第40話 人事異動は多数決、あるいは高火力紙装甲の嘆き
【前回のあらすじ】
琴緒「ぴあ乃の気持ち、嬉しいよ。恋人にはなれねぇけど、これからもよろしくな」
合宿は二日目の午前中。スタジオにはパンデモニウムのメンバー四名と、マネージャーのレもんが顔を揃えていた。
バンドの演奏は三曲目へと差し掛かる。四人で合わせるのは初の曲だが、首尾は上々。個別の予習が成果を上げたようだ。
とくに椰夏のドラムは安定していた。ぴあ乃が一緒でも、もはや緊張でリズムを乱すことはない。オーディションでのネル部長の喝がよほど効いたとみえる。
「舞魚さんのオリ曲、いい感じですよね。これも学祭で演るんですか?」
「ん~……お客ウケ考えると、私は無理に演奏しなくてもいいかな、って思うんだけど」
尻込みする舞魚。皆も認める才能がありながら、もう一つアピールが弱いのが、琴緒にとっては不思議でならない。
「そこは強気でねじ込みましょうって! この機会に先輩の偉大さをみんなに知らしめてやるんスよ!」
「明治家さんのおっしゃるとおりですわ! ロックとは内なる熱情の発露でしてよ!」
よく分からないノリで、ぴあ乃も同調してきた。失恋しても味方でいてくれるのは嬉しいが、琴緒はちょっと気恥ずかしい。
二人の勢いに気圧されてか、舞魚は戸惑いぎみにマネージャーへ助けを乞う。
「レもんちゃんはどう思う?」
「……今のままじゃ何の曲演っても同じじゃないかな」
トゲのある物言いは琴緒の癇に障った。
「んだと? テメェ……」
「怒狸闇先輩は厳しいことをおっしゃいますのね。できれば理由をお聞かせ願いますかしら?」
ぴあ乃お嬢様もおかんむりである。だが、レもんも自説を曲げるつもりはないらしい。
「あーしはこのバンド、根本的に間違ってると思うんだよね。みんなお互いの顔色窺ってばっかじゃん。ロックとか偉そうなこと言ってるけど、プレイヤーとしての主張がなさすぎ。椰夏っちのドラムが一番目立ってんのおかしいって」
「ぐぬぬ……一理ありますわ……」
歯噛みしながらも、ぴあ乃はすごすごと引き下がっていく。
「お前もうちょっと頑張れよ!」と言いたくなる気持ちを抑えて、琴緒は入れ替わりに進み出た。
「い、今は色々と試行錯誤してる最中なんだよ! バンドとしてのバランスみたいのも、疎かにはできねーっつーか……」
「それは分かるよ。けど、問題から目を背けたままじゃ、いずれ行き詰まると思うけどね。とくに――琴っち!」
「え? オレ?」
ネルといい、レもんといい、何故自分ばかり名指しにするのか。困惑する琴緒に、さらなる追い撃ちがかけられた。
「はっきり言わせてもらうけど琴っち、本当はフロントマンやりたいでしょ?」
バンドのフロントマンといえば、ステージの真ん中でメンバーを鼓舞し、オーディエンスを煽る、とにかく目立つ役どころである。
「なっ……何言ってんだよ。オレは、あくまで舞魚先輩を守り立てるために入部したわけで……」
「それはきっかけだろ。今はどうなの?」
認めたくないが、レもんの問いは核心を突いている。だからこそ、琴緒はおいそれと答えを口にするわけにはいかなかった。
「い、今も何も……オレは単なるベーシストであって……前に出て歌うとかは……」
「歌! 今歌って言ったよね!? はい、ここでちゅーもーく!」
レもんはスマホを掲げ、みんなの耳目を集める。
間もなく動画が再生され、聴き憶えのある声が流れ始めた。それもそのはず、画面には、マイクを持って熱唱する琴緒の姿が映し出されていたのだ。
「お、お前っ! これ、こないだのカラオケん時のじゃねーか!」
「しっかり録画させてもらったよ。琴っちのヴォーカル、どう? みんな」
盗撮犯……もといレもんは、メンバーへ意見を求める。
「琴緒ちゃん、すごい上手~!」
「明治家さん……素敵ですわ……!」
舞魚とぴあ乃が目を輝かせながら称賛するも、受け止める余裕は今の琴緒にはない。
琴緒は自覚していた。自分が予想外の出来事に対してめっぽう弱いことを。
「ま、待てって! 歌はともかく、ベース弾きながらだぞ!? そんな簡単に……」
「何をおっしゃいますやら! そのための強化合宿じゃありませんこと?」
主催者はすでにやる気だ。琴緒一人ではこの気勢は止められない。
「おい、椰夏ゥ! お前も黙ってねーで何とか言え、コラァ!」
「アタシに異論はないぞ。どのみちこうなるだろうと、ネルさんから聞かされていたからな」
「ネル部長ぉおおォ――――ッ!」
退路は断たれた。崩れ落ちる琴緒に、レもんが肩ポンでとどめを刺す。
「観念しなよ、琴っち。大体、いつもヒーローだの勇者だの言い張ってる女が、サポート役で満足するのは無理があるって」
「うぅ……舞魚先輩は……オレなんかがフロントでいいんですか……?」
一縷の望みを託して、琴緒は舞魚を振り返り見る。
「琴緒ちゃんが前出て歌ってくれたら、私も伸び伸びとギター弾けそう。すっごく心強いよ……うん。考えたらワクワクしてきたかも!」
「せ、先輩がそう言うなら……考えてみてもいい……かもしれないというか……」
この期に及んで言葉尻を濁す琴緒に、周りから総ツッコミが入った。
「明治家さん? 下手の考え休むに似たり、ですわよ!」
「そうだ。今さらビビるなんて琴緒らしくないぞ」
「んじゃ、琴っちメインの動画撮るつもりでスケジュール組み直すかー」
(こいつら……こんなときだけ一致団結しやがってぇええ…………!!)
琴緒包囲網の完成とともに、バンドの方針も一気に定まりつつあった。
明治家琴緒――リードヴォーカル&ベース。
鱧肉舞魚――ギター&コーラス。
希望堂ぴあ乃――キーボード&ヴァイオリン&コーラス。
綾重椰夏――ドラムス。
以上の布陣で、パンデモニウムは学園祭のステージへ殴り込みをかける――!
*
「おやおや。ラッパース氏、倒されちゃったねェ……デュフフ」
粘ついた男の笑い声が、荒れ果てた木造の部屋に響いていた。
突き破られた天井。その真下には、剣が突き刺さっている。
「魔剣ヴァイエル……成り上がりの伯爵風情には過ぎた長物でしたか」
落ち着いた女の声に、また別の野太い声が重なる。
「よか宝ば持っちょっど。ちぃと貸しちくいやい」
「おやめなさい。貴方のような乱暴者が扱っては刃こぼれしてしまいます」
「ガハハ! そいもそうじゃ!」
大男は、女にたしなめられると、あっさりと身を引いた。
入れ違いに歩を進めた、ねっとり笑いの男が魔剣を引き抜く。
「それでは、小生が頂いちゃいましょうかねェ。勇者気取りの生意気JKに、一刻も早くおしおきしてあげなくちゃねェ……デュフフフ」
「うわっ、キッモ……」
部屋の隅から小さく罵声が浴びせられた。よく似た背格好の少女が二人、男たちの挙動を遠巻きに窺っている。
「マヨ殿の罵倒ゥッ! 小生ありがたき幸せッ!」
「気色悪いです……」
「ミノ殿までッ! 恐悦至極ゥッ!」
ねっとり男は身をくねらせて床を転げ回っている。
てんでんばらばらとなった場を収めたのは、凛とした女の一声であった。
「まあ、そう慌てることはないでしょう。我ら五侯爵の手にかかれば、明治家琴緒の命など風前の灯火。せめて人生最後の夏休みを満喫させてやろうではありませんか」
天井の穴を見つめる縦長の瞳孔が、冷たくも妖しく煌めいた。




