第2話 二人の出会いを思い出してさ
【前回のあらすじ】
琴緒「悪魔退治の翌日、軽音部で先輩とおしゃべりするぜ!」
奥多部高校軽音楽部の部員は、男女合わせてたったの九名。
黒板の近くで駄弁っている四人組は、琴緒と同じ二年生の副部長率いるバンドだ。
他にも、部長を含む三年生バンドが所属しているが、今日は欠席のようだ。
「今日もこの六人だけッスか?」
「部長たちはスタジオ練だって」
ドラマーが他校生なので、時々全員で合わせに行っているらしい。
いずれにせよ、中途入部の琴緒がメンバーに入る余地はない。
目の前の黒髪美少女先輩――鱧肉舞魚も同じ立場だ。
「で、舞魚先輩。そろそろお知らせとやらを教えてほしいんスけど」
「そうそう、新曲やっと出来上がりました!」
満面の笑みを浮かべた先輩の拍手に、琴緒も誘われて手を鳴らす。
「おお~、早速聴かせてくださいよ」
「おっけー」
アンプ直のギター、シングルコイルの生々しい音色が淀みない旋律を紡ぎ出す。
指板の上を流麗に舞い踊る細い指に、琴緒は心底見惚れた。
(こんな綺麗な指から、よくもまぁエグいフレーズが次々と……)
有り体に言って、舞魚は天才だと思う。変拍子バリバリ、八小節の間に三回も転調する曲なんて、難解すぎて他の部員にはついて来られないだろう。
琴緒のように、一度聴いた曲なら完コピできる、なんて人間ならば話は別だが。
「いいッスね。ベースラインはこんな感じッスか?」
「さっすが~。あ、決めの所はユニゾンでお願いね」
事実、琴緒が入部するまで、舞魚は孤立していた。
(あれから一カ月も……いや、一カ月しか経ってねーのか――)
*
あれは二年に進級直後、琴緒が慣れない校舎を歩き回っていたときのこと。
「んだとぉ……このイカれババアがよぉ!」
ただならぬ剣幕の怒鳴り声が、女子トイレの中から聞こえてきた。
咄嗟に駆けつけると、黒髪の女子――後に鱧肉舞魚だと判明する――が派手なグループに取り囲まれているではないか。
「テメェら……何があったか言えコラァ!」
琴緒は正義の鉄拳を女子グループ――の横の壁にめり込ませる。
「ひぃいい~っ!! 何なの、あんた!?」
女子たちは渋々と事の顛末を語った。手洗い中に居合わせた舞魚が、横で鼻歌を歌い出したのが発端らしい。
「コンセント混線(流行りのガールズバンド)の新曲かな~ってうちらが話してたら、このバ……女に急にブチギレられてさー」
「その辺の木っ端グループとチャックス(昭和のアングラバンド)を一緒くたにするなぁ~!」
舞魚の理不尽なキレ方はともかくとして、音楽へのこだわりは尋常ではないことが分かった。
一方で、煽り返された女子グループの方も引き下がる様子はない。
「そっちこそ混線バカにすんなし! そんな古くさいバンド、誰も知るわけないじゃん! ねえ!?」
同意を求められても困る。何故ならば――
「そう言われてもオレ、両方好きなんだけど」
琴緒の発言に、まず舞魚が声を上げた。
「ウソぉ! あんなマニアックなB級バンド聴いてる人、私以外にいたの!?」
「おいおい、チャックスに失礼だろ」
同時に女子グループも別の意味で驚いていた。
「え!? あんたみたいなゴリラがキラキラなガールズポップを!?」
「それはオレに失礼……っつか、二つとも別モンすぎて聴き間違えようなくね?」
琴緒の疑問はすぐに晴れた。というのも、
「いや、だって……もっかい歌ってみてよ」
「♪~ふーんふーん、ふーんふふーん」
舞魚の歌声はあまりにも萌え声すぎたのだ――原曲が判別できなくなるほどに。
「な、なるほどなー……」
琴緒は内心をひた隠しつつ、そう答えるのが精一杯だった。
実際のところ琴緒は、舞魚の声だけではなく、楽しげに歌う仕草や表情、彼女の存在そのものに強く惹き付けられていた。
(歌うとき、ちょっと目細めるんだな……何か色っぽくね? つか、この娘めちゃくちゃ可愛くね!? 可愛いの擬人化じゃね!? 周りの奴ら、何でこんな冷静でいられんだよ!? おかしいだろがよ! ……オレがおかしいのか!?)
その十秒にも満たない時間がもたらした意味は、琴緒の人生にとってあまりに大きい。
(……そっか、オレ……今、恋してるんだ……)
*
ともかく、あの一件で同好の士と認められた琴緒は、舞魚に誘われるまま軽音部に入部したのだった。
「琴緒ちゃん、どうしたの? 急にぼーっとして」
舞魚に顔を覗き込まれ、琴緒は我に返った。
「す、すんません。ちょっと昔のこと思い出してまして」
「なぁんだ。てっきり夜のお仕事で疲れてるのかと思っちゃった」
「その言い方は語弊があるッス! ってか、こっち見んなテメェら!」
琴緒は慌てて部員たちの視線を振り払う。
まさか「悪魔退治してます」などと堂々口にできるはずもなく。現時点では舞魚にさえ「夜のバイト」としか言えていないのだから。
(悪魔に動きがあったら連絡する、とは言われたけどよ)
雇い主のマキナとは昨日別れたきり、スマホにも未だ着信はない。
(伯爵級、とか言ってたな。あの女、わざわざ学校の体育館で召喚なんかしやがって)
屋内の広い場所が必要だと言うので、うっかり答えてしまったのだが――
「そういえば琴緒ちゃん」
「何ッスか? 先輩」
「新聞部の子が噂してたんだけど、昨夜うちの体育館に忍び込んだ不審者がいたんだって」
「……! へ、へぇ~……」
「まだ捕まってないらしいし、怖いよねー」
「そ、そッスね……」
舞魚に真相を伝えるのはまだまだ先になりそうだ。
*
とある場所に怪しい影が六つ、円卓を囲んでいた。
「ドナツィエルがやられたようだな」
「フッ、奴はボクら七伯爵の中でもそれなりに強い」
「…………」
石造りの台座、嵌め込まれた七つの赤い宝玉のうち、一つが輝きを失っている。
「小細工頼みの強さなんざ信用ならねえな! 少なくとも俺様の方が上なのは間違いねえ」
「じゃあ次はアナタが行ってみれば?」
「あーしが行って来ま~す!」
緊張感のない声が申し出る。
「レモノーレ、うぬがか?」
「キミはドナツィエルとは仲が悪かったはず」
「仇討ちってガラじゃねえよなぁ?」
一斉に懐疑の目がレモノーレへ向けられた。
「いい機会だし、あいつよりあーしの方が優秀だって証明してやろうと思ってさ」
「許可しよう。皆もそれでよいな?」
「仰せのままに」
「ヘッ、今回は譲ってやるよ」
「行っておいで」
「……気を付けるアルよ」
*
奥多部高校3年B組、朝のホームルームが始まった。
「え~、皆さぁ~ん。今日は転校生を紹介しまぁ~す」
長髪の男性教諭が一人の生徒を招き入れる。
金髪をおだんごに結った、褐色ギャルの登場であった。
「オイッス! あーし、怒狸闇レもん! よろぴくね! ……これで合ってる?」
「何かスゲーのが来たぞ……」
「この時期に転校生かよ」
「前の学校でやらかしたとか?」
ざわつく生徒たちを静めながら、担任は事を進めた。
「はぁい、静かにぃ~。では怒狸闇さぁん、そこの空いてる席に……」
「先生! あーし、この子の隣がいいでーす!」
レもんは独断で机を移動させると、隣の黒髪女子に挨拶をする。
「ってわけでよろ。あーしのことはレもんって呼んでね」
「うん。私も舞魚でいいよー」
鱧肉舞魚は無垢な微笑みを転校生へ向けた。
怒狸闇レもん――その正体が何者であるのかも知らずに。
★舞魚 イメージ画像
https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16818093082123227085