第32話 真夏の疾走曲:お嬢様におまかせ
【前回のあらすじ】
琴緒「軽音部で一番のバンドを目指す! けど、課題が山積みだぜ!」
部活のない放課後。
琴緒たちは屋上へ続く階段の前に集まっていた。流石に外でたむろするには、日陰でもキツい季節だ。
一学期も終業日目前。夏休みに入れば、バンドメンバーの揃う機会は減ってしまう。
「一応、休み中でも許可取れば部室使えるんだけどねー」
とは、軽音部最古参である舞魚の言。
ただ、琴緒たちにはスタジオを借りるという選択もある。部員が急増した今、部室の使用は彼らに譲ってやるのが道理だろう。
「週一……いや、できれば週三ぐらいで集まりてーよな」
「それでは普段の部活と同じではございませんこと? せっかくの夏休みなのですし、わたくしは毎日でも構いませんわよ」
その実、ぴあ乃は舞魚とできるだけ多く一緒に過ごしたいのだろう。それには琴緒も同意したいところだ。
「だってよ。どうする? レもん」
「そんな頻繁に家を空けたら、不哀斗が寂しがりそうだな」
悪魔レモノーレこと怒狸闇レもん。舞魚の親友にして琴緒の同居人、そしてバンドのマネージャーである。
「アイツだって空手部の活動があんだろ。来月は強化合宿だって言ってたしよ」
琴緒が何気なく答えるや否や、舞魚が我が意を得たりと勢い付く。
「いいね、合宿! 私たちもやろうよ!」
「それでは我が家の別荘に招待いたしますわ!」
ぴあ乃が被さるように名乗りを上げた。お嬢様パワー、侮るべからず。よもや琴緒は自分がブレーキ役になるとは思ってもみなかった。
「ちょっと待てって。この場で決める前に、椰夏とも相談しねーと」
「綾重さんですわね。今連絡しますわ」と、ぴあ乃。「『絶対に行きます!』だそうですわ」
「返事早ッ!!」
意中の相手からの誘いとなれば、さもありなん。
こうしてあっという間に多数決が成立したバンド合宿計画は、とんとん拍子に進められていった。
その日の帰り道。
同じ家へと向かう琴緒とレもんは、日差しを避けて並木道の木陰を歩いていた。
「お前、もっとそっち寄せろって。暑苦しいんだよ」
「琴っちが幅取りすぎなんだろ。……あ、何か来た」
レもんのスマホにメッセージが届く。
「不哀斗からか?」
「うん。本間さんの家に寄ってから帰るって」
本間さんとは、不哀斗が不良から助けたのが縁で仲良くしている友人のことだ。今では空手部のマネージャーまで務めているらしい。
「そっか。何だったら、オレらも寄り道してくか?」
「……いいね。あーし、カラオケ行きたいな」
「カラオケ? どうした急に」
「別に。涼んでくのにちょうどいいじゃん」
レもんの提案に琴緒は賛同する。
「だな。そういやアプリに割引クーポンあったっけな」
「あーしも持ってる」
*
バンド合宿の当日、琴緒たちは駅前で待ち合わせをする。
後から合流するというマネージャーのレもんを残して、メンバー四人は送迎に現れたリムジンへと乗り込んだ。
向かう先は、海辺の高台にある希望堂家の別荘だ。
ピカピカのグラスに注がれた炭酸水を覗き込み、琴緒はしみじみと目を細める。
「何っつーか、改めてお嬢様パワーのすごさを感じるぜ」
「琴緒ちゃんだって社長令嬢でしょー?」
無邪気な笑顔を浮かべた舞魚が、隣から小さな肩を寄せてきた。
「そりゃそうッスけど、格の違いを感じるっつーか……」
「わ、わたくしはお付き合い相手との格差など気にしておりませんわ!」
向かいのシートでぴあ乃が熱く主張するのを、横から椰夏が援護する。
「そうだぞ、琴緒。ぴあ乃さんはアタシみたいなのとも付き合……分け隔てなく接してくれる、素晴らしい人だからな」
「ええ、まぁ……」
生返事をしたまま、ぴあ乃はマスクを外した椰夏の素顔をじっと見つめている。
おそらくはその内心を、舞魚が代弁した。
「椰夏ちゃんって美人さんだよねー」
違いない。ちなみに、頬の傷跡は化粧で目立たなくしてある。
「ええ、本当に。ステージでもマスクを外してみてはいかがかしら」
「ぴあ乃さんがそう言うなら……ま、前向きに見当します!」
椰夏は耳まで真っ赤になりながら、背筋を伸ばして敬礼のポーズを取っていた。
「おいおい、主従関係じゃあるめーし……そういや、お前んとこの手下は今どうしてんだ?」
琴緒がうっかり興ざめなことを口にしたので、椰夏は露骨にムッとした表情を見せる。
「シアティの奴なら家で大人しくしてるんじゃないか? 生意気にもタワマン住みだそうだからな」
「へー……いや、悪ぃ。ここでする話じゃなかったな」
琴緒は話を切り上げるも、時すでに遅し。
「何のお話ですの?」
「二人だけで内緒話とかずるいよー!」
思いがけず、ぴあ乃と舞魚の興味を引いてしまった。
まさか、この場で悪魔退治の事情を、洗いざらい打ち明けるわけにもいくまい。
「いや、その……ペット、そう! 椰夏がペットを飼って……んだよな?」
「あぁ!? そ、そう、だな。えっと……と、鳥! 鳥を放し飼いにしてまして!」
ベースの琴緒とドラムの椰夏、バンドではリズム隊の相棒ではあるものの、アドリブで口裏を合わすのには一苦労であった。
*
その頃、当のシアティは地元に残り、椰夏から言い渡された役目を遂行していた。
琴緒たちが不在の間、野良の悪魔が暴れ出さないよう見守る仕事だ。
(ソラオクが消えて、最近また流入者が増え始めているわね。監視が面倒だわ……とはいえ)
シアティは部下と手分けして、街を巡回する。
朝10時から夕方6時までの8時間労働。給料はマキナとかいう忌々しい女から支払われる。
(七伯爵よりも待遇いいだなんて、一体どうなってるわけ!? こんなんじゃ魔界復帰が億劫になるじゃない!)
にやけそうになる顔を引き締めつつ、シアティはどうにか午前中のノルマを終えた。
(さぁて、一度お昼ご飯を食べに戻ろうかしら)
シアティは黒翼を広げ、夏空を翔ける。
降り立った先は、静かな住宅街。その片隅に建つ木造アパート『撓万荘』の二〇三号室こそが、シアティの住み処であった。
玄関のドアを開けると、不意に涼しい空気が外へ流れ出してきた。
(あらやだ。エアコン点けっぱなしだったかしら――)
部屋に踏み込むや、シアティはそれ以上の違和感に気付く。
誰か、中にいる。
(――まさか)
「なかなかいいご身分ではないか。シアティよ」
「その声は…………ボス……!?」
名状し難い威圧感が、シアティの両足をその場に縛り付けた。
★椰夏 イメージ画像2
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