第17話 背中越しのプロポーズ(仮)
【前回のあらすじ】
琴緒「レもんと不哀斗が同居……オレん家が悪魔の溜まり場になっちまった!」
土曜日の午後、琴緒は自宅で舞魚と二人きりの時間を過ごしていた。
ダイニングテーブルには、山盛りの唐揚げが積まれた大皿が載せられている。
「全部……私が食べていいの……?」
舞魚の口からは今にもよだれがあふれ出そうだ。
「勿論ッスよ! 先輩のために作ったんスから!」
琴緒が言うが早いか、舞魚は箸を手に取り唐揚げを次々と口に放り込む。
その幸せそうな顔ときたら。
「のほぉおいしぃ~……! 琴緒ぢゃぁああん、ありがどぉおおお~! いだだぎまぁああ~しゅ!!」
「先輩、順番バグってます! 落ち着いて食いましょう!」
琴緒にも勢いは止められない。舞魚にとっては、泣くほど嫌な補習授業を戦い抜いたご褒美なのだ。
本来ならば、舞魚の勉強を手伝ったレもんにも礼をするべきなのだろうが、今日は不哀斗を連れて夜まで外出中だった。
(アイツら気ぃ使いやがって……こりゃ意地でも先輩との仲を進展させないと格好がつかねーな)
とはいえ、がっつきすぎるのも考えものだ。琴緒は普段どおりのトークを心がけた。
「そういやテストも一段落しましたし、バンドメンバー探さねーとッスね。先輩は誰か心当たりありますか?」
「う~ん……私、友だちいないから……」
ぐうの音も出ない失言だった。だが、下手に謝ればかえって舞魚がみじめになる。
「せ、先輩のミュージシャンシップに釣り合うメンバーっつーのもなかなか難しいッスよね! でも心配ご無用ッス! オレが見繕っておきますんで!」
実際、琴緒には当てがないでもなかった。ただ、嫌われているっぽい相手なので、少し声をかけづらい。
(……アイツを誘うのは後回しにしとくか。色々面倒そうだし)
「あと三ヵ月かぁ。今月中には何とかしたいよね~」
「そッスね。最悪、ドラマーだけでもどうにかして見付けますよ」
文化祭のライブに出演したいと、常日頃から話をしていた。奥多部高校の軽音部は過疎っているので、バンドさえ結成できれば余裕で出番をねじ込めるはずだ。
「よぉ~し、そっちは琴緒ちゃんに任せて、私はカラアゲに集中だぁ~!」
箸に突き刺した唐揚げと飲み物を両手に掲げ、舞魚は高らかに笑う。愛しい相手の上機嫌な様子に、琴緒の気分も高まった。
「大根おろしもありますよ! シソの葉とポン酢はお好みでどうぞ!」
「味変たすかるぅ~! ほんとカラアゲ最っ高ぉ~! おつまみにも最適だし!」
「いいッスね! 酒のつまみにも…………え?」
琴緒は、舞魚の手に握られている缶を見て愕然とした。桃のイラストが描かれているが、中身は明らかにチューハイだ。
「うぇへへ~! おうちから持ってきひゃいまひた~!」
「高校生が酒は……いや……先輩はいいのか……?」
つい忘れがちだが、舞魚は三留して二十歳を超えている。あらゆる意味で大人らしさとは無縁ではあるが。
「こんらのジュースみらいなもんらよ~! 琴緒ひゃんも飲むぅ~?」
「じ、自分はやめとくッス!」
琴緒は即答する。間接キスの申し出は大変ありがたいが、正義のヒーローが未成年飲酒などするわけにはいかないのだ。
それよりも、たった数口でベロベロになっている舞魚を、速やかに介抱すべきと判断した。
「なぁんらぁ~? 私の酒が飲めないってゆ~のかぁ~?」
「ベタな酔っぱらいネタやめてくださいよ。今お水持ってくるんで……」
流し台を向いた琴緒の後ろから、舞魚が両腕でしがみついてきた。
「行かないで」
「……! せん……ぱい……?」
「レもんちゃんたちばっかズルいよぅ……私も琴緒ちゃん家の子になりたいぃ……」
「オレん家の!? そ、それって……」
琴緒の脳はフル回転を始めた。この家に入るということは家族になる、つまり名字を明治家に変えるということ――すなわち嫁入りである!
(マジかぁっ!? ま、待てよ……まだ先輩のご両親に挨拶もしてねーし、ユイノーっつーのはどうすれば……ボンデージリング? だっけ? 確か給料の三ヵ月分だったよなぁ……急いでマキナに前借りしねーと……!)
様々な思考が琴緒の脳内を駆け巡っていたが、それも長くは続かない。腰に巻き付いた舞魚の腕から、ふと力が抜けたのを感じたからだ。
「先輩……!?」
咄嗟に舞魚の体を支える。はたして、愛しき婚約者は琴緒の腕の中で寝息を立てていた。
(もしかして、酔っ払って寝言言ってただけか……?)
一抹の寂しさを覚えるとともに、舞魚の隠れた本心――と思いたい――を聞けた喜びも、琴緒の中で交錯していた。
気を取り直して、舞魚をソファに横たえる。無邪気な寝顔を目の前に、琴緒の胸は再び高鳴りを増していく。
(真っ昼間から人ん家で酒飲んで、勝手に寝ちまうダメ人間先輩……何て愛くるしい生き物なんだ……っ!)
震える指で髪を梳きながら、舞魚の顔をもっとよく見ようと、琴緒が身を乗り出した時だった。
「……おい、ワレェ。何や手つきヤラしないかぁ?」
不意に見開かれた舞魚の瞳は、神秘的な黄金色に染まっていた。




