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学校の先生とトイレの花子ちゃん  作者: かわやのはなこ
9/11

鏡と先生

「ここが、鏡の世界か……」


澪を追って鏡の中に入った祠堂は、辺りを見渡す。


そこは、何の変哲もない『学校』だった。

つまり、鏡を潜る前と後で特に何も変わらない。あまりの変わりようのなさに、一瞬鏡の中に入れたのか不安になる。


「いや、『夜』だな」


時刻は4時45分を指している。まだ7月の半ばだというのに、夕方のこの時間で外が真っ暗というのは、おかしな話だ。


「入れたのか」


普通ならそんな不思議なことが起これば、気味悪がるのだが、今の祠堂にとってこれは姫城澪を救うための大きな一歩だ。 


すると、ホッと息を吐く祠堂の背後で声がした。


「ククッ、妙な世界じゃ」


「花子ちゃん」


チラリと後ろを見れば、祠堂の目に小さな幼子が映り込んだ。


「夜じゃから、姿が見えとるようじゃの」


確かに、祠堂の瞳には赤のスカートを履いた花子が、くるりと回った様子が見えた。


「入れたんだな……正直、心強い」


祠堂は本心を口にする。

本来、ここには祠堂、山羽、坪田隊のメンバー、計六名で挑むはずだったのだ。


しかし、この場に彼らの姿はない。


「ククッ、わしが居れば、概ね問題なかろう」


無駄に胸を張る花子。一見ただの幼女だが、彼女の言う通りだ。

彼女の強さは他の追随を許さない。


「だな……行こう、花子ちゃん。澪を探しに」


ここに来たのは取り込まれた澪を助けるためだ。目的をはっきりさせて、切り替える。


「心当たりは……いや、まて、何か来たのじゃ」


花子はそう言いながら、階段の下へと目線を下げた。釣られるようにして、祠堂の視線も下を向く。


その視線の先。


「……!?」


祠堂は目を見開いた。冷や汗が噴き出る。


「お、俺か……」


彼の瞳に映るもの。それは、紛れもなく『祠堂 結』だった。


くせっ毛のある髪、若干猫背のだらしのない姿勢はまさしく祠堂本人であった。


しかし、もちろんそれが本人ではないことは、祠堂自身が知っていた。


祠堂によく似たソレは、どこかボーッとしていた。何を見ているのかも分からない。


「花子ちゃん、あれ……」


決して意識を逸らさずに指を刺す。


その時だ。ソレの顔がグルンッと祠堂に向いた。


目に正気は無いが、間違いなく祠堂を見ていた。


「こっち見たぞ」


「特に害はなさそうじゃが……」


不気味だ。直感的に祠堂は感じ取った。


「花子ちゃん、怪異だ。やってくれ」


「じゃの……少々心苦しいが」


花子が頷いて右手を偽物へと向けた。


刹那。


もう一体、その偽物を守るように、何かが現れた。


まるで、花子の殺意を感じ取ったようだ。それに抵抗するように。反発するように。


偽物の背後からフッと現れたそれは、階段の踊り場にいる祠堂たちに向けて、勢いよく飛び出した。


「まずい!!」


即座に反応したのは花子だ。彼女は慌てて祠堂の裾を引っ張って、後ろに下げた。


「な、なんだ!?」


祠堂がバランスを崩して、尻餅をつく。目線の低くなった彼は、階段を上がる存在をとらえた。


「花子ちゃん!?」


そう。階段を駆け上がってくるのは、『花子』だったのだ。

偽物の祠堂がいるように、偽物の花子もいたようだ。


ニセ花子は、愉快そうに顔を歪めていた。それは歯が剥き出しで、にんまりと笑っている。


花子とニセ花子の距離、残り数段。


祠堂の瞳には、こちらを守るように背後を見せる花子と、階段下から襲いかかってくる花子が映っていた。


花子は即座に技を繰り出す。


「「流水!!」」


同時。本家の花子も、ニセの花子も、全く同時に技が発動する。


階段が、踊り場が歪む。


花子の発動した技がニセ花子の足元を。ニセ花子の発動した技が花子の足元を。


足から順番に、二人の花子の身体が沈んでいく。


「しくじったのじゃ」


互いに技が命中したことで、動きの自由が奪われた。


そのまま止まることなく、二人ともどんどん埋もれていった。


「花子ちゃん!」


祠堂が引き上げようと手を伸ばすが、それは花子によって止められる。


「来るでない!祠堂も引き込まれるぞ」


花子は決してニセ花子に発動した流水を止めることなく、言葉だけで祠堂に伝えた。


「わしはリタイアじゃ」


「えっ、いや、まて……」


問答無用で引きずり出す。その意気で、祠堂は手を出して足を一歩進める。


しかし、ニセ花子はそれを待ってはくれなかった。


グルグルと渦を巻く床は、一瞬で花子を飲み込んだ。


「すまん」


頭のてっぺんまで、全てを飲み込んでしまった。


相打ちだ。


ニセ花子も、花子と同様に沈んで消えてしまう。二人の力が全くの同等だったのだろう。


階段だった形跡もなくなるほど、歪んでいた。


「ははっ、これは、想定外だ」


祠堂から漏れるのは引き攣った笑み。


残ったのは二つの渦と、『二人の祠堂』だけだ。


祠堂は素早く屈み、地面を触る。沈んでしまった花子が助けられるか、引っ張り出せるか確認するが、地面はもう硬くなってしまっており、どうしようもないようだった。


「鏡の住人ってわけか」


花子はこの程度で命を落とすほど柔じゃない。そう自分に言い聞かせて、祠堂は思考を切り替える。


おそらく、ニセ祠堂も、ニセ花子も、現実世界の祠堂の『鏡の存在』なのだろう。


その仮説が正しければ、力の強さは同等。それ以上でも以下でもない。


「なら……」


そこで、祠堂は踊り場からジャンプした。


ニセ祠堂も、階段上の祠堂に襲い掛かろうと、駆け上がる。


花子たちが強力な技同士で相殺したように、祠堂たちもこれから激しい戦いを繰り広げる。


と、言うわけではなかった。


「これで終わりだ」


祠堂は、己の『高さ』を利用して、自分の分身に『飛び蹴り』をかました。


ゴキッと音を立てて、ニセ祠堂の首がおかしな方へと折れ曲がる。


そのまま、二人は一階の廊下に落ちた。偽物の身体が地面に押し付けられる。


祠堂は己の偽物の首を押さえながら、馬乗りになった。


「やっぱり弱いなぁ……」


偽物は、ピクピクと痙攣を繰り返している。


「所詮、俺だもんな」


ゴンッ


一発。偽物の頬に祠堂の拳がめり込む。


しばらくすると、偽物は消滅した。

もともと何もなかったように、霧散する。


祠堂 結は弱かった。いや、弱いと言うのは語弊がある。

彼はあくまで一般人なのだ。その基準で見れば、別に弱いことはない。ただ、怪異たちと常日頃争う立場としては弱いのだ。


祠堂は、膝に手をつきながらその場に立ち上がった。

両手をパッパッと叩いて、辺りを見る。


「さて……花子ちゃんは無事と信じて、今は澪を探すか」


弱い祠堂が、強い花子を助けるのは不可能だ。強い者がどうにもできないのに、弱い者がどうにかできるはずがないのだ。


冷静にそう言い聞かせた祠堂は歩き出した。窓から見える景色は、普段から見ている学校そのものだったが、やはり外は『夜』であった。


「澪、どこにいる……」


それから、5分もしないうち。

北館の2階の廊下で、祠堂はある人物と対峙していた。


「坪田……さん?」


祠堂はポツリとつぶやいた。


そう。彼の目の前にいたのは、先ほどまで一緒に行動していた、怪保の隊長、坪田だったのだ。


「坪田さんも入れたんですか?」


「……」


坪田からの返事はない。


「……怪異、だな」


祠堂は改めて坪田を見るが、何もおかしなところはなかった。

サングラスを身につけて、長い髪はひとつくくりにして後ろに伸びている。


だが、醸し出す雰囲気は普通ではない。体の芯がなくなったように、しっかり立ってはおらず、どこか違和感を感じる。


すると、そんな坪田の後ろから何かが現れた。


「……タコ?」


それは紛れもなく『タコ』だ。八本足で、食卓にも並ぶ。海を泳ぐあのタコだ。

大きさも普通のタコと変わらない……むしろ、小さい程だったが、唯一普通ではないところがあった。


それは、浮いていたのだ。


「ウニョウニョって……タコかよ」


祠堂は思い出す。昼間、祠堂たちが怪異を見れないとき、花子が言っていたことを。彼女は、坪田の怪異を表す表現として、ウニョウニョという言葉を使っていた。


それは見たところ普通のタコだ。


「なんだ、可愛いじゃないか」


花子はその怪異に対して『苦手』と言っていた。しかし、それは強そうではないが、他の怪異に比べれば、可愛いと言って差し支えないだろう。


今も、ニセ坪田の周りをプカプカと漂っている。


すると次の瞬間、その言葉を否定するように、タコが姿を変えた。


ニュルンと、タコの足の一本が膨れ上がった。数十センチだった足は、1メートル、2メートル、3メートル……仕舞いには、20メートルを超える。

それに伴って太さも数倍に膨れ上がった。


まるで、一本の大木だ。


「これは……」


ニュルン……ニュルン……


拡大するのは一本ではない。次から次にタコの足は大きくなっていく。


「まずいな」


祠堂は、クルッと体の向きを変えると、全力で走り始めた。


「クラーケン的な怪異か、あれは」


パリンッ


背後でガラスの割れる音が聞こえて、走りながら思わず振り返る。


そこには、廊下を埋め尽くすほど巨大化した化け物がいた。大きくなるにつれて、廊下に収まりきらなくなり、窓ガラスを割ったようだった。


「うそだろ」


祠堂はそこで花子の『苦手』と言った意味を理解した。生物として、拒否反応が出る。


吸盤一つでも、大きめの浮き輪くらいある。あんなもの、捕まれば一瞬で潰されて捕食されて終わりだろう。


祠堂の足がよりスピードを上げる。


とにかく今は逃げるのみだ。澪を探すにも、まずは自分の命を守る必要がある。


彼の脳内に『戦う』という選択肢は無かった。


「勝てるわけ、ないだろ!」


祠堂は廊下の突き当たりを左に曲がった。2階の渡り廊下にたどり着く。


すると、それから程なくして、祠堂の背後でドォオンというすごい音が響いた。


祠堂の身体が風圧で若干押される。


あくまで走りながら後ろを見ると、どうやらタコの足が校舎の壁を貫いたようだった。砂煙が立ち込める。


「ちっ」


タコは体をくねらせながら、曲がり角を曲がってくる。ウネウネと動く姿は、パイプの巣に体を潜らせる海中のタコそのものだった。


廊下を進むたびに、パリンッパリンッとガラスが割れていく。吸盤の吸引力で、窓が破壊されているようだ。

それだけではない。その化け物がうねると、ベリベリと音を立てて壁が剥がれる。


「ボロボロじゃ、ない、か」


変わりゆく校舎を後ろ目に、とにかく祠堂は走る。


「このまま逃げ続けるのはな……」


足を止めることなく、とにかくキョロキョロしながら、祠堂は己の隠れる場所を探す。


いずれ体力には限界が来る。そして、タコと自分、どちらが先に来るかといえば……間違いなく、祠堂の方だ。


となれば、今の彼にできるのは、隠れることくらいだ。


南館3階。祠堂は走る。走る走る走る。ただただ走る。


廊下を走るなと普段から言っている男の行動とは思えない見事な走り。


「……はぁ、はぁ、しつこいな」


ここに来るまで彼は走り続け、階段を駆け上がり、それでもまだ走っていた。


そうしなければならない理由。すぐ後ろにタコが迫っているのだ。


彼は現状を打破しようと脳を働かせる。


この先にある曲がり角。その先にあるのは……


「図書室、か」


図書室なら本棚や机、椅子がたくさんあり、遮蔽物として大きく役に立つことだろう。

そう判断した祠堂は、あと一踏ん張りと乳酸の溜まり切った足を前へ前へと動かす。


「あと、ちょい」


できるだけ内側をせめた急カーブ。


「……なっ!?」


瞬間、祠堂は急ブレーキをかけた。


本来、その先には真っ直ぐ伸びた廊下と、左手に図書室があるはずだった。


しかし、目の前にあったのは『壁』だったのだ。


「壁、なんで!」


祠堂は壁をパンパン叩くが、何の変哲もないただの壁だった。

もともと、そんなところに壁なんてなかったはずなのだが……。


「おかしいだろ!曲がってすぐ壁って……何のための曲がり角だよ」


何が起きているのか混乱しているうちに、背後に大きな気配を感じた。


例の巨大タコだ。


「ギュルァァァアア」


タコの手足のその内側。鋭く尖った嘴が祠堂に牙を向いた。


祠堂は咄嗟に壁に背を向けて、タコと向き合った。


人間など一飲みにできそうなほど大きな口だ。

タコ自身の体液か口から出る涎か、何か分からないものが廊下に垂れ落ちる。


「や、やべぇ……」


何か何か何か、何かないかと祠堂は打開策を考える。


背後には謎の壁。正面には廊下にギチギチに詰まった巨大タコ。右手側は壁。左は三階の窓。


「となれば……」


バリンッ


窓ガラスが弾け飛んだ。


そして、その窓から飛び出てくる存在。


祠堂だ。


「しぬぅぅう!!」


彼は、残され選択肢から、『窓から飛び降りる』を選んだのだった。


否、それしか選びようが無かったのだ。


祠堂を追いかけて、タコの巨大な足が窓から飛び出す。メキメキと音を立てて、窓枠が弾け飛ぶ。


「ギュァァァアア」


タコが怒りのこもった叫び声を撒き散らす。

窓から飛び出たタコの足が、何とか祠堂を確保しようと暴れた。


「捕まってたまるか、よ」


祠堂は体を捻って、何とかタコの足を回避する。


しかし、彼の脅威はもはやタコだけではない。落下の衝撃だ。


「なるようになれ!」


祠堂が例のタコより優れている点。それは、このフィールドを熟知しているということだ。

毎日来ているのだ。この学校について、祠堂は嫌というほど知っていた。

校舎の構造、教室の場所、それこそ、『植え込みの場所』までも。


今回、祠堂が飛び降りた場所は、まさにその植え込みの上だった。


彼が飛び降りることを選んだのも、それがクッションになると信じてのことだった。


結果……。


「痛っててて……」


木、植え込みの順に落ちていった祠堂の命はなんとか無事だった。


葉っぱに埋もれながら、祠堂は校舎を見上げた。目があった。三階にいるタコはじっと下に落ちた祠堂を見ている。


その背後には、サングラスをかけた女性……坪田が立っていた。


「ここまでは、来ないか……」


祠堂はとにかく立ち上がろうと、両手を背後についた。

その時、彼の左手に激痛が走った。


「ってぇ」


咄嗟に左手を見ると、ひどく腫れ上がっていた。暗くて見えずらいが、赤くなっているようだ。


「折れてるか……これ」


触ると痛みが増すので、祠堂は右手で体についた葉っぱや砂埃をパッパと叩いた。


「とにかく、逃げつつ澪を探すか」


彼は左肩を押さえながら、とにかくこの場から離れるべきだと歩き始めた。


その時、校外に目がいった。


「何だこの世界……学校の外、ないのか?」


そう。目線の先は、真っ暗だった。夜だと思っていたが、ただ夜というわけではなく、学校の外には闇があるのみだった。


正面玄関から校舎に入り、階段下の影に身を潜める。


「この世界なんだ。それに、さっきの壁、何だったんだ」


この世界は、現実世界とほとんど同じように作られている。そのはずだ。


しかし、現実ならあんなところに壁はないはずなのだ。


「怪異……か」


恐らく、坪田隊のうちの誰かの怪異。


「これは、早く澪を見つけないと、危ないかもな」


この怪異が溢れる世界に澪がいるなら、早急に見つけるべきだと祠堂は呟く。


「行こう」


敵が化け物じみた力を持つ中。祠堂 結という人間は、折れた左手を揺らしながら、教え子のもとに向けて歩き始めた。

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