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幼馴染は私を振った後に自分の好意に気づいたようです

作者: 新井福

高校2年生の笹村 五木には、それはそれはかっこいい幼馴染がいる。


 谷 香澄という少年は、優しい陽の光を黒に溶かしたような綺麗な茶髪で、瞳はいつも柔らかく弧を描いている。どちらかと言うと中性的な顔立ちは、彼の持つ笑い方や性格にもうまく合っていた。


 冬の日はいつも香澄が着ているカーディガンに、くるまりたいと思った女の子は数しれずだ。


 素行もよく、成績優秀。物腰も柔らかい。きっと香澄の事を嫌いな人のほうが少ないだろう。




 五木も例に漏れず、香澄の事が恋愛的な意味で好きだった。




「五木ちゃん、おっはよ」


「……香澄くん、一緒に学校に行ってくれるのは嬉しいですが、何時から待っていたんですか?」


「ついさっき来たところだよ」


「いや、手とか鼻めっちゃ赤いじゃないですか!」




 香澄はいつも五木と学校に行きたがる。


 一度、このままだと香澄も自分の事が好きなんじゃないかと勘違いしそうで、早い時間に家を出て一人で学校に行ったら、香澄にめそめそと泣かれた。美人は泣いてても美人だと思いながらも、香澄を泣かせた事に、五木は罪悪感に駆られた。


 それからは自分の事を律しながら香澄と一緒に行っているのだが、よほど置いていかれたのがショックだったのかこうして香澄は冬の寒い時間でも朝早くから、五木の事を待っている。




「だって五木ちゃんまた僕の事置いていくかもしれないでしょ?」


 


 少し寂しそうに言われて、彼を置いていける女子が居るのだろうか?


少なくとも五木は、もう置いていく事は出来ない。




「そういえば五木ちゃん、今日数学のテストあるけど大丈夫?」


「えっ、何にもやってないです」




 可憐な幼馴染みはふふふ、と上品に笑った。




「朝学校に着いたら教えてあげるよ」


「神様仏様香澄様! 本当にいつもありがとうございます」




 五木は、この幼馴染が好きだ。だってこんなにも五木に甘く、格好良く優しいから。


 でもこんなに香澄が尽くすのは五木にだけ。




 だから、五木は香澄も自分の事が好きなんじゃないかと思ってしょうがない。




❖❖❖




「だからね美空ちゃん。私3日後のバレンタインデーに告白しようと思うの」


「おー、良いと思うよ」




 お昼休みに、同じ教室に居る香澄に聞こえない様に、五木は親友の美空に相談した。


 美空はニヤニヤと笑った。




「遂に当たって砕ける気になったんだぁ」


「言い方! そりゃ私だって振られるかもしれないけど、だってなんか私に凄く甘いじゃん。勘違いもするよ」




 泣き真似をし始めた五木をよーしよーしと美空は慰めた。確かに美空から見ても香澄は五木に構いすぎている気がする。


 今だってそうだ。ふせっている五木が泣いているんじゃないかと、こっちにチラチラと視線を送ったあと、我慢できなくなったのか香澄の友達である野村を連れ立ってこっちにやって来た。




「五木ちゃん、大丈夫?」


「うひゃあ、香澄くん!?」




 ふせっていて香澄達がこっちに来るのが見えなかったせいか、五木は間抜けなほど驚いてしまった。


 まだバクバクと顔が赤い五木の目元に、香澄の指先が触れる。




「うん、泣いてはないみたいだね」


「え、あ、あの」


「五木ちゃん達は何話していたの?」




 グッと言葉に詰まる。なんて言おうか悩んでいると、美空が口を開いた。




「五木が、バレンタインデーで好きな人に告白するんだって」


「美空ちゃん!?」


「……へー」




 おや? と美空は思った、いつも大体笑っている香澄の顔から、今一瞬笑顔が消えた。


 ……これは、もしかしなくてもワンチャンあるのではないか?




「笹村さん好きな人居るんだー。告白成功するといいね」


「あ、ありがとうございます」


「あ、てか作ったら俺にもチョコ頂戴。笹村さん料理上手だし」




 美空達が目を話している間に、いつの間にか野村と五木は随分と打ち解けていた。




「私ので良かったら」


「わーい、ありがとう」


それを呆然と見ていた香澄が、小さな声で「僕もう帰る」と言ったあと、一人で机に戻ってさっきの五木みたいにふせってしまった。




 美空は、親友の恋がうまくいく気がしてニヨニヨと笑みを深めた。


バレンタインデーの日の前日、美空と一緒に買い出しをした後、五木の家でチョコを作った。




 1時間後、生チョコとチョコクッキーが誕生する。




「出来た〜」


「めっちゃ美味しそう」




 二人で和気あいあいとしながら出来たチョコを味見する。




「美味しい」




 クッキーは皆用に、生チョコは香澄用に包んで、五木達はおしゃべりのためにこたつに入った。




「五木の告白成功するといいね」


「……うん」




 真っ赤な顔をして頷く五木に可愛いと想いながら、ふと美空は思ったことを聞いてみた。




「そういえば、なんで五木って香澄に対してだけ敬語なの?」


「え、あー。自分を律する為だったかな」


「成る程」




 じゃあ、告白は成功しそうな気しかしないから、五木はこれから香澄に敬語を使わなくなるのだろうか。


 そうおもったら、美空はまたニヤニヤが止まらなくなり、明日の成功を悟った。




 しかしその予想は、他でもない香澄によって壊された。




❖❖❖




 朝いつもみたいに、家の前に居る香澄に、五木は昨日作った生チョコを渡した。




「ありがとう、五木ちゃん」


「でね、えっとあの、私香澄くんに言いたい事があって」


「何?」




 コテンと首をかしげる幼馴染みに、五木は覚悟を決めた。




「私、香澄くんの事が好きです。付き合ってください!」




 香澄はまん丸く目をした後、フワリと笑った。その笑顔に期待した五木だったが、次の瞬間、いとも簡単に香澄は裏切った。




「気持ちは嬉しいけど、僕、五木ちゃんの事は妹みたいって思ってるから、ごめんね」




 あっさりと振られた。


 さっきとは違う感情で五木の顔が赤くなる。そして次に湧いたのはーー怒りだ。


 あんなに勘違いさせたのは香澄の癖に、そう思って仕方なくて、五木は、一発、香澄の胸元を殴った。パフリ、と柔らかそうな音がする。




「妹って何? あんなに勘違いさせたのは香澄くんの癖に! そもそも私の方が誕生日早いし!」




 最後に五木は捨て台詞をはいた。




「香澄くんなんて、だいっきらい」




 そのまま走って、五木は学校に向かった。


 ボーと一人で立ったままの、香澄を残して。



「振られた」




 サラサラと砂になりかけながら振られたと言う親友は、乾いた笑みを浮かべていた。




「えっ、まじか。元気出して五木」


「ありがとう美空ちゃん。後これチョコクッキー」




 貰ったチョコクッキーを齧りながら、美空は不思議でたまらなかった。どう見ても香澄は五木の事が好きそうな気がしたからだ。




「これからどう香澄くんに接すればいいんだろう」




 五木はこの世の終わりみたいな気持ちになった。しかもあんな暴言はいて、香澄に本当に嫌われたら、五木はきっと生きていけない。


 だから香澄が教室に来るのを今か今かと待っていたが、先生が来ても、香澄は来ない。




「あれ、香澄は今日休みなのか?」




 朝会ったのだから休みはありえないのだから何かあったのかと心配していると、ようやく香澄が教室にやって来た。


 いつも素行良好な香澄の遅刻に、クラスがザワザワしだした。




「おい、なんか顔色が悪いけど大丈夫か?」


「……大丈夫です」




 どう見えても大丈夫そうではないが、香澄が大丈夫だと言い張るので先生も深くは聞かず、朝の会はそのまま続行された。




 チラリと香澄の方を見ると、香澄は色んな人の机にぶつかっていた。


 本当に体調が悪そうで、五木は凄く心配になった。




「なあ、あいつなんかあったの?」




 朝の会が終わったあと、野村がこっちにきて五木に耳打ちした。




「いや、どちらかと言うと、何かあったのは私っていうか」


「?」




 野村に朝の経緯を話すと、成る程、みたいな顔を野村は浮かべた。


 そんな野村にも、五木はチョコクッキーを渡す。




「お、ありがとう笹村」




 香澄には振られてしまったけど、二人には喜んで貰えて良かったと五木が思っていると、香澄と目があった。




 そしてこのままこっちにやってくる。香澄は、野村と美空には目もくれず五木のところにやってきて、そのまま五木を抱きしめた。




「へ、香澄くん!?」




 ボフンッと音がしそうなくらい赤く五木はなる。そんな五木にだけ聞こえるように、香澄は耳打ちした。




「僕の事好きって言った癖に、野村にもチョコあげてるんだ」




 まるで嫉妬した恋人のような言葉に、一瞬今朝の告白は成功したのかと錯覚しそうになったが、五木は正気に戻った。




「ちょ、香澄くん離して」


「やだ」




 にべもなく断られて、五木は混乱する。


 そんな五木や、驚いたように香澄を見つめる二人には目もくれず、香澄は五木の頭に頬を擦り付けた。


 腐っても好きな人にそんな事をされて、五木はときめきと恥ずかしさが止まらない。




 そんな二人を、野村が剥がそうとした。




「どうしたんだよ香澄。いつものお前っぽくないぞ」




 うんうん、と頷く五木を見て、ようやく正気に戻ったのか、香澄は五木を離し、そのまま自席に戻った。




 残された3人と、クラスメイト達の心は一致していた。




『香澄に何があったんだ』と。



朝、流石に振られたしもう香澄は待っていないだろうと扉を開けると、当たり前の様に香澄はいた。




「か、香澄くん」


「おはよう、五木ちゃん」




 なるべく意識しないように五木は気をつけようとしたが、香澄に手を繋がれて、そんな考えは飛散する。




「え、なんで手を握るんですか?」


「それ、止めて」




 それとはなんの事か分からなくて首を傾げると、香澄は「その敬語」と付け足す。


 


「昨日は敬語じゃなかったじゃん」




 それは急に香澄が抱きついたせいだと反論したくなったが、好きな人に手を握られて、五木に断るなんて選択肢は無かった。




「……うん、分かった」




 嬉しそうにフワリと笑われると、五木もなんだか嬉しくなり、手を離してというのを忘れて、そのまま教室に入ってしまった。




「ちょっと、なんで手を繋いでるの!?」


「あ、」




 教室に既にいた美空の絶叫に、ようやく五木は自分の失態に気づく。


 慌てて振りほどくと、あっさりと手は離れた。




「ちょっと、あんた昨日五木の告白断ったくせによくそんな事出来るわね」




 小声で美空は香澄を詰める。


 しかし香澄は焦らず、ゆっくりと言葉を返した。




「自分でも、よくわかんないけど、なんか五木ちゃんが野村と話してるのはなんかやだっただけ」




 それって五木の事が好きって事なんじゃないかと美空は思ったが、五木を振った奴が何をぬけぬけと、と思い敢えて言わなかった。




 


❖❖❖




 五木は酷く混乱していた。何故なら今五木は香澄の膝の上に乗せられ甲斐甲斐しくお弁当を食べさせて貰っている。


 時折耳にキスされ、もう五木はお弁当の味なんかしなかった。


 そんな五木を、不憫そうに美空と野村が見つめる。




「え、あれで好きじゃないの?」


「ね、」




 そして地獄にも等しい餌付けが終わり、だがまだ膝から下ろして貰えてない五木が可哀想で、美空は香澄に詰め寄る。




「ねえ、なんで五木の事妹みたいって言ったの?」


「え、」




 虚をつかれたみたいな顔をした後に、暫く香澄は思案し、こう言い放った。




「だってなんか、五木ちゃん見ていると餌付けしたくなるし、抱きしめたくなる。小さくて可愛い手を握りたくなるし一緒に暮らして、毎日五木ちゃんのご飯食べたい。


 だから僕、五木ちゃんの事妹みたいだと思ったんだけど」




 ふるふると美空の肩が震える。そして香澄に人差し指を指すと、叫んだ。




「あのね、あんたのそれは家族愛じゃなくて、恋愛! めちゃくちゃ五木の事好きじゃん! 意味わかんない、どうして妹みたいとか思うの!?」




 パチクリと、一つ香澄は瞬きをした。


 そして恐ろしい程綺麗な笑みを浮かべた。








「あぁ、僕五木ちゃんのことそういう意味で好きだったんだ」








 まだ香澄の膝の上にいる五木に目線を合わせた。








「五木ちゃん、やっぱり僕と付き合ってください」








 何を都合のいいことを、と思ったが、昔母に『女は度胸』と言われたことを五木は思い出した。








「はい」








 頷くと抱きしめられる。




 恥ずかしいけど嬉しくて抱きしめ返すと、嬉しそうに頬ずりされた。












 それを見て、野村はひっそり息を吐く。昨日、五木にクッキーを貰った時、冗談抜きで殺されるかもしれないと思った。




 だってあまりにも、香澄の視線が鋭かったから。








 そもそも、香澄に『抱きしめたりしたい女の子が居るんだけどこれってどういう事だろう』と聞かれ『妹みたいに思ってるんじゃね?』と答えたのも野村なのだ。きっとこのまま二人がすれ違ったままだったら自分の命はどうなっていたのだろうか。




 考えただけで寒気がした。








 どうかこれからも良好に二人の仲が続くことを祈って、野村は一つ天に祈った。






       終わり







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