第24話 バンドリーダーの熱情
【前回のあらすじ】
琴緒「ぴあ乃合格で一段落したオーディションに、アイツが遅れてやって来た!」
あの日と同じ、セーラー服にくるぶし丈のスカートで入室してきた椰夏に、ネル部長は手招きをする。
「おぅ。ここじゃ、SK」
「SKって、お前のことかよ!?」
驚きを発した琴緒には目もくれず、椰夏はある人物のもとへ一直線に向かっていった。
立ち止まったのは、ぴあ乃の前。
「あら、あなたは……」
「ま、また会えましたね~。いや~、気晴らしにドライブしてたら、この近くでオーディションがあったな~と思い出しまして……ちょっと覗いてみようかな~と来てみたら、こんなところで再会できるなんて……ほ、ホント奇遇ですね~」
(おいおい……いくら何でも無理があんだろ!)
琴緒は全力でツッコミたくなる気持ちを抑え、椰夏に接近する。
「一応聞くけどよ……オレのことは憶えてるよな?」
「おや、アナタは明治家琴緒さんですね。その節はどうも」
「気色悪ッ! すんません、コイツ一旦借ります!」
琴緒は椰夏の後ろ襟を引っ掴んで、廊下まで引きずり出した。
「おい、テメェどういう了見だ!? オレは何も聞いてねーぞ!」
「アタシだってキサマが参加してるとは聞いてない! アタシはただ、お嬢がここにいると知って飛んで来ただけだ!」
椰夏が見せたスマホには、ネル部長が送ったと思しきオーディション風景が映っていた。控えめなスナップショットだったが、一人だけドレスアップしたぴあ乃の姿は否応なしに目立っている。
椰夏が恋い焦がれる「お嬢」とは、舞魚を付け狙うぴあ乃のことだったのだ。
(だとすると……コイツを望みどおりぴあ乃とくっけちまえば、自動的に先輩から遠ざけられるってわけだな!)
琴緒の頭の中で全てが繋がった。
「……分かった。オレが協力してやるから、お前はこのままオーディション受けろ」
「キサマ、何を企んでる?」
「た、企んでねーって! 拳で熱く語り合った仲じゃねーか!」
琴緒は無理矢理椰夏と肩を組んでスタジオへ戻る。
中では、舞魚が怪訝な面持ちで待ち構えていた。
「もしかして、こないだ琴緒ちゃんがケンカした他校生って、その人?」
「綾重椰夏です……あっ、今は仲良くさせてもらってるのでご安心を」
椰夏が顔を向けた先には、ぴあ乃の眼差しがあった。
「まぁ。二人はお友だちでらしたのね。息の合った演奏、期待しておりますわ」
「……! ま、任せてください!」
自前のスティックとフットペダルを手に、椰夏はいそいそとドラムセットへ向かう。セッティングも手慣れたもので、速やかに準備が整った。
「ほいじゃあ始めるでー」
ネル部長がノートPCから音源をスタートさせる。クリック音に合わせて、琴緒がベースイントロを弾き始め――と、ここまでは今までどおりだった。
椰夏のドラムが入った途端、ズッコケそうになった。バタつくツーバス、裏返るアクセント、そもそもリズムが激しく乱れている。
堪らず舞魚が演奏中止の合図を出した。
唖然と立ちすくむぴあ乃を見ていられず、琴緒はドラムセットまで大股で歩み寄っていく。
「おい、テメェ! ふざけ……」
「も、もしかして、ほ、本番、は、始まってます……か……?」
明らかに様子がおかしい。マスクから覗いた椰夏の両目が、ぴあ乃の方を落ち着きなくチラ見している。
琴緒は瞬時に察した。
(コイツ……好きな女の前で緊張ってやがる……!)
「どうしたんじゃ?」
ネル部長がそばまでやって来るが、琴緒は他人の恋愛事をバラすわけにもいかず、椰夏とぴあ乃を交互に見やることしかできなかった。
だが、それで部長も悟ったとみえ、
「よいよ……」溜め息一つ。「SK・バーン!」
「はいぃっ!!」
鋭い叱咤の声に、椰夏はピンと背筋を伸ばす。
「おどれはワシの背中だけ見ちょりゃええんじゃ」
ネル部長はマイクを引っ掴むと、メンバーの真ん中へ堂々と陣取った。前後して、アイコンタクトを交わした舞魚が音源をリスタートさせる。
イントロ明け、琴緒は早くも変化を察知した。
(……! これがコイツの本領か!)
椰夏のドラムは見違えるように安定していた。単に正確なだけではない、華やかでキレのあるフレージングに耳を奪われそうになる。
それも束の間、ネル部長が歌い出したのを境に、スタジオの空気は一変した。
(部長の生歌……スゲぇ……!)
仮歌を吹き込んでくれたのと同じ人物とは思えなかった。何度も耳にしたはずのハスキーヴォイスが勇ましくも艶めかしく、そして生々しく耳朶に絡み付いてくる。
聴き惚れているうちに、曲はいつしか間奏へ移ろうとしていた。ネル部長の招きに応じ、ぴあ乃がヴァイオリンで飛び入りする。
まるで、始めからそう打ち合わせていたかのように。
(……あぁ。オレたち、今マジでバンドやってんだ)
舞魚と目線を交わし、微笑み合う。同じ気持ちだったら、きっと幸せだ。
初めて一堂に会した五人での演奏。皆の鳴らす音が噛み合う、得難い快感が脳髄を刺激する。身体中が熱い。汗ばむ手を必死に律して、指板の上に踊らせた。
そうして、琴緒の人生で最も長い七分間は幕を閉じた。
*
「それで、ドラムの子はどうなったんだい?」
話の先を促すマキナ。格好は本人お気に入りのファンタジー魔女スタイルだ。家族連れも多い休日のフードコートにあっては、著しく浮いている。
「どうもこうもねーだろ。合格だよ」
昨日の出来事を脳裏に思い浮かべながら、琴緒はマスタードまみれのアメリカンドッグにかじり付く。
「それはよかった。バンド結成おめでとう」
「どういたしまして」
「いやぁ、琴緒クンが高校生らしい青春を満喫していてワタシも嬉しいよ」
その言葉に嘘はないのだろう。マキナは笑みを絶やすことなく、フライドポテトを口に運んでいる。
「何であんたが喜んでんだよ。親戚のオバハンか」
「気分的にはそんなものさ。おそらく、のべ十年分ぐらいはキミのことを見守っているわけだからね」
また訳の分からないことを言い出した。面倒なので、琴緒はいつもどおり適当にあしらった。
「そりゃご苦労さん。ま、ちゃんとバイトも続けるから心配すんな……」
琴緒が言いかけたところへ、マキナが使い魔の念波を受信する素振りを見せた。
「おっと、噂をすれば。早速バイトの時間だよ」
およそ半月ぶりの悪魔発見。琴緒たちはそれぞれの食べかけを直ちに胃袋へ収め、現場に急行した。
*
悪魔は繁華街にいた。女性ばかりを狙ってぶつかり行為を繰り返していた中年男だ。
「オラァ! 観念しろやァ!!」
琴緒はマキナを置き去りにする勢いで、悪魔を路地裏へと追い込む。
そこに先客がいるとは思いもしなかった。
「――やれやれ、騒がしいことだ」
若い男の声だった。その人影は悠然と中年悪魔に近付き、胸元に指先を突きつける。
直後、悪魔は粉々になって爆散した。
(……! あいつ今、何をした……!?)
琴緒は立ち止まり、声の主の姿に目を凝らす。
いかにも高級そうなスーツに靴、髪型もバッチリと決めたホスト風の男だった。
「フッ……この辺りの悪魔も狩り尽くしてしまったな」
(まさか……同業者か――!?)




