prologueⅡ
prologueⅡ
少女が一人、眠っていた。
年の頃は15,6だろうか、黒く、艶やかな髪を後ろで束ねている。
すこし低めの、160に届かない体には、おかしなところがある。
腕がないのだ。少女には両腕がない。
服は大量の血を吸い込んだのか、黒く変色して固まっている。
ズ・・ズ・・・ズ・・
すれるような音が低く響く中、少女はゆっくりと目を覚ます。
ぼんやりと、意識が浮かび上がる。
ひんやりとした、でも、しっかりとした弾力のあるものに私は包まれていた。
なぜか、妙に熱を持つ体にこの感触がきもちいい。
目を閉じたまま、私はいまだ覚めきれない頭でそう思い、身を任せる。
ズ・・・ズズ・・
私の心音に合わせるように、私を包むものが揺れ動く。
それにしても、熱い。
なぜこんなにも腕が熱いのか。
熱で意識が上昇し、頭のもやがはれてくる。
―え?そうだ、私は、犬に。死んだのか?とそう思う。天国か地獄か、行くのはどちらだろうか。
やさしく包み込む感触に、天国にもう来ているのかな、と考える。
頭が覚めるにしたがって、腕の熱がはっきりと感じられる。
熱いが、腕の感覚がなく痛みはない。ただ、内側からじわり、じわりと伝わってくる。
―あぁ、私は・・・噛み千切られたことを思い出す。
が、目を開けるのことができない。傷は、悲惨なことになっているだろう。直視できる勇気が無い。
無くなった腕からの抗議だろうか。腕があったはずの場所から伝わってくる熱は、段々と高く、強くなってくるようにも感じる。
そうして、どれくらい経っただろうか。私は決心して目を開ける。
やはり腕は無い。それどころか、噛み千切られた後もなくすっぱりと、肩口から無くなっていた。
なんで、という疑問と、よかったという安堵。
「死んでも腕は戻らない、か・・・」
ズレた事を言ってると思いながら、自分を落ち着かせるために呟く。
首を傾げて覗き込む。傷は、黒い光沢のあるもので覆われていた。
「何これ」と言う前に、傷をふさいでいるものと、自身を包んでいたものが同じものだということに気づく。
周りを見ると、透き通った黒い壁。よく見ると、それは磨き上げた宝石のように艶やかな鱗だった。
そう、両肩には一枚の鱗が貼り付けてある。
けれども不快には感じない。逆に、なぜか落ち着く。
母に守られる卵になったような、そんな心地。上から差し込む光も安心する要素のひとつだろう。
私はまた、鱗の壁にもたれる。ひんやりとした鱗は、やさしく私を受け止める。
・・・ズ・・ズズ
ずっと聞こえていた音が、大きくなる。そして、鱗の壁が動きだす。
上から差し込む光が広がってゆく。
・・ズズ・・・ズ
光の中から声がおとされる。
『起きたか、人の子よ』
私を見つめていたのは、大きな蛇の顔だった。