第20話 バス停、楽器ケース、一目惚れ。
【前回のあらすじ】
琴緒「オーディション参加第一号は……ぴあ乃お嬢様だと!?」
放課後の屋上にはいつメン三人が揃っていた。
「やってくれたな……あの編集長」
学校新聞にデカデカと載った写真を見て、レもんは嘆息する。不覚だ。戦いに夢中で撮影に気が付かなかったとは。
「ごめんね。私が最終確認しなかったから……」
「先輩のせいじゃないッスよ! とりあえず注目はされてますし、メンバー集まるのを期待しましょう!」
琴緒の励ましで舞魚も前向きさを取り戻していた。それがレもんにとってもかろうじて救いではある。
「琴っちは切り替えが早いな。編集部に殴り込みまでかけたわりに」
「やられっぱなしじゃ癪だかんな。奴らには色々情報も頂いてきたんだよ。校内の動き――例えば、最近怪しい転校生来てねーか、とか」
不哀斗に続いて名乗りを上げそうな男に、レもんは見当がついていた。仮にも前の職場のことなので、口に出したりはしなかったが。
「……そうか。ま、油断するなよ」
「しねーよ。ここんとこザコ悪魔と遭遇してねーし、逆に何かあると思うんだよな」
琴緒は意外と勘が働く。この分ならば次の相手にも後れを取ることはなさそうだ。
(……だといいんだけどな)
「っつーかお前、いつまで先輩のスマホいじってんだよ! こっそり自分のスマホに先輩の写真転送したりしてねーだろうな!?」
「琴っちと一緒にすんな! はい、舞魚ん。課題曲の演奏動画上げといたよ」
レもんは舞魚に預かっていたスマホを返した。
「ありがとう、レもんちゃん」
「助かるぜ、マネージャー」
調子よく口を挟む琴緒。
「あーしはマネージャーになった覚えは……」
「おぉっ! サムネの先輩、激カワじゃねーッスか! 複アカ1000個作って評価押しまくるか!」
「やめろォ!! 即バレ炎上させたいかぁっ!!」
これだから脳筋バカは野放しにしておけないのだ。レもんは琴緒を制しつつ、再び動画に目を落とす。
「にしても……素人目だけど、この曲ちょっと難しくない?」
「先輩の技術について来れる奴じゃねーとメンバー務まんねーだろ」
「例の候補者第一号は?」
何の気なしに尋ねるや、琴緒は途端に頭を抱えた。
「音楽的には多分問題ねぇ……んだが、何でアイツ加入する気満々なんだよ」
「希望堂ぴあ乃、だっけ?」
その名に真っ先に反応したのは、意外にも舞魚だった。
「廊下ですれ違う度私のこと睨んでくる人?」
「何っ!? まさか、ぴあ乃のヤツ……先輩を狙ってたのか!?」
琴緒の斜め上な解答に、レもんは盛大にズッコケた。
「琴っちって結構ニブいよな……」
「るっせーな! 今気付いたんだよ!」
「全然気付けてな……ま、いいか」
三角関係に首を突っ込むのは御免だ。またゴシップ記事のネタにされては堪らない。
「はぁ……部員さえいりゃ募集なんてしなくて済むのによぉー」
ため息混じりに琴緒は言い放つ。
確かに、それは外野からしても疑問だった。軽音楽部といえば、普通は人気の部活動だろうに。
「奥田部高校の軽音部って、何で人少ないの?」
レもんは率直に問いかけるも、琴緒たちは揃って言い淀む。
「それは……」
「新歓で部長がやらかしまして……」
舞魚は苦笑いを浮かべたまま、動画の再生ボタンをタッチした。
*
講堂に沢山の生徒たちが並んでいる。
『新入生歓迎会』の横断幕が張られた壇上では、ちぐはぐな服装をしたバンドメンバーたちがグラインドコアを演奏していた。
響く轟音。唸る咆哮。この時点でオーディエンスはドン引きであった。
ネルシャツを羽織ったギターヴォーカルの女がマイクに向かって叫ぶ。
『おどれらぁ!! 半端な覚悟で軽音部来てみい……皆殺しにしちゃるけぇのぉ!!』
突き立てた中指が新入生たちの心にとどめを刺したのが、スマホの画面越しにもありありと窺えた。
「話には聞いてましたけど、随分とはっちゃけましたね……ネルさん」
テーブルを挟んで座る当人は、涼しげな目元を緩ませコーヒーを傾けている。ステージ上と同一人物とは思えぬ佇まいだ。
「ほうじゃのぅ……ワシが停学なったんは自業自得じゃけど、入部者ゼロはしんどいわいのぅ」
そのショックでドラマーが脱退、他校生の自分が助っ人に誘われたわけだ。バイト先のライブハウスで結んだ奇妙な縁である。
「でも中途入部者もいるそうじゃないですか。これから増えていきますって」
「SKは優しいのぅ。ほいじゃのにワシらん都合でバンド解散なってしもうて、ほんま申し訳ない」
「そんな。短い間でしたけど、ネルさんと演れて楽しかったです」
テーブル越しに頭を下げ合う。横目に見た窓ガラスが、ポニーテールにセーラー服、黒いマスクを着けたスケバンの姿を反射していた。
SK・バーン――それが自分のステージネームだった。
そして対面に座るのが、ネルシャII。奥多部高の軽音部長である。
バンドの他のメンバー――ケミカルウォッシャーとザ・バッシュ――が受験のため脱退し、今日SKもお役御免となるはずだった。
「ほいで早速なんじゃけど、ウチの部にオモロい子ぉらおってのぅ」
「もしかして、昨日上がってた演奏動画の?」
「はぁ見とったん? 話早いわぁ」
ネルが顔を綻ばせる。この時点でSKには話の筋が読めていた。
「バチクソ上手いですよね」
「SKはプログレメタルもイケるんじゃろ? もしよかったらオーディション受けてみん?」
喫茶店を出たSKは家路を歩き出していた。
正直、申し出を受けるのは気が進まない。前のバンドに参加したのは、ネル本人のカリスマ性に惹かれたからなのだ。
(ドラムさえ叩けりゃいいってわけじゃないんだが……)
通りがかったバス停の前に、ちょうどやって来たバスが停まる。
開いた降車口の奥から、不意に女性の声が上がった。
「あっ! わたしくはまだ降り……」
何かがぶつかる音とともに転げ落ちてきたそれを、SKは思わず滑り込んでキャッチする。
(楽器ケース……?)
「ごめんあそばせ」その女生徒はSKのそばへ降り立つと、「助かりましたわ。お礼を受け取ってくださいまし」
ケースと入れ替わりに何か平たいものを手渡し、すぐさまバスへと引き返して行く。
「では、ごきげんよう」
「あ、はい」
間の抜けた返事を返すSKの前で、バスは悠々と走り去って行った。
「…………」
ほんの十秒ほどの出来事を、SKはつぶさに思い返す。
初夏の風になびく赤い髪。ほのかに漂うゼラニウムの香り。上目遣いのエメラルド。奥多部高校の制服。
凛とした声。細くしなやかな指と、その柔らかな感触。
(マジ、かよ……偶然出会ったばっかで、こんなこと…………!)
バス停に立ち尽くすSKの胸の中で、麗しきお嬢様への想いは止めどもなく膨らんでいくのだった。
★SK・バーン イメージ画像
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