第3話 先輩のクラスに転校生だって?
【前回のあらすじ】
舞魚「私のクラスにギャルな転校生がやって来ました!」
明治家琴緒が在籍する2年G組では、一時間目の授業が行われていた。
「Kenji cried out without hesitation, "Sis Mio is my sunshine!".――では、この部分を誰かに訳してもらおうかな」
英語教師が教室を見渡す最中、琴緒のポケットの中でスマホが振動した。
(こんなときに……マキナか?)
『緊急連絡だ。至急返事をくれ』
メッセージを確認するなり、教師からの注意が飛ぶ。
「明治家! 授業中はスマホの通信を切っておけ!」
「いえ、今のはオレの屁の音ッス!」
琴緒は即答した。
「なっ!? へ……」
「あと、ウ◯コ漏れそうなんで便所行って来ます!」
教師が面食らっている間に、琴緒は堂々と席を立った。
「な、何て漢らしいんだ!」
「流石は明治家さんだわ……!」
(マジのやつだと思われてんな……ヒーローはつらいぜ……!)
クラスメイトから不本意な称賛を浴びながら、琴緒はトイレへ直行した。
個室に入るや、琴緒はトークアプリを開く。
(授業抜けてきたぞ。何があった?)
『体育館で倒したドナツィエルという悪魔は憶えているね? 奴の仲間が報復に動き出したと、使い魔から報告があった。充分注意してくれたまえ』
マキナからの警告は予想の範囲内だった。
(オレが狙われるのは構わねぇけどよ、間違えて他の奴が襲われたりしねぇだろうな?)
『可能性はゼロとは言えない。悪魔を素手で殴り殺せる女子高生がキミの他にいればの話だがね』
そう言われると反論しづらい。気分は複雑だ。
(人を化け物みたいに言うなよ……っつーかお前、オレが強いっての見抜いてスカウトしたんだよな? そのメガネって悪魔の擬態以外も見分けられんのか? 例えば、戦闘力みたいなのとか)
『……まぁ、そんなところさ』
(ふーん。で、もし敵が襲ってきたら返り討ちにしてやればいいんだな?)
『そうとも。小瓶のスペアは持っているね? ワタシの到着が間に合いそうにない場合は、それで悪魔の霊質を回収してくれたまえ』
(分かった。善処する)
『連中の計画を阻止するためだ。健闘を祈るよ』
やり取りはそこまでだった。
マキナにしろ悪魔にしろ謎は多いが、乗りかかった船だ。今さら後へ引くつもりもない。
(悪魔の計画ねぇ……ま、ボコすついでに聞き出しゃいっか)
*
(ふっふっふ……まずは計画の第一歩といったところかな)
七伯爵の一角・レモノーレは金髪黒ギャル女子高生に扮し、奥多部高校への潜入に成功していた。
元はといえば、同僚が軽率にも召喚に応じたのが事の発端だ。
伯爵級の悪魔を倒せる人間がいたのには驚いたが、幸いにも現場がこの学校の体育館だったことは判明している。
(あーしはあの単細胞とは違う。悪魔だと悟られることなく、スマートに脅威を取り除いてみせる。そのためには――)
「どうしたの? 頭痛いの?」
隣の席の女子が顔を寄せてくる。人間どもの感覚でいうと、黒髪ロング清楚系アイドル風美少女といったところだろう。
名前は鱧肉舞魚。
「ううん。授業の内容思い返してただけ」
「えー! レもんちゃん、あれが理解できるんだ! すごーい!」
バカにしているのか?――と思ったが、態度に出すのはまずい。今のレモノーレは転校生「怒狸闇レもん」なのだ。表面上は友好的に振る舞わねば。
(この娘がドナツィエルを消し去ったとは俄かに信じ難いが……)
初めてこの教室に入った時から感じていた。舞魚からは悪魔が嫌う神聖な気配が微かに漏れ出ている。
できることなら、先に正体を突き止め、化けの皮を剥いでやる。とどめを刺すのはそれからでも遅くはない。
「舞魚ん、分からないところあったら、あーしが教えてあげよっか?」
「ありがとう! でもやめとくー。勉強大っっっ嫌いだし!」
何を言っているんだ、この阿呆は――と思ったが、やはり顔に出してしてはいけない。
「で、でも、公式とか憶えとかないと。中間テストもうすぐだよ?」
「多分何とかなるよー。今までだってそうしてきたもん」
こいつ、張り倒されたいのか?――と思ったが、以下同文。
「おっけー。舞魚んを信じる。でも、もしヤバいなって思ったときは、あーしのこと頼ってくれていいかんね?」
「分かったー。私にこんな優しくしてくれるの、レもんちゃんと琴緒ちゃんぐらいだよー」
輝くばかりの笑顔はまるで天使――忌々しい神の使いのようだ。中身は愚鈍で怠惰なゴミ人間だが。
「大袈裟だし。ところでその琴緒ちゃんって、このクラスの子じゃないよね?」
「うん。一緒にお昼とか食べてる……」
「あー、軽音部の後輩の子ね」
もしかすると、部活中なら舞魚も隙を見せるのではないか。そうは思ったが、部室にまで付きまとうのは、自ら怪しまれに行くようなものだ。
(……もう少し慎重に様子を見るか)
「そうだ、そろそろ部活行かないと。またね、レもんちゃん」
「ん。じゃあね、舞魚ん」
ターゲットに別れを告げると、レモノーレは素早くジャージに着替え、活動を開始した。
(さて、あーしも自分の仕事に取りかかるとしよう。まずは黒板を綺麗にして、次に学級日誌を書いて、花瓶のお水も取り替えて……っと)
授業に加えて日直、委員会活動など、やるべき仕事は山積みである。これも生徒たちの中に上手く溶け込むのに必要なことだ。
(それから、学級花壇のお世話もしなければならんな。まったく……人間どもめ、受験だ何だと理由をつけてサボりおって……)
ジョウロとスコップを両手に、レモノーレは放課後を忙しく過ごす。一見遠回りだが、これこそが深遠なる計画実現の近道なのだ。
(そういえば深遠なる計画って何だっけ? ……まあいい。見ていろ、人間ども! 手始めに花壇を綺麗なお花でいっぱいにしてくれるわ! アーッハッハッハ!!)
*
水曜日は部活が休みなので、琴緒と舞魚は別に会う機会を設けようと約束をしていた。
週に一度、二人でのランチタイムだ。
今日は屋上で食べよう、と言い出したのはどちらからだったか。
「ダメぇー。開かないよー」
扉の前で立ち往生する舞魚と、琴緒はすかさず入れ替わる。
「やっぱ鍵かかってんスかね――……あ、開きましたよ」
「今バキッて音しなかった?」
「き、気のせいッス。どうぞ先輩、先行ってください」
ひしゃげたドアノブを背中に隠しつつ、琴緒は舞魚に続いて屋上へ出た。
(正真正銘二人っきり……メシ食い終わったら、今日こそは先輩に想いを告白してやるぜ……!)
琴緒のハートは恋の決意に燃えていた。
★レもん イメージ画像
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