第1話 アルバイトはデーモンスレイヤー
新学期早々、下校途中の出来事だった。
通行人もまばらなアーケード街で、琴緒は突然声をかけられた。
「そこのキミ。ショートヘアで背の高い、女子高生の」
おおかた春の陽気に誘われた変質者だろう。琴緒は無視を決め込むことにした。
「おーい、キミだよぉ。小学校の家庭科でドラゴンのエプロンや裁縫セットを選んでいそうな」
「…………」
「中学の修学旅行先で木刀をお土産に買ってそうなキミ――」
「何度もうざってぇな! いちいち事実を言い当てんじゃねーよ! エスパーか!?」
あまりのしつこさに、琴緒は思わず振り返ってしまった。
銀髪を結い上げた眼鏡の女がこちらを見ていた。
「エスパー……ではないが、魔術なら使えるよ」
言われてみれば、女は異世界ファンタジーの魔法使いのようなコスプレをしていた。
なるほど、キャラ設定はしっかりしている。頭の方はしっかりしていなさそうだが。
「病院ならそこの道をまっすぐ行って、橋を渡った先に……」
「前衛職を探しているんだ。キミなら戦士か武闘家が似合いそうだねぇ」
「話聞けや」
「キミだってワタシの話を聞いてくれないじゃないか」
いきなり正論を吐かれた。こうなると、何も聞かずに逃げるのは負けを認めるも同然の気がする。
「三行で言え。それ以上は聞かねーぞ」
「悪魔退治がしたい。いわゆる正義の味方さ。キミにはヒーローの素質があると思うんだ」
「……!」
正義のヒーロー――その言葉に、不覚にも心躍らされる琴緒がいた。
こちらが食いついたと見るや、女は嬉々として詰め寄ってくる。
「やはりキミは見込みがあるねぇ。さぁ、今からワタシの下で社会貢献と洒落込もうじゃないか」
「オレまだ何も言ってねーんスけど!? つか、知らねー人についてっちゃいけねーって学校からも言われてるんで!」
難色を示す琴緒に、女はこれ見よがしに名刺を差し出すのだった。
「出臼江楠魔鬼儺。ワタシのことはマキナと呼んでくれたまえ」
「だから話聞けやぁ――っ!!」
よもやこの出会いが自分の人生、ひいては学園をも巻き込む激動の幕開けになろうとは、この時の琴緒は思いもしなかったのだ。
*
夜の体育館。床に敷かれた黒布には魔法円が描かれ、中心に銀髪眼鏡女――マキナが立っていた。
「ゾス・バトッブ……ア・ヤイ……コテデ・トサッサ……」
館内にマキナの詠唱が響き渡る。手にした短剣には、何やら意味ありげな文字や図形が刻まれている。
「レ・ガヤ・キ……テデマク・アナート……キテラ・カーイ・モデンナ……!」
ほとばしる青白い閃光。床から粘性を帯びた影が染み出し、人形を成した。
漆黒の双翼を持つ者――堕天使、あるいは悪魔と呼ばれる存在が顕現したのだ。
「我が名はドナツィエル。魔界にて二十の軍団を率いる伯爵なり」
くぐもった声が名乗りを上げる。マキナは溜め息をついた。
「伯爵……レア度★3ってところかねぇ。道理で召喚演出もショボいわけだ」
この態度には悪魔さんサイドも怒り心頭である。
「贅沢を抜かすな! ★5……じゃなかった、公爵級とか忙しくて軽々しく召喚に応じられないんだぞ!? 我は暇だから来てやったけどな!」
「それはどうも。やっぱり即席のランダム召喚じゃ期待薄だねぇ」
「ふてぶてしい奴め……まぁよい。何が望みだ? 貴様の寿命と引き換えに叶えてやろう」
あっさりと仕事モードに移行した悪魔に、マキナは質問を投げかける。
「諸君ら悪魔は人間に擬態して悪事を働き、世の秩序を乱しているそうだね?」
「如何にも。まさかこの答えが望みだとは言うまいな?」
「勿論。知りたいのはドナツィエルクン、キミがこの人間界で犯した罪状さ」
悪魔はフンと鼻を鳴らすと、誇らしげに武勇伝を語り出した。
「我が罪とな? 万引きや寸借詐欺は日常茶飯事! ドーナツの食い逃げはもはやログインボーナスよ!」
「ほほぅ。それだけかい?」
「クックックッ……聞いて驚くな? 先週なんぞ、百合ップルをナンパしてお化け屋敷に置き去りにしてやったわ!」
その瞬間、余裕綽々だったマキナの顔色が急変した。
「……死すべし」
「んん? 聞き間違えか?」
「百合に挟まる不届き者は万死に値するッ!! 速やかに死すべしッ!!」
マキナは短剣を頭上へ掲げる。それを合図に、不可視の術が解けた琴緒の姿は悪魔側から丸見えになった。
琴緒はマキナに向かって叫ぶ。
「おい、打ち合わせとタイミング違うだろが!」
「もう一匹隠れていたか! 小賢しい人間どもめ、まとめて魂を喰らってくれる!」
悪魔はすでに臨戦態勢だった。こうなれば予定変更だ。
「クソッ……バイト代、色付けてもらうからな!」
琴緒は突進ざまに拳を振り抜いた。敵は身を捻って躱すも、拳勢の余波が片翼を吹き飛ばす。
憤怒の相を露わにした悪魔が琴緒を睨めつける。
「おのれ……名を名乗れ」
「奥多部高校2年G組、明治家琴緒だ!」
琴緒が第二撃の構えに入ると同時、悪魔が頭上の光輪を投げつける。
避けるのは容易い――そう考えた矢先、追尾してきた輪の中に、琴緒の両腕は胴体ごとすっぽりと嵌ってしまった。
「抜かったな! 我が拘束は力では破れぬぞ!」
「力がダメなら――気合いだぁっ!!」
琴緒は光輪を内側から粉砕すると、勢いのまま悪魔に肉迫した。
「何だと!? 貴様、何者――」
「琴緒様だっつってんだろがぁっ!!」
175cm70kgの健康優良児がぶちかます、渾身の一撃。
「――どぅわは……っ!!」
琴緒の拳を喰らった悪魔は粉々に砕け散った。そのキラキラとした残骸は、渦を巻きながら、マキナの手にした小瓶の中へと吸い込まれていく。
「今回はまずまずの収穫だねぇ」
「毎回思うけど、それって一体何なんだ?」
琴緒は尋ねるが、相変わらずマキナからまともな返答はない。
「企業秘密さ。それよりバイト代だったね。今週中に振り込んでおくから、彼女とのデート代にでも使いたまえ」
「か、彼女じゃねぇし! 今は……まだ……」
琴緒の胸を疼かせるときめきも、次の瞬間マキナの冷やかしで台無しになる。
「急に乙女になるじゃあないか。いやぁ、キミを観察するのは実に面白いねぇ」
「う、うっせぇな! さっさとお片付けすっぞ、オラァッ!」
二人は速やかに撤収準備へと移る。悪を葬った後も手抜かりは許されない。無事家に帰るまでがヒーロー活動なのだ。
*
翌日の放課後。ベースを担いだ琴緒は軽音部のドアをノックする。
「先輩、おまたせッス!」
部室では、つやつやの黒髪をなびかせた美少女がギターを抱えて出迎えた。
「琴緒ちゃん、いいお知らせがあるんだけど……聞きたい?」
耳を蕩かす甘い声が、琴緒の心にきゅんと響いた。
「き、聞かせてくださいッス!」
「ふふっ。どうしよっかなー……」
★琴緒 イメージ画像
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★マキナ イメージ画像
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