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学校の先生とトイレの花子ちゃん  作者: かわやのはなこ
4/11

護る者と護られる者



祠堂と山羽が姫城家にやってきて、そこの当主『姫城 路夫』と会談をしてからしばらくして、彼らはその大きな屋敷の一室に座っていた。


和風建築のそこは、畳の癒される香りが部屋いっぱいに充満しており、襖を開ければ、立派な日本庭園がよく見えた。


「お茶が入りましたよ、皆さん」


のんびりとした口調。


その声の主は、おっとりとしたおばあちゃんだった。背は低く、腰も少し曲がっているようだった。玉ねぎヘアとでも言うべき髪はふっくらと広がっている。


「ありがとう。加古かこばあちゃん」


祠堂が礼を言う相手は、『加古 みち子』

長年姫城家で給仕をする老婆だ。


加古は、長テーブルの上にお盆をトンと置くと、お茶を三杯並べていった。その隣には、羊羹らしき和菓子が置かれていく。


「ありがとうございやす。加古さん」


祠堂の横に座る朝霧は、そんなことを言いながらお茶を手にした。

暑くなってきたからか、グラスの冷たいお茶だった。


「かぁ、最高の組み合わせじゃねぇか」


この屋敷の当主、姫城 路夫は、胡座をかきながら実に幸せそうだ。


「はいはい。あと二人はあっちですね」


加古は、そのまま残りのお茶と和菓子をお盆に乗せたまま、縁側へと歩き始めた。


「お嬢さん二人も、お茶ですよ」


加古の言葉を聞いて、縁側に足だけ出して座っていた山羽と澪が、後ろを向いた。


「ありがとう!加古さん」


「ありがとうございます」


澪、山羽の順にお礼を言う。


加古は、その場にいた全員に渡し切ると、そのまま空のお盆を持って、台所へと戻って行った。


六月の梅雨時期だというのに、外は晴れ渡っていた。チュンチュンという小鳥の囀りが聞こえてくる。


部屋の中。祠堂と朝霧、路夫の三人が話していた。


まずは路夫がお茶をズズッと啜ってから口を開く。


「おい、礼司」


朝霧 礼司……姫城家で用心棒をしている男だ。普段は何かと澪の周りにいて、彼女の護衛をしている。ヒョロッとしていて頼りないが、その実力は本物だ。


「なんですかい、親父」


親父……とは呼ぶが、そこに血のつながりはない。


「これから、結だけじゃなく、あっちの山羽さんって若けぇ子もこの屋敷を出入りすることが多くなるはずだから、覚えとけ」


「了解しやした。……ってことは、同志になるんで?」


「ああ。協力関係を作っていくことになるなぁ」


路夫の発言に、朝霧はお辞儀をすることで応える。


「そういや、結、山羽さんもあの学校に入るんだよなぁ」


「はい。迷惑かけますが、俺の時みたいにいけますか?」


俺のときみたい……祠堂は六年間、澪のいるクラスの担任をしている。

それは、ここ神喜多で大きな力を持つ姫城家の根回しがあったからだ。


「おうよ。東野の校長にそれくれぇ言うこと聞かせてやるわ」


そう言って、路夫はガハハハッと大笑いした。


「助かります。路夫さん」


祠堂がホッとして少し笑う。それを見た朝霧は、少し嫉妬気味に、山羽の方を見ながら眉を顰める。


「二人がそこまで気にかけるほど、あの人は強いんですかい?」


「ああ、強さは保証する」


祠堂は、羊羹にフォークを刺しながら言った。


「ほぇーマジですかい。あんな可愛い顔して、やる時はやるとはなぁ」


「『山姥』が憑いた山羽さんは、恐ろしいぞ?」


祠堂は、山姥が取り憑いた山羽さん……つまりは、ヤマンバギャルの山羽を思い出しながら遠い目をする。


「山姥ってあの!?そりゃあ、おっかねぇ」


朝霧の新鮮な反応に祠堂は満足げだ。


男三人の会話は続いていく。たわいもない話から、怪異についての難しい話まで。


一方。


「山羽さん、こらから私を守ってくれるんですよね?よろしくお願いします」


「いえいえ、こちらこそ。お願いしますね、澪さん」


女子メンバー二人も、縁側に腰掛け、同じ方向を見ながら話していた。


男三人に比べれば、爽やかな風が吹いているようだ。実際、彼女たちが半分外にいるからかもしれないが……。


「澪でいいですよ、山羽さん。結兄さんも私をそう呼びますし」


澪は口元に手を添えながらニッコリ笑った。


「……そうですか?では、澪」


呼ばれた彼女は、それでいいと頷いた。


「澪は、祠堂さんのことを兄さんと呼びますよね?」


「はい。別に血縁関係はないんですが」


「小さい頃から一緒に?」


「はい。私が生まれた時から。兄さん、ご両親が行方不明なんです。だから、父が保護者代理としてずっと一緒です」


最後の言葉はなぜか自慢げだ。ありもしない胸を張って、子どもらしい笑みを浮かべる。


「行方不明……いえ」


そこで、山羽は切り替えるように行った。


「澪は『見えている』んですか?」


それは、怪異のこと。


彼女は怪異に狙われる存在だ。そんな彼女は絶対にこれまで怪異に遭遇しているはずだ。見えているのか、山羽は気になった。


「いえ、私は見えていません。『要石』として、『妖気を消す力』はあるみたいですけど、それ以外は普通の人間です」


怪異が見えるのは、霊感のあるごく一部の人だけだ。彼女はそれに該当しないと言う。


「父も私も見えませんが、母は見えていたらしいですよ」


「お母さん、ですか」


山羽がこの屋敷に来てからずっと気になっていたこと。姫城家の屋敷には、『姫城 路夫』『姫城 澪』の家族。その舎弟と呼ぶべき『朝霧 礼司』に、給仕係の『加古 みち子』の四人しかいないようだった。


山羽も空気を読んで黙っていたが、このまま無視できる話でもないだろう。


すると、澪は気にした様子もなく言った。


「私の母は死にました。母も要石だったんです。だから、怪異に疎まれて。気にしないでくださいね!私もほとんど記憶にありませんし」


「そうですか……」


澪が初めて出会う自分に対して、身の内を話してくれたことに、山羽は嬉しさを覚えていた。これは、彼女なりに距離を詰めようとしてくれたのだろう。


山羽は、なるべく笑顔で澪を見た。


「実は、私も似たようなもので……家族がいないんです。生まれた時から。赤ん坊の頃に、私の両親が怪異に呪い殺されたみたいで、それを組織が拾ってくれたらしいです」


何でもないように、山羽は正面を向き直して、プラプラと足を揺らした。


「私と兄さんと山羽さんで、親いない同盟結成ですね」


あくまで冗談として、澪は笑いかけた。


「ふふっ、仲良くなれそうです。これまで私にとって仲の良い存在は、怪保のみんなしかいませんでしたから」


「大家族だったんですね」


「家族……ふふっ、そうですね。男ばっかりのむさ苦しい家族です」


お互い、自分の生きた道を悲観しない。彼女たちは知っているのだ。そこで、同情されたところで、何も変わらないのだと。


なら、冗談に変えてしまった方がいい。彼女たちの生きてきた人生を否定しないために。


「よい、しょ」


澪はお尻ひとつ分、山羽に近づいた。


「山羽さん。耳、貸して」


「……?」


山羽は、言われるがままに耳を差し出す。澪の方が背が低いので、少し屈むようになる。


澪は小さな声で呟いた。


「山羽さん、結兄さんのこと好きなの?」


「!?」


予想外の質問に、山羽は驚くが、すぐに冷静になる。今度は、山羽が澪の耳に手を当てた。


「安心してください。祠堂さんとはただの仕事仲間です」


山羽の言葉を聞き、澪はホッと息を吐いた。


「よかったです。山羽さんみたいな綺麗な大人の女性に迫られたら、結兄さんもコロッといっちゃいますから」


「ふふっ、私にはそんな魅力ないと思いますよ?」


そう言って大人っぽく笑う彼女は、紛れもなく魅力的だった。澪は憧れをもった目線で山羽を見る。


「それより、澪さんはやっぱり祠堂さんが好きなんですね」


それは、わずかの間しか二人を見ていない山羽にも分かった。澪から祠堂への一方的な恋慕。


「はい。兄さんには秘密ですよ?」


口元に人差し指を当てて、シーッと合図する。


祠堂が極度の鈍感じゃない限りもうバレてるだろう……とも思ったが、山羽は余計なことは言わないようにする。


「でも、私じゃきっとダメなんです。結兄さんにしたら、私はただの『守るべき妹』で……歳が離れすぎてるんです」


少しずつ、声が小さくなっていく澪を見て、山羽は澪の肩をポンッと叩いた。


「そうですか?私は応援しますよ。澪の恋」


「……山羽さん」


「私、人の恋路を見届けるの、好きなんです。やっぱり最後はハッピーエンドがいいじゃないですか」


山羽は、そう言うと両手を縁側に乗せて、ぼんやり庭を眺めた。


「山羽さん……やっぱり大人。きっとこれまで大人な恋も……」


「あははっ、私が?ないですよ。私はずっと独り身です」


別にそれが恥ずべきこととも思っていないようで、愉快そうに笑っている。


「そうなんですか?モテそうなのに……」


「澪はお上手ですね?」


「私、山羽さんのこと知りたいです!まず、山羽さんはどんな人がタイプなんですか?」


澪は興味津々と、若干前のめりになって山羽に詰め寄る。


「私……ですか」


この手の質問が苦手だったのか、それともこれまでされたことがないのか、山羽は顎に手を当ててうーんと考える。


しばらくして答えが出たようだ。


彼女は、眉を八の字に困らせながら言った。


「普通の人……ですかね」


「普通の、人??」


「はい。怪異も何も知らない。普通の人」


すると、眉を傾けたまま、悲しそうに笑った。


「まぁ、組織の男性しか知らない私にはそんな相手いませんし、いたとしても私の仕事に巻き込むわけにもいかないので、結婚はできませんね」


それを聞いた澪は、山羽の両手をガッチリ掴むと、早口になった。


「山羽さん!私も応援します!山羽さんの恋!きっといつか、運命の人に出会った時、私、力になります」


「ふふっ、ありがとう澪」


「あっ、いえ、すみません」


そこで、山羽と距離が近すぎたことに気がついた澪は、慌てて手を離して下を向いてしまった。


そのとき、二人の背後に一人の男が立った。祠堂だ。


「山羽さん、そろそろお暇しようか。これからの準備があるしね」


「……はい」


山羽は澪の顔を見ると、にっこりと笑った。そのまま、右手を軸に立ち上がる。


「では澪、また」


それから、祠堂と山羽の二人は、路夫と朝霧に見送られて屋敷を後にした。


その帰り道。並んで歩く二人の会話。


「山羽さん。さっき路夫さんに聞いたと思うけど、来月からうちの学校で働いてもらうことになるけど、大丈夫?」


「はい。スクールサポートスタッフとして、お世話になるんですよね。頑張ります」


「実際、人手は足りて無かったし、助かるよ」


「そう言えば、祠堂さん。私、それに合わせて引っ越します。初の一人暮らしです」


「へぇ、組織に言われたのか?」


「はい。組織から学校までは少し遠いですし、なによりやはり澪を守るなら近い方がいいということで」


「澪、呼びか……ずいぶん仲良くなったんだな。で?どの辺に住むんだ?」


「隣です」


「隣?」


「はい。そこのアパート……祠堂さんの部屋の隣です」


「……え?」


「……?あっ、もちろん路夫さんに住む許可はもらってます」


「……いや、あ、そう。まぁ、なら、よろしく頼むよ。隣人として」


「はい。正直、新生活に少しドキドキワクワクしてます」


「それはよかったよ。山羽さん」


二人の帰る先は屋敷の真隣。つまり、帰り道は1分もかからずに終わった。

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