第38話 パンデモニウムへようこそ
【前回のあらすじ】
琴緒「舞魚先輩に告白OKもらったぜ! これでぴあ乃も諦めてくれるはず……」
バンド合宿は初日の夕方を迎えていた。
昼間は悪魔の襲撃騒ぎもあって、練習は中止。それに従い、事件の関係者による申し開きの場が設けられていた。
琴緒を始めとした、舞魚、ぴあ乃、椰夏のバンドメンバーたち。
バンドのマネージャーであるレもん。
そして、保護者として付き添いに来たマキナ。
計六名が集うのは、ソファやテーブルが置かれた、別荘のリビングルームである。
「そんなわけで、あーしは堕天使というか、悪魔というか……」
「レもんちゃん、頑張って!」
舞魚の励ましを受けながら、レもんはこれまでの経緯や自分の身の上を訥々と語っていく。
「悪魔業からはきっぱり足を洗いました! 今は琴っちの家に住まわせてもらいながら、奥田部高に真面目に通ってます!」
まばらな拍手の中、レもんのスピーチは締め括られた。
(小学生の発表会かっ!)
琴緒は心中でツッコミながら司会進行を続ける。
「さぁて、最後はマキナだ。言っとくけど、オレもアンタに関しちゃ知らねーことだらけだかんな。納得いく説明を期待するぜ」
おやおや、プレッシャーをかけられてしまったね――と、決まり文句のような前置きをして、マキナは話し始める。
「お察しのとおり、ワタシは異世界人さ。聖剣ブルクミュールを守護するカ゠ラテ教会の聖女でね」
「カラテキョーカイ実在すんのかよ!」
てっきり口からでまかせだと思っていた琴緒は、驚きのあまり声を上げてしまった。
「……すまねぇ。続けてくれ」
「うむ。実は勇者とともに魔王討伐にも関わったことがある。魔王ハアモンといって、この世界を狙う魔王エムロデイとは別の魔王だがね」
「マジかよ。魔王のバーゲンセールだな」
とりあえず、レもんたちの古巣である魔王軍のトップが「エムロデイ」という名で呼ばれていることは分かった。
一方でマキナは、自分のいた世界を乗っ取ろうとした魔王ハアモンを、勇者とともに討ち取った。
その功績を認められ、マキナはたっての希望であった研究室を王国から与えられたのだという。
「ワタシは探究心の赴くまま、ありとあらゆる魔術の研究を続けていた。だがある時、大きな転移術の儀式を失敗してしまってね。その後、紆余曲折あってこの世界にたどり着いたというわけさ」
マキナの話は筋が通っているが、どう考えても余白がある。そこが琴緒には気にかかった。
「その勇者ってのは、魔王を倒した後どうなったんだ? オレと関係があるって言ってたよな?」
「……実はワタシが転移事故に遭った現場に、勇者も立ち会っていたんだ。勇者が今どうしているのかはワタシにも分からない。そもそも、向こうとこちらの時間の流れが等速とは限らないしね」
だとすれば、すでに勇者が没している可能性もあるのではないか――琴緒は喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。昔なじみの生死を他人からあれこれ言われるのは、いくらマキナでもいい気はしないはずだ。
(勇者の生まれ変わりだとか、迂闊なこと言っちまったな)
琴緒の代わりに口を開いたのは、椰夏だった。
「そんな聖女サマが、どうしてこっちの世界で悪魔退治なんかを? ……いや、聖女が悪魔を退治するのは別におかしくはないか……」
「元の世界に帰るため、じゃないのか?」
レもんの推測は的を射ていた。悪魔の霊質をかき集めて、世界の隔たりを飛び越える燃料とするのは理に適っている。
「そのとおりさ。ワタシの個人的な事情にみんなを巻き込んでしまったことを謝ろう。琴緒クンも、今まで黙っていてすまなかった」
マキナは自らの目的を認め、非を謝罪する。
この場にマキナを責める者は誰一人いなかった。故郷に帰りたいと願うのは自然な感情だし、何より琴緒は自分の意志で悪魔退治に協力しているのだから。
「オレは好きに暴れさせてもらってる立場だし、文句はねーよ。バイトの内容隠してたのはオレも一緒だしな」
「ホントだよぅ。私たちもう恋人同士なんだから、隠し事はなしだからね?」
舞魚は頬を膨らませ、しっかりと念押しした。「恋人同士」の響きに琴緒はうっとりと浸りかけるが、
「ひとまずは一件落着ですわね」
ぴあ乃の一声で我に返る。
「あ、あぁ。何か悪ぃな。突拍子もねぇ話ばっか聞かせちまってよ」
琴緒はぴあ乃を気遣うも、お嬢様の余裕はここでも崩れない。
「正直申し上げて、半分呆れておりますの。でも、賑やかでよろしいじゃございませんこと? まるでパンデモニウムみたいで」
「どういう意味ですか?」
問い返す椰夏に、マキナが横から答えを挟む。
「魑魅魍魎の巣窟。万魔殿のことだね」
「それいいね!」不意に舞魚が立ち上がる。「パンデモニウム、私たちのバンド名にしようよ!」
リーダーの提案に反対意見は上がらず。無論、琴緒は諸手を挙げて賛同した。
「んじゃ、先輩の案で決定だな! オレたちは今日から『パンデモニウム』だ!」
一騒動あって散々に思われた合宿初日だったが、バンド名も決まり心機一転、良いスタートを切れそうだ。
*
昼食と同様、夕食も専属シェフの料理にみんなで舌鼓を打つ。明日は和食の板前が出張して来るそうで、すでに楽しみである。
食事後はバンドメンバーでスタジオに移動する。広さは八畳ほどだが、ぴあ乃の個人練習のため作られたという設備は、レンタルスタジオと比べても遜色ない。
今日は楽器のセッティングと、軽い音合わせだけを済ませ、解散する流れになった。
「本番は明日からですわね。今日は色々ありましたし、早めにお休みいたしましょうか」
ぴあ乃の様子に別段変わった様子は窺えない――あの告白の時を境に、琴緒と目を合わせてくれなくなったことを除けば。
「お、おぅ」
「明治家さんはお先に鱧肉先輩とお風呂をご一緒されてはいかがかしら? わたくしは後から綾重さんと入りますわ」
思いのほか露骨な申し出だった。これには琴緒よりもむしろ椰夏が泡を食う。
「あ、あ、アタシと……ですか……!?」
「あら、ご不満?」
「い、いえ! 誠心誠意お風呂業務を遂行する所存です!!」
椰夏は敬礼ポーズ付きで支離滅裂な返事を口走っている。
(コイツ……風呂に入る前からのぼせ上がってやがる……!)
このまま二組ずつ入浴するのが、現状最も平和な選択だろう。それは琴緒にも分かっていた。
だが、やはりどうしても引っかかる。
(……これがオレたちにとって正しい距離感なのかな……)
「行こ、琴緒ちゃん」
「あ、はい」
琴緒は舞魚に手を引かれ、スタジオから出た。
そこへちょうど、廊下を通った二人組とすれ違う。
「やぁ、キミたち。ワタシたちは先にお風呂を頂いたよ」
バスローブ姿のマキナと、
「結構広かったよな。四人ぐらいなら余裕で入れそうだぞ」
パジャマ姿のレもんだった。
それを聞いて、またしても琴緒の脳内に妙案が閃くのだった。
「せっかくの合宿だ……オレは、バンドメンバーが積極的にお互いの親睦を図るべきだと思う」
「何の話ですの?」
呆気に取られるぴあ乃を前に、琴緒は迷いなく言い放つ。
「四人で風呂入っぞ!! ハダカの付き合いだッ!!」
★合宿メンバー イメージ画像
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