prologue
はじめまして。
小谷 雪と申します。
今回の「蛇と見る夢」が初投稿となります。
小説を書くということが初めてなので至らない点もあると思いますが、今後もよろしくお願いします。
prologue
その日、私は腕をなくした。
妹を保育園に迎えに行った帰り道、はしゃぐ妹に手を引かれながら家までもう少しという所。
いつもならばこの時間、近所のおばさんや会社帰りのサラリーマンが多いはずなのに、通りにはいつの間にか私たちしかいなかった。
とても静かで、一瞬を切り抜いた写真の中に入り込んでしまったようだった。
「お姉ちゃん・・・。」
妹が震えた声を上げる。いつもにぶい妹でも、この異常さには気づいたようだ。
「お姉ちゃんの顔、怖い。」
訂正。いつも道理の妹だ。
RU・・ruRu・・・
突然、背後から聞こえた音に振り返る。
いたのは犬。とても大きな、象ほどもありそうな犬。
うなり声というよりは呼吸が喉にかかったような、低く、こもった音を吐きながら私たちを見下ろしていた。
―怖い。だが、頭が状況について行かないのか、声をあげることもなくただ固まることしかできなかった。
犬は、獲物を見定めるようなねっとりとした視線を向けてくる。
「どうしたの?早く帰ろうよ!」
私が立ち止まったのに気づいたのか、妹が声を上げこちらに振り向き、すこし脹れた様子で私を見る。
声を聞いたためか、フリーズしていた頭が解け始める。
―あれ?
“こちら”を見ているはずの妹は首をかしげながら、いまだ返事を返さない私に「どうしたの?」と問う。
―視えていない?
妹の視線は私を捉えたままで、一度も後ろに流れていない。
Rur・・ru・・・
犬はまだそこにいる。けれども、妹の声に振り向き背をさらしたというのに襲ってくる様子はない。
ずっと、あの目を向けてくるだけだ。ねっとりとした視線は、まるで重さがあるかのようにずっしりと圧しかかってくる。握り締めた手はもう汗で気持ち悪い。
―襲い掛かってくるつもりはないの?
少なくとも今すぐに、というつもりでは無いのだろうと、願望を込めた予想を出す。
ならば、と
「ごめんごめん、買い物があったのを忘れてたよ。先に帰っててくれる?」
妹は逃がせられるだろうか、と嘘をつく。きっと引きつった笑顔を浮かべているだろう。それでもこの妹は気づかないんだろうなと思いながら、帰るよう促す。
「えー?一緒に行く!」
そう言って私の腕を引く。
意外と強く引かれたのか、体が緊張し続けていたためなのか、バランスを崩し一歩踏み出す。
瞬間、背後からの圧力。さっきまでとは比べ物にならないほどの重圧に体が固まる。
ガリッとアスファルトを削る音がした。続いて、こちらに向かってくる気配。まるでダンプが突進してくるような、そんな感覚を受ける中、妹の体を突き飛ばす。ずっと私を見ていたのだ。狙うならば、襲うならば私だろう。
けれども、大人でも一人入れそうなほどに大きな口が向かったのは妹がいた場所だった。
しかし、しりもちをついている妹はそこにはいない。
あるのは、突き飛ばした私の腕。
ゴキリと衝撃で肩の骨が外れ、牙というよりは斧のような歯に私の両腕は断ち折られた。
吹き飛ばされブロック塀に頭を打ちつけた私は、薄れる視界の中、駆け寄る妹とその後ろに迫る巨大な口に絶望を感じるも、意識を手放した。