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第59話

「ねえ、アベル」


と魔女は片手でうなじあたりの髪に手櫛を入れながら、まるでまとわりつく潮風を払うように髪の間に指を滑らせて言った。


「どうした? というか俺の声ちゃんと聞こえてる?」


「聞こえてるから言ってるんでしょ。私の話、少し聞いてくれる?」


「なんだ。今からアクセルのところへ行くからって、別に死ぬわけじゃあないだろ」


「別に遺言のつもりとかじゃなくて。二人でゆっくり話が出来なかったでしょ。

私、案外こう見えて遠慮がちなのよ。他にあなたと話したい人もいっぱいいたことだし」


「ミリーに遠慮がちな印象は一度も抱いたことはなかったが」


「あら、ひどいわね」


「ゆっくりしている暇はないぞ。お互いにな」


「わかったわ。じゃあ要点だけ。もしもこの戦いが無事に終わったら、あなたどうする?」


「どうするったって、俺は戦いが終わっても生きていけるかどうかもわからない。

先のことは考えない。考えても怖くなるだけだ。今やるべきことの邪魔になるだけだ」


「……じゃあ、サラたちとは暮らしたくないの?」


「俺にその資格はない。たとえミリーたちが許してくれてもな」


「私はママ先生たちが一緒に暮らしていて欲しい。幸せになってほしい。

先のことを考えることは私は怖くないわ」


「遺言のつもりか、なんて言って悪かった」


「私はこれから帝都にサラを助け出しに行かなきゃいけないの。

死んでる暇なんかない。何度やり直しても、何度だって何度だって」


「小さい頃から変わらないなミリーは。周りがへこたれてても、一人だけ目に力がある」


「へこたれてるの?」


「いや。例えそうだとしても、そうだと言えるわけねーよ。

俺もしっかりしなきゃな。ミリーの望むことは、俺の望みでもある」


「じゃ、決まりね。そろそろ療養施設へお邪魔しようかしら。どんな顔して驚くのか早く見たい」


魔女ミリアムは前回ここへ来た時と同様に、この島に建造されたつての労働者たちの職場に踏み入った。

壁を切り裂き、室内へ。前回とは違って日中なので何の準備も必要なく、陽光の差し込む入り口から、奥へ進んでいく。

そしてどこにアクセルの休んでいる寝室があるかも彼女たちは承知しているため、その部屋へ続く地下道にたどり着くのに時間はかからなかった。


魔女もまた、その眼は人智を超えた存在を宿している。

普通の人間なら外からの光の一切入らない地下室は真っ暗過ぎて何も見えないはずだが、何の苦労もなく部屋の隅のベッドのアクセルを目で捉えていた。


「どうもこんにちは。あなたの求めていた"神々のリンゴ"のご到着でーす」


陰鬱極まりない闇のとばりが下りた悪魔の巣。そんな場所に、笑顔で弾んだ声が甲高く響いた。


「理屈に合わないことだ。何か用か二人とも?」


「理屈には合うだろアクセル。これがお前の求めていた神々のリンゴの力だ」


「なんだと、アベル?」


アベルは当然肺もノドもないので声が出せるわけもなく、何らかの魔術的波動が彼の霊魂とともに、アクセルに伝わっているようである。

まあ、実のところ詳しい理屈はどうだっていいのだが。

弟に聞き返しはしたアクセルだったが彼もバカではない。すぐに状況を飲み込んだ。


「神々のリンゴ……バカな。私は彼を、ビビアン・ヴァン・ダイクという少年を発見したのだ。

誰だその女は。何故、神々のリンゴについて知っている。大体この場所は――」


「察しの通りだアクセル。彼女や俺はビビの力でここへきた。

お前の負けなんだよアクセル。何をしようと運命は変わらない。

運命の選択権はお前にはない。あるのはビビだけだ」


「認めるものか。未来を変える力は誰にでも平等にある!」


これではどっちが悪役なのかわからないのだが、アクセルは少年漫画の熱血主人公のようなセリフを恥ずかしげもなく口にして見せたのだった。


「ないんだよそんなものっ。お前が両親を消そうとした力で、あの子は両親を救って見せた!

お前なんかに負けるはずがない。消えろ、邪魔をするな!」


「ということはお前たちは"二度目"なのだな。私は勝っていた。

勝っていたはずなのに!」


「確かにお前は強い。俺たちが束になっても多分戦って勝つことは出来ないだろう。

だがお前が勝つという真実は永遠に訪れない。真実がお前を否定したんだ!」


「こいつは潮時だな、アクセル」


「ほう、出るものが出てきたな」


暗い室内に、これ以上暗くなることがあり得るのかというほどに暗い雰囲気を纏っているまさに闇そのものの魔王。

悪魔の中の悪魔が虚空に姿を現し、それが何と、事実上の降参宣言をしたではないか。


「俺でさえ感知も予知も出来はしなかった。人の身で、本当に時を操るとはな。

こんなのは歴代の者でさえ一人も俺に見せてはくれなかったが」


「傲慢の悪魔、ね。そんなあなたが素直に負けを認めるとは」


と魔女ミリアムに毒づかれた悪魔は、軽く首を縦に振った。


「そうだな。やれやれ悪魔どもめ。奴らはアクセルに勝たれると困るってんで、みんなお前らに肩入れしてたんだ。

このゲームは俺の想像を上回ったお前たちと、それに賭けた連中の勝ちだ、人間どもよ。

結局俺は"創造主を超える被造物"を見ることは出来なかった。

その意味でも二重に俺の負けだ」


「……すまない」


その一言に、それを発したアクセル以外の全員が彼のほうへ注目した。

消え入りそうな声だったが、それは耳をつんざくような絶叫などよりも遥かに彼らに深い驚きと発見をもたらしていた。


「何がすまないなんだ?」


「私は約束を果たせなかった。まるで神のような力だ。

分かっていたはずだった。"神そのもの"に挑んでいたということは」


「俺にできなかったことがどうしてお前にできるんだ、人間め。

うぬぼれるなよ。最初からそんなことまるで期待はしていなかった」


「そうか、私は人間か。君から見たら」


「ちっぽけで愚かで矮小な存在。何も変わりはしないだろう。

ま、知ってると思うがこいつは余命残り僅かの死にかけだ。

まず年は越せまい。老衰と病気でな。そのうえ部下にもここは秘密だ。

誰にも顧みられず孤独にここで死ぬ」


「私は外道には当然の報いだと思うけどね」


「いちいちうるさい。私の身の上など今更どうだっていいことだ。

それよりアベル、その体はどうした。私に妹はいなかったと記憶しているが?」


「私は"神々のリンゴ"の力を持っているわ。彼はそこにしがみつく亡霊のようなものよ」


「死んだのか。バカな。私はお前を助け出そうと思って――」


「それはもう何回も聞いた。この"時間"にも俺は存在している。

お前さえ余計なことをしなければ、俺を救うことはまだ可能なはずだ」


「救われなかったお前はどうする?」


「案外、このままミリーと一緒に居るのもいいかもな」


「嫌に決まってるでしょ全く。いいことアクセル?

あなたは関知しているのか知らないけど、この海では明日にでも、巨大な軍事行動が起きるわ」


「……魔女の一撃作戦か。部下から伝え聞いている」


「私たちはあれを止めなきゃいけないのよ。ここでグズグズしてる時間なんかない。

もう用は済んだんじゃあないかしら。それじゃ行こうか」


「待て、話がある」


「何?」


何故か、アクセルの寝ているベッドのそばにもう一人アクセルが立っていた。

眼はうつろに開いていて生気がない。代わりに若く、身ぎれいな格好をしていた。

今でいう"スーツ"のようなパリッとした服、アクセルの象徴ともいえる紺色のネクタイ。

白いシャツ。それは若きアクセルそのものだった。


「私の能力は分身を創り出すことだ。まあ、時間を超えてきたのなら知っているのだろうな」


「とうの昔に知っているわ」


「お前に体をやる。体がないんだろう。大方、父にでも乗っ取られたか?」


「一つ聞かせろ。お前はどうしてその体に乗り換えない?

お前の体はもう保たない。お前なら魂をどうこうする魔法も出来るんじゃないか?」


「そんなまさか。私は霊魂など信じてはいない。が、まあ、そうだな。

お前がそうしてそこにいる以上、信じないわけにもいかないようだ。

私はこの体を離れられないし、仮にそうすることが出来たとしてもそのつもりはない。

私は私だ。誰の眼にも触れさせたくない、醜くて恥ずかしい姿だ。

それでも捨てるわけにはいかない。私は今ここにしかいないのだものな」


「俺は俺の好きにさせてもらう。相変わらず意見の合わない兄弟だなアクセル」


そう口にしたのはアクセルが用意した体に入った亡霊であることに驚いて、さっきまで宿主だった魔女は目をしばたたかせた。


「アベル、その体使うの?」


「俺の元の体は、あれでいい。

アクセルを倒すためにそうしたが、元々俺は父を蘇らせるためだけの存在だったんだからな。

この体は必要だ。姫様に話を聞いてもらうためにはな」


「なるほど、あのお姫様も私と同じように諦めろと説得するわけか?」


「それ以外にどうしろってんだ。時間がない。間に合わなければ、殺さなければならないだろう」


「まるでそれが出来るような口ぶりだが」


「必要ならやってやる。俺の手はもうとっくに汚れているからな。

それよりお前、ちゃんと諦めたんだろうな。またビビ達を狙ったら許さないからな」


「さっきルシフェルが言っていた通りだ。

私は自分の存在意義を見つけられないまま、目的を果たせず孤独に息絶えることになる。

この誰も来ない孤島でな。生きる最後の望みが絶たれてみると、存外落ち込んだ気分にはならないものだ」


「……ならいいが」


「お前と本当の兄弟のように過ごした数年間は、楽しかった。

最近はずっとあの時のことばかり考えていた」


「やめろバカヤロウ。二十年以上も前のこと。終わった話だ。

まあ、意外とすぐお前の同僚やるのにも慣れて楽しい日々だったのは認めるけどな。

何か一つ歯車が違えば……まあ、お前が歯車を狂わせなければ俺は生まれてすらいなかったんだが」


「最後に一つ頼みがある。因果の渦を操りし者よ」


だしぬけに自分の立場をわきまえないことを言ってきたアクセルに眉をひそめながらも、一応ここは魔女ミリアムも優しく対応してあげた。


「聞かせてもらいましょうか」


「全ての始まりは三百年以上も前。私が生まれるきっかけとなった悲劇だ。

それを止めてくれ。そうすれば私も産まれてはこなかった」


「なにっ」


「どうした、私という存在を壊すのだろう。生きていても、存在していてもしょうがない。

私も悪事を働いてきたことは自覚している。目的が果たせない以上、すべてをなかったことにしてくれ」


「だめだ。お前のせいでビビの両親は死んだ。だが、お前がいないと都合が悪いことも色々とあるんでな。

言ったろ。俺の手はもう汚れてる。だがビビにお前を殺させる真似はしたくない」


「わたしはそれほどの価値もない、ということか」


「よくわかってるな。もうどんな形であれお前を関わらせるわけにはいかない。

あの子の人生にはな。もう用は済んだか?」


「なら最後に一つ聞いてもいいか?」


「どうした?」


「確かに、彼の両親を殺したのは私だ。特に母親とは私も旧知の仲だった」


「……何故両親を救いに行かないのか、と言いたいのか?」


「さすがわが弟だ、話が早い」


「俺も本人じゃないからわからないが、お前にとっては都合の悪い話になるかもしれない。

結論から言うと、恐らく、神々のリンゴをもってしても因果の渦を無視することは出来ないらしい」


「それはつまり――」


「――お前の目論見は初めから無理だったっていうことだ、アクセル。

ビビが持つ力は"創造者を超える被造物"という矛盾を解決はしてくれない。出来るならやっているはずだ。

あいつは既に自分の親を救うという運命改変を行っている。それはもうどうやっても覆りがたいことのようだ」


地の文で説明するが、少年は先生の力で一時的に神々のリンゴと呼ばれる時間や因果を操る力を解放させ、自分の両親を救い、また片割れであるミリアムに引き寄せられて三十数年前の過去に行った。

ということ自体が仕組まれた運命であり、彼が生まれるために必ず必須の通るべき道しるべのようなものだったようである。

平たく言えば、彼は皮肉にも因果や運命、時間を操る能力を持っているのに、実際にはそれを変える力を持っていないのである。


つまり彼が親を救うのも運命だし、決定されたことだ。そして一度救った両親がアクセルに殺されるのも運命。

両親が死ななければ、彼は先生たちと出会うということがないので、先生と出会わなければ幼少期の両親を救えないという矛盾が発生する。

さて、その両親を殺したアクセルを彼が止めるのも運命。すべては決定されていることである、ということをアベルは言いたいのだ。

もっとも、確実なことは誰にも分らない事ではあるのだが。


ただ一つ確かなのは彼が生まれるまでに起こったことは、彼自身では変えることが出来ていないという事実だ。

具体的に例を示そう。

まず何度も言っているように"魔女イザベル"が"人狩り"を行い、魔力の高い、そして若い血を吸うために人を集めていた。

その中に彼の母とその兄が含まれており、これを時間を遡って彼が助けた。

第二に、彼自身が神々のリンゴの持ち主だと、過去の世界のアクセルと出会ったときにバレてしまったということ。

これにより、彼の存在がアクセルに関知されてしまった。

このことがアクセルが率いる死神騎士団によるおよそ三〇年前の、"セラの家"襲撃事件につながる。

アクセルはてっきり、ここにビビがいると思っていたのだがなんとビビは未来人なので見つかるはずもなかった。


余談だが、この時死神騎士団たちによって負傷した臨月のセルフィという占い師がいた。

と同時に、この時、母を失い悲嘆にくれ、母を再生させたアベルという男がいた。

母の再生は完璧であった。そしてその母はセルフィとお腹の子を救うことに成功した。

が、その方法は吸血鬼の眷属にするという身もふたもない方法であり、以後二人はその症状を抱え石化病患者として生きることになる。


「ふはは、私はまんまと踊らされたというわけか。その力ならば、運命すら超克できると思っていたのに」


そのようにアクセルに吹き込んだのはルシフェルなのであろうか。

ルシフェルは神々のリンゴについてすべての詳細を知っているのであろうか。

それらは完全に迷宮入り、最後まで闇の中のままである。


「俺はそんなことは知らないし興味もない。どうするかはあいつ本人の決断だ」


「決断だと。それもすべて運命で決まってるんだろう?」


「卑屈になるなよアクセル。もしお前がこのことをはじめから知っていれば、父を殺そうなんて考えなかったのかもな。

そうしたら今頃はもっと違う世界があったろう。だがそうはならなかった。

お前の失望も悲しみも、すべて織り込み済みで世界の運命は巡っていく。

予定通りにな。俺たちはこれから姫様を止めに行く。

もし止められたなら、それで助かった命は"助かる必要のある命"だったってことだろう」


「そろそろ加勢しに行く?」


「ああ。じゃあな兄弟。二度と会うことはないだろう」


話は当然ここで終わらない。瞬間移動の力を使える魔女はすぐさま対岸の町へと移動。

この町の城館には、この上ない賓客として皇族である第一皇子がこの一週間ほど前から滞在していたのであった。

その叔母である皇女はここに三日後来る予定とのこと。

話を円滑に進めるためそうした待ち時間はないものとして考えてもらいたい。

ビビ少年が自分の片割れであると理解した魔女にとって、彼の視界を共有することは造作もないこと。

彼のそばに瞬間移動してきた途端、彼のそばの驚く先生、およびアベルには構わずこういった。


「ここまでの経緯は見たでしょう」


「視界の共有で。恐らくアクセルはもう何も妙なことはしないはずだ」


「なにっ。なんで俺が美女と……!?」


「それは私が美女ではないという意味か?」


「いやそうではないが……!」


能天気なものである。この時のアベルは全く何も知らない。

自分が何者かも知らないし、過去の記憶もないし、これから何が起こるのかもわからないのである。

一方先生は、急に謎の金髪の女とともに現れた男の容姿が、アクセルそのものであることに困惑を隠せないでいる。


「あ、アクセルが何故ここに……遺体の反応はなかったはず」


「俺も不思議だ。ビビ、俺がここへ来た時、ここに俺やミリーは現れなかった。

つまりこうなることは全く予定されていなかったはずだ。そうじゃないか?」


アベルの言う通り、ビビの使う時間移動にはなぜか二種類が存在する。

一種類はビビ少年の両親を救出した時のように、彼が生まれる前からそうなることが決定していたパターン。

もう一つは現在のように、"彼が経験した歴史を書き換える"パターン。

二つの間の違いは先生が介入してるかしてないかだ。

今回の時間移動では少年が力を制御し始めてからのもので、以前の物は先生の力によるところが大きかった。

先ほどアクセルとの会話でアベルがこのように言っていた。


「助かる命は、最初から助かるべき命なのだろう」


と。


少年は何か達観したかのような様子で答えた。


「今が"現在"。これより未来は存在していない。

今が最前線なんだ。さあ、皇女様。状況は説明しなくても飲み込めてきたはずだ」


「あれは魔女ミリアム……何故アクセル、いや先生と行動を?」


「私たちは旧知の間柄なのよ、邪悪なるお姫様。

アベル、説得は任せたわ。私はあまり口が上手い方じゃないから」


「俺だって上手くねーよ。まあ、その、あれだ」


魔女の方から皇女のほうへ向き直ったアベルは改まった態度でこう言った。


「姫様、俺たちはもうすべて知ってる。艦隊がこの町の軍港に停泊していること。

それを動かす海軍元帥が、軍事行動を行い、人々を虐殺すること。

それを姫様がけしかけたこと。何もかも、すべて知っているんだ」


「な……なるほど。この眼で見るまでは信じられませんでしたが、"時を超える"、それを可能にしたと言うことですね。

それしか考えられません。何という絶大な力でしょうか」


「モードレッド、だったか。奴はアクセルの部下で姫様の二重スパイだ。

そしてもう一つ大事なことも知っている。俺の娘が帝都にいるんだって?」


「人質としては確かに有用ね。その副作用は、同じくらい大きいと思うけど」


「おいおい、時を超えただって。それじゃあ、お前は俺なのか?」


「いちいち確認するなバカ」


「お兄さん自分自身には辛辣ですね」


「俺たちの望みはわかるよな姫様。計画は露見して破綻した。

大勢の人が死ぬような計画を見過ごすわけにはいかん。

俺は姫様にとって、優しくて甘い先生でありたい。先生じゃなくなったとしてもな。

計画の中止を元帥に知らせろ」


「ですが私はあなたに自由になってほしくて……!」


「俺はもう自由だ。少し二人になりたい。部外者の俺が失礼してもいい場所はあるか?」


「どうなってやがる……!?」


何も知らない男が頭を抱えている中、皇女は首を縦に振って、城館の手入れされた庭の奥の開け放たれた扉を手で示した。


「はい、ではあちらへ。今日は客人が何人来ても不問にせよと言ってあるので、心配はございません」


「そうか。では失礼して。二人はシンファミリーとかいうやつらを壊滅する任務があるらしいな。

勝手にしてくれ。話はそれほど長くならないはずだ」


「そうなることを願おう。じゃがこちらも聞きたいことは山ほどあるのでな」


「約束は出来ないぜ先生。ミリーも悪いが姫様と二人で話したい」


「私も一言、その人に言ってやりたい気もするけどここはあなたが適任だと思うわ」


「すまん」


困惑する二人を残して、皇女と時を超えてやってきた男は城館の庭から奥の客間へと続く廊下へ消えていった。

ややあって二人はその客間に到着。侍女らしき若く、相当に美人な女性が茶と菓子をテーブルにもってきた。

こちらの世界で言うパーラーメイドというやつで、特に接客を任せられる使用人は、容姿のよい女性が選ばれやすいのはどこの世界も一緒のことだ。

そして汚れ仕事をしない、接客専門の容姿のよい使用人を雇う余裕がある家がごく限られた存在であるのもどこの世界も一緒である。

招かれざる客人はお菓子にもお茶にも興味を示さず、硬い表情で手を組んで深くソファに腰かけて体を沈み込ませた。

そのまま皇女の顔を見つめて、しばらく無言を続けた。何かの作戦であろうか。


自分に話があったはずなのに、顔を見るばかりで話しかけてこない相手に当然皇女はまばたきの回数を増やし、軽く汗をかきだした。

何を考えているのか、アベルは皇女をひとしきり困らせたのに満足してか口を開いた。


「何から言い出すべきか、迷っていた。まあ、結論から言えば俺はアクセルを無力化することには成功した」


「なんですって」


「時を超える力をもつ仲間のおかげでな。正直驚いている。

前同じことをやった時は"初めから因果を捻じ曲げる"ことが決定されていたからな」


「……よくわかりませんが、つまり懸念点はもうあと一つだけということですか」


「いや二つだ。一つは姫様に、軍事行動を止めてもらうこと」


「もう一つは?」


「俺には娘がいる。姫様が預かっているんだろ?」


「は、はい」


その娘は実は先生が死ぬことによってのみ、人間へと戻ることが出来ていたのである。

だがこの世界線においては、先生は死んでおらず、従って娘は人間には戻れない。

彼女は赤ん坊のまま三十年以上もいきており、この状態をなんらかの方法で解除しなくてはならない。

それはつまりほぼ永遠に近い命を人間並みの寿命に戻す、娘に死を与えるということに他ならないわけである。

だがそこに逡巡はなかった。してはならないとアベルは考えていた、と言ったほうが正しいであろうか。


「単刀直入に頼みたいことがある。俺をまた帝都の宮廷に戻してくれないか」


「お嬢さんのため、ですよねそれは。私を怒らないのですか?」


「"未来でやるかもしれないこと"のために怒ったりはしない。

それを止めにやってきたんだからな。その顔を見ればわかるぞ姫様。

もう例の作戦を行う必要は何もない。止めるのを手伝ってくれるよな?」


「はい。私の合図なくしては作戦は開始されません、先生。

ですがプリンツ・オイゲン海軍元帥も何の意味もなく軍艦を何隻も動かしたのではいいわけが立ちません。

既に海兵たちには偽の情報が伝達されているはずですし」


「皇子が不穏分子にやられた、との話だな。まあ船に乗ってる海兵に陸で何があったか確かめようもないことだしな」


「彼はやる気です。しかも指揮官の元帥は現在帝都。兵たちは完全に攻撃準備を完了してあります」


「となると、現場の提督の判断次第で作戦は断行されうるわけだな」


そもそもの話、軍艦と兵隊が軍港にやってきている時点ですでに街には多少の緊張が走っているのだ。

分離独立派だって当然存在している。

緊張状態にある勢力同士で兵を構えていれば、どんな偶発的な要素であっても衝突に発展しかねない。


「やはり、やるしかないか。皇子殿下を殺すことで軍に混乱が走り、行動は起こされないはずだ」


「なっ、そんなのはだめです!」


「多くの民のためには多少の犠牲は致し方ない。そういうもんだろ、国というものは。

その犠牲になるのが皇族だったらダメなのか?」


「先生、本気で言っているんですか。私の知ってる先生はそんなことを言う方ではありませんでした」


「身内をかばうのはわかる。じゃあ姫様、あんたが犠牲になるのか?

姫様が死んだなら軍事行動どころじゃないはずだ」


皇女はそれを聞くやいなや、胸をはり、そこに自分の手のひらを当てて男の眼をまっすぐ見据えてこう答えたのだった。


「わかりました。私の命を取ることで、満足してもらえるのであれば」


「なにっ?」


もちろん、アベルとしては言ってみただけである。

全く皇女の命を取るつもりなどあるわけもない。


「おいおい、話聞いてなかったのかよお姫様。

俺は帝都の宮廷に行きたいし、そのためには姫様の助力が要る。

何より俺は姫様を愛してる。そんなことするわけないだろ?」


「えっ……?」


鳩が豆鉄砲を食らったような表情で硬直した皇女にアベルは続ける。


「姫様の陰謀、策略、裏切り、奸計。"前の世界"で全部知ってても、やっぱりだめだ。

俺はそれでも姫様にとって優しい先生でありたい。

安心してくれ、その点に関しては一応考えがある。そのためにここに来た部分もある」


「そのため?」


「モードレッド。姫様の部下でアクセルのところへ二重スパイとしてもぐりこんでいるとかいないとか。

そいつの魔法は人間の容姿を操作することだ。違うか?」


「モードレッドに会いたいのですね。わかりました。

先生の予測通り、モードとは常に連絡を取り合っていますからここに居れば必ず会えるはずです」


「了解した。ところで姫様、こいつをどう思う?」


「えっ」


アベル達が囲んでいるテーブルの下に、突如として人間の遺体のようなものが出現した。

そして驚くべきことに、その顔はアベルそっくりなのである。

あるいはアクセルそっくりともいえるのかもしれないが。


「こ、これは一体どういうことです?」


「不思議な感覚だ。俺も気が付いたのはさっきのことだったんだがな。

俺はアクセルの"分身を作る能力"を会得してしまった。

こいつをモードの力で皇子の姿に整形する。

そうすれば皇子が死んだと騒ぎになる。無論、本物の皇子の方は隠す。

そうだな、男のままだとアレだから女の子にでもしようか」


「なっ!」


「リアクションはその辺にしておけ、姫様。時間は限られている。

モードをここに連れて来て。大丈夫だ。奴のことは何から何まで知っているつもりだからな


「未来をご存じなんでしたよね。ええと、未来というとどのくらい未来から来られたんです?」


「二日後だ。たった二日で色々なことが起こり過ぎて、俺も色々知りすぎた。

知らないほうがよかったことも、少しはあったのかもな。

俺は未来を知っている以上、姫様のやったことの後始末をしなくちゃならない。

先生を途中でやめてしまった俺に出来る償いだ」


「私は何をすれば?」


「姫様が姫様であることを利用して今回の計画は進められてきたわけだろう?

なら止めるためにはその反対をすればいいんじゃないか.

姫様はモードを連れて来てくれ。皇子にも協力をお願いしたい。それから――」


「あのさぁ、そろそろいいかしら?」


「なにっ!」


神出鬼没。仮に予想できたとしても、回避することは不可能なのがミリアムの登場である。

何しろ彼女は空間を自在に操ることが可能なのだから。

魔女ミリアムは眉間に深くしわを刻み、頬の肉皮を歪ませて苦虫を嚙み潰したような顔をして登場。

彼女が何者か分かっていない皇女はあっけにとられて部屋の入り口をポカンと見つめている。

そして、何者が現れたかはわからないが、とにかく今からろくなことにはならないことは皇女にもわかった。


「さっきから聞いてればいい加減にしなさいよアベル先生」


「なんだ藪から棒に。そんな怒らなくてもいいだろ?」


「これが怒らないでいられるわけないでしょう。

ねえお姫様。結局のところ彼がここまで下手に出ているのも娘を人質に取られているからなのよ」


「いやっ、私は別にそんな、人質に取っているつもりは――」


「まあどっちでもいいけど。もういい加減甘い顔をするのはやめた方が良いわ。

結局は皇女が女の子だから甘い顔しているだけなんでしょ?」


「なにっ!?」


「先生はそんな方じゃありません!」


「死神騎士団。確かにかつてはティナたちも所属していたけど、今となっては敵でしかないわ。

あ、そうそう。すでに帝都からサラは取り返してきたわよ?」


「おいっ、勝手に話を進めるな。俺は姫様と協力して軍事作戦を――」


魔女は鞘に納められた刀剣の重心付近を握り、柄をアベルの鼻先につきつけて、威嚇するようにその眼を見据えた。

そして一呼吸置いてからこういった。


「これが何か知ってるでしょう。もちろん持ち主は殺してきたわ」


「それは……ビスマルクの。よくも私の部下を!」


「そんな貴族の名前は知らないわ。それと訂正しておくとこれはニコの剣。

数百年前、あなた達死神騎士団に殺された男の、呪いの剣よ」


「ヤバいっ、ミリーから目を離すとこうなるのか……!」


もはや後には引けない。そして、進むしかないということをアベルは悟らざるを得なかった。

皇女と話し合いで軍事行動を納めさせるなどということが、どうあがいても無理だということも。

先ほどミリーは二人で話させてくれと言った時、二つ返事で軽く了承していたが、それはこういう腹積もりがあったからだ。

アベルが何を考えていようと、全く関係なく自分の思ったことを行う。何の迷いも躊躇もなく。

ミリアムは子供の時からそういう度を越して勇敢で冷静で果断な、英雄的性格だということを失念していた自分に怒りを覚えても後の祭り、と空しさだけが残るアベルは、何の反論も出来なかった。


「もうあとには引けない。最初から、こうしていればよかったんだ。

どうするのアベル。ビビ君に頼んでまた時を戻してもらう?」


「ぐっ……!」


神々のリンゴと呼ばれる力の持ち主なのはミリアムも同じだが、彼女だけでは時を超えることはできない。

が、どうやらビビだけでもそれは無理であるらしい。

それをわかっていてミリアムは言ったのだから、端的に言えばいい性格をしている。


締めにはいるので久々に読み返したら初期セルフィのキャラが別人すぎて爆笑しました。

そういえば"ぶっきらぼうな口調のミステリアスな女性キャラ"というのが"先生"と被ってるのでキャラを路線変更させた記憶が蘇ってきた。

けど、知り合いだとばれないようにキャラ作ってるという設定だった気も。一昨年のことなので忘れた

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