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第50話 あいつはあいつは

「あっ、例の昔結婚していたという……?」


「船ならそれほど時間はかからないが、今は海に出ることはまず不可能だ。

艦隊がいるからな。徒歩で行くしかない。丸一日歩き通しにはなると思うが」


「行軍訓練は行っています。しかし、大丈夫でしょうか?

アクセル様にはもうこれ以上時間を与えたら取り返しのつかないことになるような気がしますが」


「それはそうだが……ビビを連れ去ったあの男、モードはよく知ってるんだろ?」


「それはまあ……と言ってもそれほど深い付き合いではないけど」


「ちょっとしたことでも構わない、教えてくれ」


「わかったわ。彼は爆弾の申し子よ。ある邦領の領主の息子だったらしい」


この国には皇帝と邦領と呼ばれる無数に細切れになった小領地の領主がいる。

遥か大昔の話ではあるが、モードもそんな地方のちょっとした領主と奴隷の間の子だったらしい。

領主は子をたくさん作らないと跡継ぎが途絶える危険があるため、領主の子が多いのは別に変なことではない。

ただしモードレッドとは違い、爆弾男は嫡男ではないにしても、正妻の子で何不自由なく裕福な暮らしをしていたとのことである。


「それで、彼は父から買い与えられた実験室を所有してた。

そこで薬品実験で爆薬を開発するなどしていたらしいんだけど、十年ほど前にアクセル様と出会ったの。

死神騎士団を抜けて"神々のリンゴ"を本格的に探し始めた頃のことね。

彼の危険な好奇心と、意外なほどの魔法の才能を買われてグリモアを与えられたの」


もう忘れたかと思うのでもう一度説明しておこう。

この世界には、悪魔と呼ばれる存在が無数にいる。

しかし実際のところ魔王、あるいは悪魔の中の悪魔と呼ばれるこの世界の創造主ルシフェルのみが真に悪魔、あるいは堕天使と呼べる存在である。

それ以外の〇〇の悪魔と呼ばれるものはすべて彼が作った"システム"によって生み出されているに過ぎない存在だ。


この世の魔力はすべて創造主ルシフェルに由来しているのだが、その魔力は人々の負の感情によって波のように形を変化させる。

川から海へと水が注いでいても、決して海の水かさが増えるわけではないのと同じで、総量は変わっていないが波のような変化だけが常に起こっている。

"それ"に名前と形を与えるのがルシフェルであり、彼らの存在を担保しているのがグリモアという魔導書のように見える魔力の塊なのだ。


グリモアには悪魔に関する情報がすべて入っていて、悪魔自身はほかの悪魔のものであっても自分のものであってもグリモアに触れることが出来ない。

彼らはこれを人間に守ってもらう必要がある。悪魔はその代わり契約した人間に力を貸すのである。

契約者のみ、グリモアを使うことで悪魔を祓うことが出来る。

そうすると、司る概念ごと悪魔は消えてしまう。蜘蛛の悪魔がもし祓われたとするなら蜘蛛という概念が世界から消えてしまうと言った具合だ。


アクセルは人間の上位存在である悪魔相手でも、グリモアを必要とせず真っ向勝負で殺せるだけの力を持っている。

そしてすべての悪しき概念を司る悪魔を消し去り、この世を幸福で満たしたいと考えているようだ。

彼自身が幸福になりたいのではない。この世界には幸福と不幸があり、そしてそれは"観測"そして"感覚"を必要とする。

逆に言えば観測と感覚なくして、幸福も不幸もないわけだが、生物はこの世界に対する唯一の"観測者"であり"感覚者"である。

だから、生き物のためにこの世界は存在している。その生物が幸せでなければ、世界は存在するに値しないのだという話だ。


話が大きすぎて中々素直に飲み込める話ではないが、大きすぎる話に見合うだけの大きすぎる力をアクセルは備えている。

ついでに言えば、アクセルは父と母を殺そうとしたのだが、"運命"に阻まれてこれを断念した。

だが、"父の遺体"は封印し、母の遺体も封印していた。ところがさっきの戦いでアクセルは、そのどちらも復活させてしまった。


理由としてはただの気まぐれにすぎない。しいて言えば弟を両親から解放してあげたかったから、であろうか。

本人にも本当のところはわからないことである。

とにかく、モードの話を聞いてみよう。


「それは爆弾の悪魔のグリモアだった。近年めきめきと力をつけ始めている新進気鋭の悪魔。

その伸長に彼が一役買っていることは間違いなさそうね。

性格はシャイというか、暗いと言うか、まあ明るくはなかったんだけど」


「まあ、だろうな。そんな感じの見た目だ。研究室で薬品を作るのが好きなんだってな」


「ええ。でも彼はアクセル様の部下になってみて私が見た限りでは唯一、一人だけ興味を示したの」


「……アクセルの娘か」


「ええ。さっき死んでしまったみたいだけど。あの子は死ぬ運命だった。

そうならなければならなかった。何としても救おうとした。その気持ちは今ならわかる気がするわね」


「ビビを連れ去った場所に心当たりはあるか。恐らく、アクセルは奴を追尾しているはずだからな」


「あのー、そういえば遺体はどうなんですか。確か、遺体の反応があるのでは」


「それがさっきからどこにも反応がない。ビビが持っているはずだと思っていたんだがな。

いや、どうだったっけか。もう忘れたな。他に色々大変なことがあったから」


「それなら私が回収しておいたぞ」


「なにっ!?」


なんとアベルの体の中から幽霊のようにニュッと出てきた悪魔は、謎の枯れ木のような指を一同に見せた。

何故そのようなことをしたのか、と全員で突っ込みたいところではあるが、それは先読みしている魔女の悪魔。

キチンと責任通りに説明義務を果たしてくれた。


「孤独の悪魔の遺体が必要だったんじゃろう。このような破片でも最後の一片じゃからな」


「やれやれ。そいつをビビが持っててくれたら追尾しやすかったんだがな」


「まあそう言うな。アクセルと戦うにはこれが必要じゃとさっき言っていたではないか」


「それはそうだが。俺が完全に死んでいないのはそれが理由か?」


「不満そうじゃな」


「あなたに自由になってほしかった。幼い日の私にとって、自由なあなたは憧れでした」


腕で目を隠し、モードの膝の上で天を仰いでいる皇女。

アベルは何を思ったか、これには何も答えない。彼女は続ける。


「その腕一本で宮廷に仕官して。まるで翼が生えているように私には見えていたんです。

だから、あなたは自由でいなくてはならないんです。私の代わりに」


「姫様、今日あんたの作戦で何千人が死んだのかわからないが、安心しろよ。

誰にも裁かれることはないだろうし、俺もそんなことをいちいち気にしている場合じゃないからな」


全く会話は噛みあっていない。相手には会話をする気もないと言うことを皇女は悟ったのだった。

アベルは先生だったころの優しさを与えてあげる余裕などなく、色のない表情で話を続ける。


「なんだったっけか。最後に話していたのは。そう、ビビはもう遺体を持っていないんだったな。

で、爆弾男の話を聞いていたところだったか。残念ながら追跡の役に立つ情報はなさそうだったな」


「ごめんなさい。私も組まされただけでそれほど知らないのよ」


実のところこうやって休みながら話している時間もないのである。

この一行のやるべきことは一刻も早くここを離れ、アクセルたちの行方を追うこと。

そしてそのためにはまず占い師セルフィの力を借りる必要があるはずなのだが、何故、動かないのか。

それは地の文でさらっと流し気味に話したのでそれほど印象には残っていないかもしれないが、坂の多い街を炎にまかれながら砲撃を浴びつつ数時間かけて一行は突破し、やっとの思いでこの農村部にまでたどり着いたのだ。

アベルはむろん平気だが、ほかの二人は体力的に厳しいと言うことを知っているから彼は何も言わずに忠犬みたいな健気さで待機しているのだ。


「いや、いい。どのみち隣町へ歩いていくつもりだったからな。

さて、俺はそろそろ休憩もしたし、旅を続けるとしようか。

占い師がまだあの街に居てくれるといいんだが」


「占い師……話には聞いたことがあります。彼女の能力は確かなのですか?」


「ああ。未来が見えるのかと思うほどにな。

まあ、さすがにセルフィが"神々のリンゴ"の持ち主ってことはないだろう。

同じ時代に二人もその目を持つ者が出るとは、過去の文献にもないことだ」


三人は顔を見合わせた。今言ったアベルの言葉が引っかかったのである。

しばし緊張感のある沈黙が辺りを包み、仕方なく率先して、モードが沈黙を破った。


「三十年ほど前、アクセル様たちがかつて魔女の支配地域だったあのあたりの町を襲撃したことは私も知ってるわ。

その時は知らなかったけどアベルの家族が死にかけたんだったわね」


「ああ。言っておくが、セルフィはその前から占いの能力があった。

もっとも、あれは魔法でやってたのか単なるまじないの一種だったのかは今となっては……?」


「その時にあなたの娘が生まれたって話は聞いてるわ。問題はそこよ。

一応聞くけどその娘っていうのは、セルフィって人が妊娠して産んだ子なのよね?

もちろん父親はあなたのはずだ……と思うけど」


「い、いや。それは間違いないことだ。

何を疑っているのか知らないが、ビビは俺やセルフィと血のつながりはないぞ、間違いなく!」


「そうよね。年齢が合わないわ。確か彼の両親は今生きていれば四十過ぎぐらいかしら?」


「二十二年前に二十歳前後でしたから。ビビ君は十二歳か十三歳ぐらいだったかと」


「……いや、そんなはずはないだろう」


そう、そんなはずはないのである。だが、十三年前のセルフィについてはアベルも皇女も何も知らないのである。

一同が何を考えているのかというとこうである。三十数年前、セルフィはアベルとの子供を産んだが、石化病にかかったようだ。

それを現在は帝都に安置している。この赤ん坊は三十数年経ってもまだ子供のままなのだそうだ。

石化病とは言うが実際は吸血鬼の血を引く女に命を助けられたのだが、それと引き換えに彼女らは母子ともに吸血鬼になってしまって寿命が延びてしまったのだ。


そこに関しては疑いはない事実であると考えられた。

問題は、万が一セルフィが神々のリンゴを持っていたとすると、同じものを持っているビビ少年がその実の息子なのではないだろうかという話である。

彼女の特別な力が受け継がれたのではないか。そう考えても決して不自然なことではない。

少なくとも現状、セルフィという人物について何か確かなことを言えるメンバーがこの中にいない以上、疑いを否定する根拠はなかった。

彼女が面倒を見ていた子供が成長した後に、自分の息子を預けたとしても別に何の不都合もない。


ただ、もしセルフィがビビを産んでいたとしても別にそれはどうということでもないだろう。

大して重要なことではないはずであるが、三人はそれが気になって仕方がなくなっていた。


「うーむ。しかしここで議論していても仕方のないことですね。

ご本人に会いに行くわけですし。迷惑はかけません先生。

私もついていきます。あなたの言う通り、私は裁かれることはないでしょう」


「中々の黒幕っぷりだったぜ、皇女殿下。演技力も大したものだった」


「帝都に安置してあるあなたのお嬢さんですが――」


「やめてくれ。俺はもう帝都へは行けない。行ってる時間はないだろう?

そもそもセルフィに会いに行ってからビビを助けに行くのが間に合うかすらわからない」


「間に合わなかったら世界はどうなってしまうのでしょうか……?」


「アクセルが何をしようとしているかなんて、俺は別にどうでもいい。

ただあのガキを助けないとな。あの野郎、全く」


アベルは悪態をつきながらもどこか寂しそうな目をして空に浮かぶ赤く焼けた雲を見つめながら続ける。


「謝らないとな。殺そうとしたことも、なんかこう……とにかく色々だ。

いずれにせよ先生を助けるにしてもビビを助けるにしても、アクセルのいる場所に俺も行かないと」


「ふむ……何か忘れているような……?」


「どうした姫様?」


「あ、いえ。この状況……こう、喉元のすぐそこまで上がってきているのですが。

ただ、何を思い出せないのかが思い出せないんです。思い出せさえすれば……!」


「まあいい、時間はたっぷりある。嫌というぐらいな。そろそろ行くか」


何を思い出せないのかも思い出せないまま悶々とする皇女は釈然としないながらも、部下のモードと一緒に、荷物も何もないまま歩き出したアベルの背中を追って歩いていく。

一応、多少は整備されて草木の生えていない街道くらいなら存在している。

荷馬車や様々なものが行きかうので自然と均された、山道の中においては唯一まともに歩くことが出来る道だ。

むろん、その道は蛇行をしながら徐々に高度を下げていく作りになっている。

そうでなければ急峻すぎて道として使えないからである。


この道をひたすら歩くと平地。平地に降りてくるとそこからは大体二十二から三キロメートルほどの比較的平坦な目的地までの道のりである。

人間の徒歩が一時間に三から四キロメートルぐらいと言われている。

この三人は荷物を一切持っていない身軽な状態であるので、高低差を考慮しなければおおよそ夕方になり始めた現時刻から六、または七時間ほどで例の町へ入れることだろう。

そこから城館まで歩いて二時間ぐらい、占い師は運が良ければそこから数時間以内に見つかるだろうが、時間帯的に占い師は当然宿をとっているはずだ。

宿を片っ端から探すのは現実的ではないので三人も一泊し、朝になってから占い師を探す作業に戻らなければならない。

そのぐらいのことは三人とも分かっているので水の補給すら予定にないほどの強行軍で、今からだと完全に夜が更けてからようやく町へ到着する、ということは承知で歩みを進めていく。


「ふーむ。もう今すぐ思い出せそうなのに。おっかしいなあ」


皇女がかぶりを振りながら唸っている。

普通こういう人が居ても無視したくなるのが人情というものだがモードレッドは優しいので道すがら相手をしてあげた。


「姫様、そういう時は悩んでも大体思い出せないことが多いですよ」


「そうだぜ。そもそも何を思い出そうとしてるんだ姫様。

ものか、場所か、それとも知ってる人か?」


「いや、多分人だったと思うんですが」


「この状況だと魔術師なんじゃないか。魔術師だったら俺と姫様の共通の知人かもしれないな。

あるいはモードの死神騎士団の同僚とか?」


「私に振らないでよもう。でもこの状況で思い出して役に立つ人っているかしらね?

ビスマルク君はつくづく惜しかったわね」


「そいつでないことは確かだろうな。この状況で役に立つ魔術師……か。

うーん。そういわれると俺も何かこう、心に引っかかるものがあるような気がするなぁ」


「私はないけど。ねえ、それってやっぱり二人の共通の知人なの?」


「さあなぁ……?」


などと中身のない会話をしながら暮れゆく太陽の侘しくなるような弱弱しい光線を浴び、一行は前進しているのか疑いたくなるほどなかなか進捗しない、長い道程を闇雲に進んでいく。

その模様は大幅にカットしよう。山道を歩きだしてから数時間。一切休憩を入れずに一行は進み、もはや夜も更け、気温も低くなってきた。

野宿できるような気温ではない。そもそも皇女様が旅の道連れに居る時点で野宿などという選択肢は問題外だ。

街灯などはかなり発展した都市部なら一応設置されだしている時代ではあるが、こんな田舎にはそのようなインフラは存在していない。

むろん真っ暗闇なので三人は、夕方のうちに木の枝を集めては松明代わりにしようと画策したのだがこれは失敗。


木の枝はいくらでもそこら辺からとれるが意外とあっという間に燃え尽きてしまい、松明のように長時間使えるものではない。

三人は魔術師なので仕方なく魔力を使って進んでいく。

夜中の田舎道でも昼間のように明るいなか、自然と会話もしなくなり、黙々と進んでいく三人。

やがて町へ到着した時も内心は当然嬉しいし飛び上がりたいほどではあったが三人ともそのような元気はなかったのである。


街は海兵が隣町で動員されているとは思えないほどに静かである。いや、兵士が動員されているから静かなのかもしれないが。

普通であれば盛り場には明かりと酒盛りの騒がしい声が聞こえてきてもおかしくはない。

が、戒厳令下というわけでもないのに町は静まり返っていた。自粛ムードなのだろう。

隣町は同じ民族のかつての重要港湾都市であり軍港でもある。

これが帝国軍によって破壊されているのだから息をひそめて大人しくしているほかあるまい。


かつては街に張り巡らされた城壁には城門があり、ここに兵士の詰め所があって砲台なども設置されていたものだが、それも昔の話。

帝国は現在表立って戦争中ではないので軍事費は削減されており、今回プリンツ・オイゲン海軍元帥が行ったのも久々の軍事作戦だ。

傭兵団同士で代理戦争的な形での突発的な紛争は起こっているものの、帝国の軍はここ数年戦争は行っていない。

街で仕事をする兵士は極めて少数で、見張りもいない。

関所や町の入口の門などで通行料を昔はとっていたが、現在では物流や経済を円滑にしたい皇帝の施策によりそういったものは撤廃されている。


要は夜中に旅人が急に現れて街に入ってきても全くお咎めなしで誰も気には留めないというわけだ。

一行が疲労困憊になりながら町へ入ってきたときである。

意外なことに、古代の帝国時代からある街道に接続した城門には彼らを出迎える者がいたのだ。


「なんだか久しぶりに会った気がするなぁ。セルフィ」

今の今まで忘れてたあいつ…

むろん再登場させる予定で出していました。

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