネシュを、渾身の力で肩の高さまで持ち上げる。
「ごご、5……4ン……!」
「〈オルタード・テンション〉!!」
極限まで高まったテンションを推進力に変え、琴緒はデムネシュごとダッシュで屋外まで飛び出した。
頭上へ抱え上げたデムネシュの胸で、球体が激しく脈動する。
「2ィッ! 1……!」
「ゼロ距離〈魂波〉ァ――――ッ!!」
琴緒はデムネシュに押し当てた両掌から、天に向けて闘気を一気に放出した。
触手の束が音を立ててちぎれ飛び、デムネシュの体が青白い尾を引いて、ロケットのごとく打ち上がっていく。
「ぽぉおおおォ――――ゥ!!」
遠ざかっていく断末魔の声が途切れた直後。
初秋の澄んだ青空を、薄汚れた黄褐色の大爆発が染め上げた。
豪雨となって降り注いだ大量の粒子が、地上の一点に向かって渦を巻き吸い込まれてゆく。
そこには、古めかしい聖杯を手にしたマキナが、霊質回収に待ち構えていた。
「ぎりぎり間に合ったようだね。舞魚クン、アナウンスを頼むよ!」
ステージに残った舞魚が、マイクに向かって締めの一言を発する。
「以上、トンデモニウムによるイリュージョンでした!」
*
ざわついていた聴衆も「そうだったのかー」「びっくりした~」「イリュージョンなら仕方ないな」などの声とともに、少しずつ静まっていった。
そんな客席の最後方で、一部始終を見守っていた二人がいた。
「あー、せいせいした。あのクソキモ野郎にはこれぐらいのおしおきが必要っしょ」
辛辣な言葉を吐くのは、ピンク髪をツインテールにした小柄な女子生徒だ。
隣では、よく似た顔をした女子が水色のツインテールを揺らしながら、うんうんとうなずいている。
1年E組で「ヒップホップ占い」をしていた双子であった。
「さぁて、戦闘データもバッチリ取れたことだし……生き延びて来てくれるよね? デムネシュくぅん?」
五侯爵に名を連ねる悪魔・マヨーラとミノーラ――二人の表情は嗜虐的に歪んでいた。




