第53話 白い島
「えっ、ティナから託された子ってことなの!?」
別に大して重要なことでもないのでさらっと流しておくが、ビビ少年の家はなぜか代々Vが頭文字に来る名前を子供につけている。
ビビアン少年もそうだしバージル、やその母ティナことヴァレンティナもそうだ。
重ねて言うが別に名前はどうだってかまわないのであくまでも余談として記述しておく。
「まあそうなるな。あの子の両親はアクセルによって殺されたらしい」
「そんな……!」
「だからミリー、これは至急の要件なんだ。それよりも、サラのことを優先してしまった俺を軽蔑するか?」
「決められないわよそんなこと。同じ立場なら私だって……でもごめんなさい」
「やはり、ビビのところへ飛ぶには"マーキング"がないか」
ミリアムは行ったことがない所へ瞬間移動することも一応できなくはない。
彼女には"第三の目"があり、これを使うことで目標地の安全を確認したうえで瞬間移動することが可能だ。
だが、そもそもどこにいるかもわからないし、一応セルフィの占いはあてにしてもいいくらい正確だが、それでもあてずっぽうで瞬間移動は出来ない。
空間を飛んで壁にめり込んだりすると、即死確定だ。アベルや皇女は割と不死身なので平気だが他のものはそうではないので、あてずっぽうは却下。
となると何かの目印をビビが持っていなくてはならないわけだ。
「ねえ、ビビ君は何か親の形見みたいなのを持ってはいなかったの?」
「そんな話は聞いていないが……クソ、あいつの故郷は隣町なんだ。
何か手掛かりがあったかもしれないが焼けちまってそれどころじゃない!」
ちなみにこちらの町でも、ビビの私物があったかもしれないシン・ファミリーの邸宅があったのだがこれは上級魔術師同士の戦場になってしまっていて、建物ごと破壊されている。
「ふーむ、八方ふさがりって感じね。それじゃあ私の出番じゃないかしら」
「占いだと大雑把すぎるとミリアムさんが言ってましたが……?」
「いや、力になってくれると言うならお言葉に甘えよう。
セルフィとビビもまんざら無関係の間柄じゃないんだろ?」
「まあティナの息子だというなら。でも本当にあの子がアクセルに……?
とても信じられないわ。何かの間違いということは?」
「いや、俺も詳しくはないが。
姫様、ビビの親はヴァレンティナ……ヴァン・ダイク家だと言ったのは姫様たちだ。
結局それは確かなんだろうな?」
「ええ」
「信用できないわ」
「しっ、ミリーうるさいわよ。もうすぐ結果出るから!」
「はいはい」
さっきのいざこざをまた繰り返すのは全員本意ではない。
ミリアムはママ先生にけん制されてすぐに指弾を引っ込めた。
占い師セルフィは何やら懐からくじを取り出し、引いたようである。
その結果の読み方は彼女以外この場の誰もわからない。
しばし、固唾をのんでこの占いを一同で見守り、占い師の年の割に高い少女のような声が静寂を破った。
「出たわ。手掛かりは意外とすぐ近くに存在する、とのことよ」
「なにっ!」
「いや、そんなあやふやな」
「占いは人の行動の指針を決めるもの。そのくらいざっくりしているのが普通ということですか……?」
「アベル、何か心当たりはあるかしら?」
「手掛かりは近くに。何かの暗号か……?」
「よく思い出してみて。それとも記憶の悪魔にでも聞いてみる?」
「いや、待てよ。もしかしてあれか……?」
「あれって、どれよ」
と聞かれてアベルは眉間に深くしわをよせて顔をしかめながら答えた。
「自信はないんだが……もしかしてあのことを言っているのかもしれないな。
今の今まですっかり忘れてたんだが」
アベルは懐から小瓶を取り出した。激しい戦いでよく破損しなかったものである。
「これはまさか血液なの?」
「ビビのな。ミリー、ビビの血があれば本人を追跡することは可能なのか?」
「多分出来るんじゃないかしら。もう少しそのビビ君について情報を教えてくれればもっと精度が上がるかも」
「ええっ。俺はあいつのことそんなに知ってるわけじゃないぞ。
たしか、神々のリンゴとかいう特別な力を持っているって話だ」
「神々のリンゴ……そんなものが本当に存在していたとはね」
「存在してないほうがよかったがな。そのせいであの子の親は殺された」
「アクセル様はその力を人工的に作ろうとしていましたが、とうとう出来なかったようです」
「む……?」
ミリアムのやることである。余人には彼女に対し協力できることはなくすべてを任せっきりにするほかない。
恐らくは魔法を使って視界を確保しているのだろう。その視界で座標を判別するのだ。
ややあってから、ミリアムは自分のせいでみんなの会話を切って静まり返らせてし待ったことを申し訳なさそうにしながらこう言った。
「あのね、ママ先生の言った言葉、案外当たらずとも遠からずかもしれないわ。
実はここから割とすぐ近くの場所に、彼がいるかもしれないのよ」
「ビビか……モードレッドを探している時に採血した時は使うことなどないと思ってたんだがな」
「ああ、血液を売ってる魔法屋を当たったのね。あそこの店でしょ。冴えないオヤジがやってる」
「そうだったな。それでミリー、居場所というのは?」
「あそこ」
と言ってミリーが指さした先には真っ暗な海が広がっている。
人間の根源的な恐怖を呼び覚ますような漆黒の海にはわずかな月明かりのみが反射していて、コーヒーに入れたミルクのようだ。
「海にいるってことはないだろう。あの子は利用価値があるわけだし殺して海に捨てるような真似は――」
「まさか、あそこのことですか?」
「ご存じなんですか、皇女殿下?」
「まあ、私もそう事情通じゃないんだけど」
といいつつも、事情通でなければ知りえないような情報をミリアムは解説してくれた。
「この辺は豊かな漁場でしょう。最新研究では深海の海流が海面まで上がってくる"寒流"地域なの」
これを湧昇流といい、現実世界の地球でも稀ではあるが起きる場所がいくつかあるという。
高校の勉強をちゃんとしていた人なら湧昇流というキーワードも習った記憶があるだる。
ヨーロッパは偏西風と暖流の影響のため、緯度が高いわりに暖かい気候であると言う風にも習ったはずだ。
今お話の舞台となっている地域はその逆で、比較的緯度が低い地域にある割には寒流が流れていて気温が低いようだ。
気温が低いといっても南国なので、別に極端に暑くも寒くもない過ごしやすい気候だ。
「なんだ、急に理科か地理の授業か。これでも俺は先生だったからな。理解してみせるぜ」
「アベルにはそこまで期待してないわ」
「相変わらず毒舌だなミリー」
「話の腰を折らないでね。この港町から少し沖のほうに、サンゴ礁が隆起した岩場とも島ともつかない微妙な土地があるのよ。
そこは海鳥が豊かな漁場に住む魚を食べて落としたフンが堆積しているの。いわゆるグアノ鉱床」
念のため言っておくが、これはこの作品独自の設定ではなく実際に地球に存在するものだ。
海鳥のフンは栄養がたっぷり含まれていて、それが積み重なるとやがて岩のようになる。
これをグアノといい、インカ帝国の言葉でそのまま「フン」を意味する言葉が語源のようだ、と筆者が得られる情報源には書かれているというだけなので念のため学校などで言いふらさないで欲しい。
「で、そのグアノ鉱床がどうだというんだ?」
「数十年前のことよ。この町の沖にグアノ鉱床をもった島があることがわかった。
グアノは畑にまくとすごく栄養があって土を回復させてくれる、魔法のような肥料だったの。
もちろんめちゃくちゃお高いわ」
「言われてみれば、畑ではヒトや家畜のフンを肥料にするって聞くなぁ」
「そうやって命はめぐっているってことよ。逆にフンが土へ帰らなければ、そこに栄養が保たれたままになるというわけ。
この海が豊かな漁場なのも、深海には海の生き物のフンや屍骸が降り積もって、その栄養豊富な"海の土"が海流に乗って巻き上げられてくるからよ」
「その島にビビ……と、アクセルがいるんじゃないかということか。しかしどうしてまた?」
「それはわからないけど、間違いなくこの血の持ち主と同じ魔力がその方向から探知できるわ。
話を続けるわ。そのグアノ鉱床があるとわかったこの町はその当時、帝国とは別のある小国だったの」
「……ウンコのためにこの町は帝国に攻め込まれたって言うのか?」
「その通り。皇女や海軍元帥が艦砲射撃による街への攻撃を断行したのもそれと無関係じゃないわ。
資源のために攻め込まれた征服地。生かすも殺すも帝国貴族の思うがままってわけ」
「ひでえ話だ。となるとその島は宝島というわけだ。警備も厳重なはず……!」
「それが、占領後数十年も経ったこともあって、あらかた掘りつくされちゃったらしいのよ。
つまりその島は廃墟ってこと。アクセルのようなお尋ね者がアジトを建設していたとしても全くおかしくはないわね」
「その孤島へ会いに行けというわけか。いいだろう。
あいつめ、相当な準備をしていたようだなモード」
「だからなんで私に話を振るのよっ。あなた私のこと好きなの?」
「お前は姫様のスパイだった。と同時にアクセルにとって、自分の掌握している二重スパイだと思っていたわけだ」
「私は裏切ったつもりはないけどね」
「……が、どうやらアクセルは今回の作戦をすでに見越していたようだな。
この沖にアジトがあるって話だが、本当であれば軍艦のせいで海へ出ることは不可能だ。
正直驚いている。アクセルはビスマルクから次元を切り裂く剣を奪うことすら計算していたのか……?」
あまりキャラクターに説明台詞をしゃべらせすぎても問題なので、地の文で説明しよう。
二重スパイだったはずのモードだが実は三重スパイで彼女の心には魔女イザベルのために、という想いしかなかった。
ややこしいのが、魔女イザベルというのは魔女が恐れられた結果生まれた魔女の悪魔の方である。
さて、そんなモードが死神騎士団に潜入してアクセルに情報を流す役目を与えられていたようだが、彼女は皇女とも個人的に姉妹のような親交がある。
アクセルとも別に深い関係性はない。そのためろくすっぽ情報は与えていなかったはずだが、アクセルは皇女の計画の隅々までよく知っているようだった。
従って、スパイとして自分が掌握していると考えているモードのことを信用はしているものの、念のため別の情報源も用意してあったと考えなければ不自然だと言うことだ。
そうでなければ魔女の一撃作戦に際し、アジトを孤島に用意し、ご丁寧に軍艦のせいでほかの誰も寄ってこられないように仕組むことは無理であろう。
アクセルは無敵に近い力を持っているが、父の心臓で生かされている弟だけは殺すことが運命的に不可能だ。
現実に、父や母を殺した人間も当然いるがそれとは違う問題である。
彼は父である悪魔を殺そうとしているのだが、父こと孤独の悪魔を祓うと存在ごと消滅させてしまう。
悪魔は人間でいう死を経験しない。死ぬことがあるとすればこの"祓う"という行為でのみであるが、それをしてしまうとパラドックスが発生するので、不可能なようにこの世界は作られている。
その無理を通そうというのが、神の力である"神々のリンゴ"を持つ少年ビビくんを拉致した理由であることはこれまでに説明してきたとおりだ。
それを邪魔されないために孤島のアジトにやってきた。その孤島には入ってこられないように都合よく艦隊が海で待機しているのである。
もっとも、アクセルの予見とは裏腹に海を経由せずにアベル達は孤島へ乗り込むことが可能なのだが。
「案外そうでもないかもよ。彼を押し上げる運命が都合のいい状況を作ってくれたのかも」
「だが奴の計算違いはミリーがいるということだ。
お願いだ、俺たちを奴のところへ連れて行ってくれ!」
「私もお願いします。何かの役には立てるはずです」
「そのためにママ先生に呼ばれてきた。わざわざこんな夜中にね。
私が力になるわ。でも約束してよ。その思い詰めた顔を見ればわかるわ。
アクセルと刺し違える。そんな風に考えてるんでしょ?」
「俺が命を捨てたぐらいで刺し違えられたならいいけどな」
「正直、娘が帝都にいると知ってても、アクセルと戦いに行く前に会わないと言い出すんじゃないかって思ってたわ」
「ああ。そうしようと思ってたはずなんだがな」
このときミリアムはアベルの顔を見て、自分は杞憂をしていたことに気が付いて口元が大きく緩んだ。
彼の表情はかつてセラの家にいた時と同じ、いやそれ以上に優しく、そして堅牢な意志に貫かれていることが一目でわかったからだ。
彼は続ける。
「今の俺は相当強いと思う。まあ、単純に気分の問題なんだけどな。
守るべきものや大切な物なんて、要らないと思っていた。先生は不滅だから。不滅の先生以外によりどころは必要ないと」
一応、人当たりはそれなりによい男であるように心がけてきたがアベルはこの二十年以上もの間、深い人との付き合いは避けるようにしていた。
失うのが怖いからだ。どんなに記憶をなくしても失う恐怖は体が覚えていて、何より自分がすでにたくさんの物をなくしていることを記憶ではないが、何らかの根拠でもって確信していたからだ。
「必ず戻ってくる。あんな寂しい野郎に負けるわけにはいかない。いや、負けるはずがない」
「すっかり父親ね。でもまあ、あのアクセル様を倒せるとしたらあなたしかいないわね!」
「やれやれ。それじゃモードとか言ったかしら。あなた、母乳が出るんだって?」
「出るわよ」
「だからうちの娘に変なもの与えるのはやめろ」
「あなたとママ先生はここで待機していて。サラを見ている人が必要だから」
「了解。すっかり頼もしくなったわねミリー」
「私も成り行き上、戦わなきゃいけないわよね。相手はあのアクセルだけど、そこはアベルに任せるわ」
「もちろんだ。帰る時ミリーが無事じゃないと俺たちは孤島で飢え死にだからな」
「それで皇女様。あなたには特に指示はない。足を引っ張らないようにね」
「頑張ります」
「二人とも、準備はいいわね。作戦はこうよ。まずアベルと皇女様がアクセルの気を引くわ。
私はその隙にビビ君を連れて、追ってこられない場所へ逃げる。いくらアクセルとはいえ、両方をケアすることは難しいはずよ」
「だといいが」
「あとは二人でアクセルを何とかして。彼は化け物よ。
それに彼はとうの昔に孤独の悪魔を倒しているわ。
アベルの切り札は多分それなんでしょうけど、すでにアクセルが倒した奴を切り札に使うの?」
「俺にはこれしかないんでな。バカ息子のことは親父に説教してもらおう」
「ですが先生はそれを使えば……!」
「戻れないかもしれないが、元に戻れるかもしれない。一か八か、行ってみてのお楽しみだぜ」
「しばらく会わないうちに若返ったみたいね」
「俺は二十代だぞ」
「ああ、そうだったっけ。とにかく現地のこともロクにわからないし、アクセルのこともビビ君のことも、情報は不足している。
アベルの言う通り出たとこ勝負。一か八かの大博打。私は乗ったわ。
乗り掛かった舟だもの。生半可な覚悟じゃないでしょうね?」
「私は覚悟できています」
「あらそう。じゃあみっつ数える。三!」
ミリアムが指を三本立てた。そして一本を折った。
「二!」
「一!」
次の瞬間、日付が変わるか変わらないかという深夜の港町から三人の男女が姿を消した。
残された二人と赤ちゃん一人に出来ることと言えば、祈ることぐらいだった。
この世界の人々にとって神とはルシフェルと同一だ。彼は世界の創造主であり、すべては彼の思うがまま。
彼の気まぐれで人間など種族ごとひとたまりもなく消されてしまう。
そのルシフェルが、あろうことかアクセルに肩入れをしているのである。
先ほどミリアムの言ったアクセルを押し上げようとする運命が都合のいい状況を作っているという話もあながち全く間違いというわけではない。
それでも祈ることしかできない。この町の人々は何も知らず戦火に怯え、震えて眠る。
その戦火があることすらも知らないほとんどのこの国の民は安らかにベッドで眠っている。
今から始まる最後の戦いに、アクセルが勝利することを恐らくは願っている神に、事のいきさつを知る女たちはそれでも祈るしかなかった。
ミリアムがあらかた説明してくれたように、彼女らが瞬間移動を行った先は港町から船で数時間沖に出たところにある海鳥が集まる孤島だ。
とはいえ、過去数十年間も人間が肥料の原料となる鉱石の採掘作業に汗水をたらし、腹が減ると銃で鳥を撃って食料にしていたくらいである。
海鳥はこの辺にほとんど寄り付かなくなっていてただの大きな岩場といった風情だ。
ただところどころに、非常に暗くて星と月明かりぐらいしかないながらも人工物の姿は見える。
「暗くて何が何だか」
と異口同音に皇女とミリアムが言って同じように懐から取り出した杖の先を懐中電灯のように光らせ出した。
岩場には生き物の姿は全くと言っていいほどなく、せいぜいちょっと海藻がちぎれたものが引っかかっているくらいだ。
打ち寄せる波と引っかかった海藻のせいで非常に滑りやすく、ゴム長靴でも履いてくればよかったのだがそんなもの用意している時間はないし、そもそも時間帯的に店は閉まっていた。
歩くだけでも悪戦苦闘。だが突如として歩きやすい道が現れた。人間がかつてここで採掘作業をしていた時にそのような足場では事故のもとで、非効率で不経済だということでインフラが敷設されていたのだ。
わざわざアスファルトで舗装してあるが、この時代まだアスファルトで舗装された地面は珍しい。
皇女でさえ実際に見るのは初めてだったようだ。
「おおっ、うわさに聞く舗装路面ですね」
「こんなデコボコのところじゃあ仕事にならないもんな。よく作ったもんだ」
「まあ、そういう工事をしたから鳥がいなくなっちゃったみたいなんだけど。
いや、そんなことより見て。あの建物は何かしら?」
「アクセルの建てたアジトってことはないだろうが」
ミリアムが示したのは目の前にある古びた建物だ。古びた建物、としか言いようがない。あるいは廃墟か。
廃墟と言わないのはそこに人がいる可能性がまだあるためである。人と言ってもアクセルは人ではない。人間がいるとしたらビビだけだ。
だいたい高さが十メートルくらいで二階建てだ。土地が限られてるので出来るだけ高層ビルを建てて詰め込みたかったのだろうが、あまり高層のものを建てるには地盤強度、資材を運ぶコストもろもろの問題が出たのだろう。
質素で雨風はかろうじてしのげる程度の薄いコンクリート製の外壁にガラス窓がハマっていて、ほとんどのガラスはまだ破れてないが、破壊されている窓は修繕もされていない。
つまり全壊するのは時間の問題ということだ。
もちろん灰色の壁にも塗装はされておらず、何の遊び心もない無骨な建物だ。
女性が沢山働いている場ならもっとおしゃれにしたのだろうが、残念ながら港町から連れてきた海の男や酒飲みの荒くれ者、あるいは外国から安い労働力として受け入れた移民ばかり、いずれも男しかいなかっただろう。
そんな閉鎖空間に少数の女性がいても面倒ごとの種になるので、おそらく男しかいなかったはずだと思われる。
「それを改造して使っている可能性はあるわ。突入しましょう」
「入口は?」
「なければ作る」
ミリアムの魔法の真に恐ろしい所は瞬間移動できることではない。空間の断裂を用いて普通は切断できないものも切断出来てしまうことである。
言うまでもなく空間の断裂と瞬間移動を組み合されたらもっと厄介だ。人間相手ならオーバーキル、そこまでしなくても死ぬ。
だが相手がアクセルの場合、逆に体のどこを切断しようとどうせ死なない。ミリアム自身も自分を戦力に数えるのは勘弁してほしかった。
それはともかくミリアムはコンクリート製の外壁に指で線を引いたかと思うと、その線に沿ってコンクリートにひびが入った。
ブロックのタワーから一本ずつ部品を抜いて遊ぶゲームのように、細長い棒状のコンクリートの塊が地響きを立てて建物内に崩れ落ちた。
灰色の外壁の一部が黒く塗装されたようにアベルには見えたが、よく見たら細長い穴が開いたのである。これを通れと言うことらしい。
「さあ、ついてきて。ビビ君の気配を感じるわ」
「そういえばミリー、昔、ビビに会ったことがあっただろう?」
「ええ。まだ幼かった頃のことよね。今でもはっきり覚えてる」
「不思議だよなぁ……先生は過去の記憶を俺たちに見せるだけのつもりだった。
それが何故か過去を改変してしまってさぁ」
「正直驚いているわ。まさかティナの息子だっただなんてね。
もっとも、確かめようのないことだけど。その可能性がほんの少しでもあるのなら私には戦う理由がある」
「ああ。俺は……謝らなきゃいけない。俺はあいつに謝らないといけないことがあるんだ。
アクセルのことなんて、俺はどうだって構わない。俺はそのために来たんだ」
「謝らなきゃいけないこと?」
「あいつは何も悪くないのに俺は……俺はビビを殺そうとした。
アクセルはビビを使って両親を、創造者を殺さねばならないと言っていた。
だから、その前にビビを始末すればいいと思ったんだ」
「あらあら、それは酷い理不尽ね。"先生"を守ろうとしたのはわかるけど。
本当、先生のことになるとすぐカッとなるんだから。なら何が何でもあの子を助けないとね」
「ああ。ミリー、ビビの血液の反応は感じるか?」
「ええ。すぐそこに。多分この建物の一階ね。二階は結構傷んでるみたいだし」
「確かにな。大体こういう時、アクセルは突然現れて――」
「――こんな風に余裕をこいて話しかけてくる、か?」
「なにっ!」
「きゃあっ!」
皇女はともかく、それなりに修羅場の場数を踏んで魔女とまで恐れられているミリアムまでもがこの状況で、少女のような金切り声を上げたことは可哀そうだから触れないでおいてあげよう。
真夜中の廃墟探索。突如後ろから男の声が。腰を抜かすほど驚いて当然である。
一同が鳥肌を立てながら振り返ると噂をしていたアクセルではなく、そこには一人の男がいた。
存在するだけで圧倒的な圧力を否応なしに周囲へと振りまく厄介者にしてこの世で唯一の本物の悪魔。ルシフェルその人だった。
「なんだ。アクセルの大願が成就しようとしているわけだ。お前がその邪魔を排除しようというわけか?」
「バカか。違う、俺はそんな用で出張ってきたりはしない。お前らと同じだよ、わからないか?
俺は"運命"を見極めねばならん。手出しは禁物。あっ、言っておくがアクセルにはもう気取られているぞ、お前たち」
「そんなことはわかってるよ。要するに静観しようって事なんだろ。じゃあ放っておいてくれ。
決着はすぐにつく。少なくともお前の人生に比べれば一瞬でな」




