第7話 実は僕は…
「悪魔ってすごいですね。僕も悪魔と契約して強くなりたいです!」
「やめておけ。もうお前に強くなりたい理由があるのかのう?」
「そりゃあ強くはなりたいですよ。ファミリーの皆さんの役に立ちたいですし」
「やれやれ。こいつはまだそんなことを言っているのか。
もういいから先生、俺が二十二年前何があったのか話してよ」
「そうじゃな。とりあえずここから離れながら話をするか」
海に行くほどこの街は栄えているので、岬のある方向へと坂道を下りながら先生は二十二年前のことについて話を始めた。
「二十二年前は二代目皇帝が即位してまだ二年目の年でのう。帝国の二代目は初代とは血がつながらないのじゃ」
「へえ。成り上がりみたいな?」
「そうじゃ。よくある話じゃ。初代には娘しかできなかったので、孫息子を即位させたいと思っておったそうじゃ。
それがまだ小さいので二代目は中継ぎの約束じゃった。
二代目の娘と初代の孫息子が結婚したのが三代目、その子供が四代目とそう決まっていたのじゃ。
ところが、それがこじれる原因が出来たことはもう知っておるな?」
「二代目に息子が出来て、二代目は気が変わったのか?」
「うむ。二代目はすでに初代以上の基盤を手に入れており、戦の天才とうたわれる。
そんな二代目がまだ即位して程なかったころじゃ。
初代の孫娘、シロル皇女殿下が十二歳の時に小僧、貴様は出会った」
「俺は初恋泥棒ってわけか。罪な男だねぇ」
「女の胸を触れなくなった男が何かぬかしておるな」
「うるせーよ。先生を守るためだったろうが」
「それで、二人はどうなったんですか?」
ビビに聞かれて先生は気を取り直し、話を続ける。
「あの時代、まあ詳しいことは省くが、帝室のもと、小僧は魔法の教師をして居った。
二十二年前も変わらず遺体探しをしておったからのう。結局権力を頼るのが便利なのじゃ。
お前は当時も今と変わらぬバカでな」
「事実でも言い方ってもんがあるだろ先生?」
「意中の女には変に意識して気持ち悪くて嫌われがちなくせに、眼中にない子供ほどやさしくて爽やかな態度をとっておった。
殿下はお前に夢中になったのじゃが、殿下を守るためにお前は命の危機に瀕してのう」
「アクセルたちにやられたのか。それで俺は記憶をなくして?」
「そうじゃ。私とお前を上手く分断されたのじゃ。だから私はもう二度とお前とは離れないと心に決めたのじゃっ!」
と先生は締めくくったが、当然いくらか気になるところがあるので、ビビがこう聞いた。
「アクセルって誰なんですか?」
「小僧の兄弟じゃ。私たちとともに、遺体をめぐって争っている強大な魔法使いなのじゃ。
信奉者を集めて組織し、中々大きな組織になっていると聞いておる。
私や小僧と同じく軽く百年以上生きる不滅の魔術師にして錬金術師じゃ」
「なんか怖そう……!」
「悪魔と契約した強力な魔術師も仲間にしておるようじゃな。
結局、今回誰が何の目的でビビに遺体を渡したのか謎が解けなんだ。
恐らくはアクセルの仲間のようじゃが」
「あれ、ちょっと待ってくださいよ。アクセルはこの人の兄弟なんですよね?」
とビビは小僧を指さしながら聞いた。
「そうじゃが?」
「じゃあ先生の息子ってことですか?」
「もう息子とは思っておらぬ」
「俺もだ。と言っても、俺は記憶を失ってるからアクセルのことは全然知らないけどな」
「なるほど。あ、ところですいません先生。グリモア、くれません?」
「図々しい奴じゃな。グリモアは古代悪魔語を習得した上級魔術師でなければ書いてあることを読むことは出来ぬが」
「ええっ、じゃあやめときます」
「諦めが早いなお前!」
「実は古代文字を聞きかじった程度の雑魚魔法使いにも最低限読めるように作られておってな。
悪魔は読めない魔術師を利用して不利な契約を結ぶのじゃ。
力を求めて焦っている者が陥りがちな罠じゃからやめておけ」
「は、はあ。すいません妙なことを言って」
「さて、そろそろビビとか言ったか。お前は我々から離れておれ。
私たちは任務を全うしていない。我々はファミリーを殺さねばならん」
「それは困ります。僕の居場所がどこにもなくなります!」
「とはいえお前に俺たちを止めることは出来ないだろう。
交換条件次第では考えなくもないけど」
「おい小僧、おっぱいはやめておけよ」
「おっぱいですか。僕男ですよ!」
「揉むかよ偽パイなんか。そうじゃなくて、お前"魔法屋"さんを知ってるか?
ファミリーとつながりのある魔法屋がこの街のどこかにあるはずだ」
改めて説明するが、魔法使いの血を摂取するとそれ以外の魔法使いも同じ能力が一定時間使える。
もちろん、その能力は本人以外が使うと劣化する。
雑魚魔法使いが強力な力を使おうとしてもたいていの場合は期待したような結果は得られない。
しかも血液は高額だ。上級魔法使いは金に困っていないケースも多いからそれを売ってお金にする魔法使い自体少ないからだ。
そしてこれを取り扱う"魔法屋さん"も存在する。
マフィアのファミリーは魔術師を捕まえて血液を売りさばくルートも持っている。
「血液を扱う魔法屋さんですか。それなら港に近いところの方がいいでしょうね」
「港?」
「はい。ほかの街からやってきた船の載せる血液も入ってきますから」
「そうか。ビビは男女を逆転させる魔法使いを探しているらしいじゃないか。
魔法屋に行けばそれを売ってる店もあるかもしれん。
そしてそれを売却した者についての手がかりも店で聞けるかもな」
「行きましょう!」
「ああ。それとこれを」
「あっ。これはこないだもらった口紅」
「口紅のケースに入った遺体、な」
小僧はビビから取り上げていたものを持ち主に返し、話を続ける。
「やはりお前が持っていたほうがいいだろう。だがそれはもう俺のものだ」
「そんなぁ。スーパーパワーがこもってるんでしょ?」
「そいつをお前に預ける。ビビ、お前はそいつを持ってファミリーに潜入するんだ。
俺たちは遺体の反応を頼りに、ファミリーを倒す。
そして同時にお前の仇や何やらの捜索もしていこう。まずは魔法屋さんだな」
「決まりじゃな。それと小僧、お前の言っていた通り感知タイプやサポート系の仲間がいると助かるな」
「まあ信用で成り立つ商売だ。
店の主人が血液の提供者の情報を売るかは交渉次第だが。
ていうか俺走り回って腹が減ったよ。どっかで飯食っていかないか?」
「賛成じゃ。土地勘とサポート能力のあるビビを拾えたのはそこそこ幸運じゃった。
そのうえファミリーの顔を知っているとあっては、手放すのは惜しいが」
「あまり僕のことアテにしないでくださいね……?」
怖がるビビを連れてさらに街の海側へと三人は歩いていき、三人とも氷を入れた冷たい水とご飯を定食屋で注文した。
やはりこの港町の売りは新鮮な魚介なので、「適当におすすめを」と注文したら同じような海鮮パスタが出てきた。
スミを和えた黒いパスタにイカの輪切りが乗ったイカ尽くしのパスタだ。
そこに、ラーメン鉢ほどの大きな器にたっぷりの黄金色をしたスープが入った料理が付属してくる。
ここには濃厚魚介スープにイカのゲソや頭などが入っていて、やはり主食の麺が入っている。
きしめんのように平べったく、柔らかく煮込まれた麺はよくスープを吸っている。
むっちりとした肉厚のゲソは歯ごたえ抜群。
ここに旨味が凝縮された塩と魚介のスープが絡み、程よく歯ごたえの残る野菜類ともちもち柔らかい麺が侵入してくる。
「この街では魚介と麺が人気なのかな?」
「うむ。美味だ。おすすめというだけのことはある」
「僕の地元なんで褒められると嬉しいですね!」
「そういうものかもな。
私の故郷は田舎過ぎて、食べものと言えばイモや豆を煮るか、ミルクを飲むかしかなかったが」
「先生の場合、メシが貧困なのは田舎というより時代が……」
「女の年齢イジリはライン超えとるぞ小僧!」
「はーいすいませーん」
などと談笑しつつも、思ったよりお店のおすすめが絶品だったので会話はほどほどに三人は食事をそそくさと済ませた。
そして店を出たらすぐに港町で一番海に近い魔法屋を訪ねたのだった。
「たのもーう!」
「おお、貧乏くさいお客さんいらっしゃいませ」
「一言多い主人じゃな」
カウンターの向こうには失礼なおじさん店主がおり、店構えも小さく店内も狭い。
棚が何段にも分かれていて、その棚にはラベルの貼られた大量の血液の小瓶が所狭しと肩を寄せ合っている。
もうほとんど壁の全てが血液の黒色で埋め尽くされている陰気な店内だ。
「ここに人間の性別を変えちまう魔法はあるか?」
「いいや。だが何か買ってくれるお客さんになら教えられることもあるかもな」
「現金な親父だな。俺らそんなに魔法には困っていないんだがな」
「逆に魔法を買い取ってもらってはどうじゃ。お前やビビの能力ならそこそこ売れるじゃろう」
「買取なら隣に個人クリニックがあるからそこを使いな。
血を抜く行為は法律的にちょいと厳しくてね」
「あっ、ここで確定です」
「そうなのか、ビビ?」
「はい。先輩が言ってました。偽の免許を使ったヤブ医者のクリニックで血を抜くって」
「なるほどな」
「おいちょっと待って、アンタら警察か。違うんだ、俺はファミリーに言われて仕方なく……!」
焦って墓穴を掘りだした店主に小僧は優しく話しかけた。
「まあ落ち着けって。アンタを通報することも出来るが、そりゃお互いにとってメリットがないだろう?」
「アンタら何者だ?」
「俺らが何者かなどどうでもいい。おっさん、俺はそのファミリーというのに興味がある。
今日は慰安旅行にでも出ているのか。影も形もなくて困ってるんだ。何か知らないか?」
「言えない……そんなことは!」
「先生。グリモアだ」
店主をにらみながら小僧が差し出した手の上に先生は懐から出したグリモアを載せてあげた。
「私も知らぬぞ。それを使って記憶をどうこうできるのかは」
「造作もない事だろう。悪魔を呼び出してくれ」
「わかった」
先生がグリモアに手をかざすと、どこからともなく紳士が現れた。
ちなみにこの悪魔、記憶をつかさどる悪魔である。
基本的に悪魔の野望は己を強化すること。すなわち己が司るものへの嫌悪と恐怖を増大させることだ。
この世の人間のありとあらゆる嫌な記憶が彼の糧となるので、全ての悪魔たちの中でもトップ十位以内には入ってくるぐらいの強大な悪魔だ。
「ところで君、私からのプレゼントはどうかね?」
「記憶がなくなるんだから、どうもこうもないだろこの野郎!」
「その様子だと効果があったか。効果があるとは君らしい。
それでこの男の記憶を読めばいいのだな。造作もないことだ。
ただし対価として寿命……いや、君たちに寿命はないようだな」
「ちょっと待て、もうだまされないぞ!
記憶を読んだら、俺が知りたいこいつの記憶をちゃんと教えるんだぞ!」
「用心深いことだね」
と紳士風の悪魔は笑った。確かに、前回は言葉尻をとらえられて、小僧はまんまとハメられた。
二度同じ手は食わないというわけだ。
結局、先生は悪魔と対等以上にわたり合い、先生を助けたさっきの戦いの報酬"おっぱいの呪い"がフェアではなかったとして今回の報酬はナシで仕事をさせることになった。
なお、おっぱいの呪い自体は小僧に継続中である。
悪魔は強いものほど報酬に無頓着なケースが多いという。
弱い悪魔はナメラれていると感じ、少ない報酬には怒る。
記憶の悪魔のように強い個体はその場の気分で無料で助けてくれることもあれば、ちょっとした用事に対し莫大な報酬を求めることもある。
今回、記憶の悪魔は小僧を思う存分からかえて気分がよかったらしく、記憶の走査ぐらいは無料でやってくれることになった。
「さて、何か聞きたいことはあるかね?」
「今シンファミリーはどこにいる?」
「船で隣町"アルメリア"へ出たようだ。この男が知っているのはそこまでだ」
「いつ戻ってくるかは不明か?」
「そうだ」
「では男を女にする魔法使いがここへ来たことは?
もしくはそのような魔法を使う魔法使いの血を取り扱ったことは?」
「ないようだ。これでいいかね?」
「チッ、もういいわかった。先生、もうこれで話は終わりでいいかな?」
「それでよさそうじゃな。ご苦労、記憶の悪魔」
「お得意様なんだからたまには恩返しをしないとね。それでは」
「心にもないことを」
悪魔が消えてから先生は悪態をつき、続いてほかの面々にこう言った。
「もうここに用はあるまい。私は便利屋の仕事に戻るとしよう。
小僧、お前はビビと一緒にもう少しこの街の魔法屋をめぐってみてはどうじゃ?」
「そうだな。この子一人だと危ないかもだし。
ファミリーの奴の顔を知ってるのも役に立つ」
「ファミリーを見つけても向かっていくなよ。必ず私を呼べ」
「約束は出来ないけど努力はするよ」
「素直でよろしい。ではゆけ」
ということになり、先生と小僧は二手に分かれることになった。
小僧は年上で包容力のある先生としか一緒にいないため年下の相手は苦手だが、とりあえず道すがら話しかけてあげることにした。
「ビビアンとか言ったか。お前何歳なんだ?」
「十三歳です」
「俺は二十二だ。多分。そろそろ事情を話せよ。聞いてやるから」
「僕が女になっちゃった件については知らないとしか言いようがありませんよ」
「ふむ……朝起きたら女になってたって?」
「まあそうです」
「いいなあ。ところで俺、実は女のおっぱいを揉めない呪いにかかっちまったんだ」
「何したらそんな呪いにかかるんですか?」
「さあな。そこでビビ、お前男なんだろ。ちょっと胸揉んでもいい?」
「ええっ」
「実験だよ実験。俺の様子がおかしかったらビンタして止めてくれ」
「えっ、ちょっと――」
小僧は別に下心とかではなく、ただの好奇心でビビの胸を揉んだ。
さっき事故で触ってしまった時にも感じたが、ビビはやせ型のわりにちゃんと胸があって柔らかい感触がある。
「ふむふむ。もちもち」
公衆の面前で小僧は堂々とビビにセクハラし、敏感なビビは腹を振りながらビクビク悶える。
どうも小僧はビビを女ではなく完全に男として頭を切り替え、認識しているようだ。
「くふっ、くすぐったいですって。あっ、あははっ!」
「じゃあ手を放すぞ。俺の様子がおかしかったら言ってくれ」
小僧が手を放し、ビビとしばし見つめ合う。やがて小僧が口を開いた。
「記憶がなくなっていない。この感触……これが女のおっぱいか……!」
小僧は気が付いていないのだが、実はちょっとしたいたずらを記憶の悪魔に受けていた。
実は、ビビが偽パイの持ち主であるということを忘れさせられているのである。
ビビは年の割には胸の大きい少女に見えるが、別に胸はさほど大きくはない。
「やっぱり呪われてないじゃないですか。もう揉まれ損ですよ!」
「いや違うんだって。本当に呪われてるんだって俺。まあ、ともかくだ。
自己紹介をしておこうか。お前、俺の名前も知らないだろ?」
「いや呼びにくかったですよ。年上のお兄さんを小僧って呼ぶわけにもいかないですからね!」
「俺は先生の……まあ、息子ってことになるのかな……?」
「多分そうでしょうね」
「名はアベル。俺たちは兄弟はアベルとアクセル兄弟だったらしい」
「苗字は?」
「父の名はマクスウェルという名前らしいが……詳しいことは知らない」
「へえ。やっぱりああ見えて先生がおなかを痛めて産んだんですね」
「ちなみに先生の名前はイザベルというんだ。
アクセルという名前は親父のマクスウェルという名前に含まれている。
逆に俺のアベルという名は母親のイザベルという名前に含まれているからな」
「兄弟と争うことになるなんて……!」
「俺はそんなに真剣で切羽詰まったものじゃないよ。
特にやることもないので遺体探しを先生としているだけの男だ。
記憶をなくしてるからアクセルのことも知らない。双子の兄貴と言ったって知らない人だよ。
それでお前はどうなんだビビ。先生はあえて言ってなかったが俺でも気づいてたぜ?」
「えっ、何がですか」
「写真の男だ。一枚は新聞の切り抜きだったが、もう一人の男は家族写真の切り抜き風だったな。
そのもう一人の男、お前の父親か……でなければ、兄なんだろう?」
「どうして……?」
「殺してほしい男の笑顔の家族写真を持っているってなったら、お前自身が家族って線しかないだろ?」
「バレたらしょうがないですね。もう全部察しの通りですよ。
写真の男は僕の兄です。家族を殺され、兄弟で生きていたんです。
兄は家族だけでなく最愛の恋人をも殺されたショックで壊れたようで、復讐に取りつかれていたんです。
兄はお金は入れてくれるものの、家にほとんど帰らなくなったんですけど」
「ですけど?」
「そんなさなか僕は何故か女になる魔法をかけられてしまって。
僕は泣きながら家を飛び出して、家から少し離れたファミリーに身を寄せました」
「ふーん。お前の人生踏んだり蹴ったりだな!」
第一話冒頭、写真の伏線、ようやく回収。
ビビは家族を殺してほしがっている様子。