第26話 白衣の女教師、軽音部に降臨す
【前回のあらすじ】
琴緒「キメェ男悪魔もブッ倒したし、改めてバンドに打ち込むとするか」
一学期も終わりに差しかかる頃。
軽音部の部室には、個別練習前の部員たちが集まっていた。先日のオーディションがきっかけで加入した新顔もちらほらと窺える。
その立役者である『鱧肉舞魚バンド(仮名)』のメンバーも揃っていた。
ベース・明治家琴緒。
キーボード・希望堂ぴあ乃。
以上。
他校生の椰夏がいないのは当然としても、いささか寂しいスタートではある。
「鱧肉先輩は今日もいらっしゃいませんの!?」
「しゃーねーだろ。期末テスト対策で忙しいんだからよ」
琴緒だって舞魚と過ごす時間を減らしたくはないが、今は卒業を願う気持ちが優先だ。涙を呑んで、今週いっぱいはレもんに指導を任せることにした。
(ケガの功名だが、ぴあ乃が先輩と距離を縮めるのは阻止できたな)
あとは、どうにかしてぴあ乃と椰夏をカップル成立させる。それと並行して、琴緒自身も舞魚に告白する決意を固めなくては。
(今先輩の勉強を邪魔するわけにはいかねぇ……となると、勝負は夏休みか)
場所は? シチュエーションは? 今から考えることは山積みだ。
思案の間、手慰みにベースを弾く琴緒を、ぴあ乃は椅子に座ったままじっと見つめている。
(ちくしょう、ガン飛ばしやがって……お前に舞魚先輩は渡さねぇぞ!)
琴緒が睨み返すと、ぴあ乃は何故かはにかんだような笑みを送ってきた。
(はぁ!? コイツ、牽制のつもりか? わけわかんねぇ……)
二人で不可解なにらめっこを続けていると、部室の扉が開けられた。
「こんならぁ、何をいなげな顔しよんなら」
入ってきたのは、オーディションでも世話になったネル部長だ。
「あら、部長さん。ごきげんよう」
「…………」
「……?」
ぴあ乃とネルの間に不自然な沈黙が流れる。その理由を琴緒だけは知っている。
「ワシなぁ、綾重に告ってフラレてん」オーディション終わりに、ネル本人から聞かされた事実。
「……すまん。SK……綾重とは仲良うやりよんか?」
「ええ。連絡先を交換しましてよ。今後の参考にと、ライブにも誘ってくださいましたの」
それは琴緒も初耳だ。椰夏の積極性に関しては見習うべきところがある。
「プロのライブはしっかり観ときんさいや。映像でもええけ。明治家はとくにの」
「え? オレッスか?」
突然の名指しに琴緒は面食らうも、ネルの意図はすぐに理解できた。
「ほうじゃ。ステージとスタジオを同じに思うたらいけんで。場所いっぱい使うて、お客にアッピールせんにゃあいけんのんじゃけぇ」
ライブ経験豊富な椰夏、見た目にも華がある舞魚とぴあ乃に比べ、琴緒がショーマンシップで後れを取っているのは否めない。
「なるほどな。今のままだとオレはバンドの穴ってことになるな」
「め、明治家さんは凛々しくて、か、格好いいのですから、もっと自信を持ってくださいまし!」
ぴあ乃は自分を持ち上げて何がしたいのだ――と琴緒は思ったが、すぐに腑に落ちた。この好戦的なお嬢様は、ステージ上でもライバルとして競い合うつもりなのだ。
「おう、見てやがれ。再来週の部内ライブで鼻を明かしてやるからよ!」
「そ、それでこそ明治家さんですわ!」
ぴあ乃は実に嬉しそうな面持ちだ。変わった女だが、モチベーションの高さは評価したい。
ただ、やる気があらぬ方向に飛び火するのだけは勘弁してほしかった。
「ところで、部長さんはバンドに加入してくださいませんの?」
(おい、バカ! お前と椰夏が一緒じゃ部長がスゲー気まずいだろーが!)
琴緒は心の内で絶叫する。
案の定、ネルも参加には消極的だった。
「こないだも言うたけど無理じゃ。プログレみたぁやねこいもん何曲も歌うん、ワシゃたいぎいけぇ」
言い訳の混じった返答に、気まずさが滲み出ている。
しかし、ぴあ乃は琴緒の予想以上に強者であった。
「一曲なら構わないということですわね」何故そうなる。「わたくし、部長さんと五人で演奏したときの一体感が忘れられませんの」
後半に関しては琴緒も反論し難い。それはネルも同感だったようで、
「……一曲だけじゃったら考えとくわ」
妥協点は案外すんなりと定まった。
「まー、それは今どーでもええけぇ――軽音部の皆さーん。今日は大事な報告がありますー」
俄然、ネルは部長モードに切り替わる。琴緒たちを含めた部員の視線が集まった。
「顧問の先生、明日から新しく替わりんさりますー」
*
元々、軽音部の顧問は吹奏楽部との兼任だった。吹奏楽部が大会に本腰を入れるに当たって専念したいと申し出があり、軽音部には代わりの顧問が迎えられた。
白衣姿で部室を訪れたのは早稲蛇詩亜。赴任して早々、生徒たちの人気を掻っ攫った話題の養護教諭である。
「部活の顧問って一度やってみたかったの。先生も音楽大好きだし、嬉しいわ」
栗色のショートボブが似合う、物腰柔らかな「詩亜先生」は、あっという間に部員たちから受け入れられた。
「先生、この曲知ってる?」
「あらあら。とっても上手に弾けてるわね」
「せんせー、保健室空けてて平気ですかー?」
「大丈夫よ。保健委員の子たちに任せてるから」
「詩亜先生、教職十年目ってホント?」
「うふふ……ひみつ」
部室の雰囲気はぐっと良くなり、活動のモチベーションも明らかに上がっている。
琴緒の目から見ても、詩亜先生効果はいいことずくめのように思えた。
強いて言うなら、男子たちがキメ顔で先生に演奏をアピールしているのが若干ウザいぐらいか。
(おめでてー奴らだぜ。でも、人目を意識したプレイってのはオレにも必要かもな)
そうこうしているうちに、別バンドの練習時間になった。メンバーが休みだというので、ヘルプに入るぴあ乃を残して、琴緒は廊下で自主練を始める。
「ベース弾いてるの、格好いいね」
不意に声をかけられた。顔を向けるまでもなく、視界の隅に白衣の裾がはためいている。
「詩亜先生……部室残らなくていいんスか?」
「あなたのことが気になっちゃって」
魔性の女かよ――琴緒は内心でツッコんだ。
「明治家琴緒ッス」
「知ってる。2年G組でしょ?」
顧問なら把握していて当然かもしれない。だが、この時の琴緒は妙な胸騒ぎがして仕方がなかった。
「先生ね、あなたのことよーく知ってるんだ。何故だか分かる?」
「…………まさか」
「はい、時間切れ。続きはまた今度、ね」
思わせぶりな笑みを残して、詩亜は再び部室へ戻って行った。
(……流石に考えすぎか)
もし悪魔に動きがあれば、自分よりも先にマキナが嗅ぎ付けているはず。連絡を待つのが賢明だ。
琴緒は気を取り直し、ステージ本番へ向けたイメトレに励むのだった。
★詩亜 イメージ画像
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