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第39話 自由落下

「話は終わりだ。皇女殿下から仰せつかったご命令は、貴様の身柄を生死不問で確保することだ」


「ガキにしてはよく考えたな。こいつが攻撃で、お前は俺の魔法を無効化し、防御というわけか。

順序が変わった。まずお前からやる。名前を聞いておこうか」


小僧は何を思ったか、新参者の男の顔を指さしたではないか。

この男、顔や身なりからしていかにも上級の貴族。

失礼な態度をとる下郎に名乗る名前は持ち合わせていない、とでも言うのかと思ったら意外とそうでもなかったようである。


「フリードリヒ・フォン・ビスマルク。死神騎士団の副長だ」


「そうか、じゃあ死ね。お前を殺せば先生が喜ぶ」


「魔女を喜ばすわけにはいかん。少年、援護を頼むぞ」


「はい!」


孤立無援だ。そのような言葉が、小僧の頭の中で数度反響した。。

ビビは味方を得た。自分の知らない間に、ほんの一瞬の間にだ。

それに比して自分は、先生は別行動、知らない間にできていた娘はどこにいるか知らず、兄弟も知らない。

それなりにいい関係を築けていると思っていたビビとは命がけで敵対し、手練れの魔術師二人を一気に相手どらなければならない。


「ほんとに、何もいいことがない。あの親父の子として産まれて。

まあ先生がいるからバランスはとれてるんだけどな」


「相変わらず母親が大好きなのね。マザコン男はもてないわよ」


「なんでお前がここにる!?」


あたかも二人の味方かのような顔をしてビビ達の後ろから現れたのはモードレッドと呼ばれる元男の女であった。

こいつは、アクセルの率いているカルト教団の一員であるはずである。

つまり、死神騎士団の人間とは当然のことながら不俱戴天の仇。


「どういうことだ……あり得ないことだ」


「ゴメンなさいね。私、死神騎士団なの。

いい男を殺すのは惜しいけど生死にかかわらずあなたを倒せとの命令でね」


「なんてヤロウだ。しかしお前が来たところで――」


「私に戦闘能力がない、と言いたいのであればそれは違うと言っておくわ」


「ああ、そうかよ」


小僧は心底面倒臭そうにつぶやいたあと視線を落とし、大きく息を吐いてからこう言った。


「大した奴らだ。もう俺にコレ以上隠している手はない、カンバン品切れって奴だ」


「ブラフか……?」


「この人に限ってあり得ないということはあり得ないです。気を付けて!」


確かに、ビビの言うことには一理あった。小僧は自分の胸に手を当て、まるで何か、ダイヤルを回すかのようなしぐさを見せ、こうつぶやいた。


「トップギアだ」


「ギアだと?」


「まずい!」


ビビには未来が見えている。その時間は数秒ほどに過ぎないが、精度は寸分の狂いもない。

彼には見えてしまっていた。自分と前にいる二人が吹き飛ばされるのを。

何が起こるかはわかっている。準備もする。だが、自分で見えた未来が変えられないこともビビにはわかっていた。


「来るっ、衝撃に備えて!」


「私はお前が防げると――」


「顔も見たくねぇ」


それから起こったことは、これからこの町で起こる惨劇によって塗りつぶされ、もはや誰も記憶にとどめていない。

目撃した人はほとんどがのちに死んでしまったからである。

港町の、建物が密集しているせいで昼なお薄暗い路地で戦っていた四人。

残り三人に向けて、小僧は"引力"をお見舞いしたのである。


正確には彼らの立っている半径十メートルほどの範囲に半球状の"力場"を発生させた。

そこに莫大な引力が発生。つまり、簡単に言えば重力が発生したのだ。

まず初めに、石畳に亀裂が入った。

反応する術もなく、気が付いた時には全員が割れた石畳に頭を音速に近い速さで風を切りながら打ち付け、皮膚が饅頭の皮のようにあっけなく裂け、顔面の骨が粉砕骨折。

一瞬で意識を昏倒させて、そこに周囲のレンガや石造りの家が無数の部品に分かれながら殺到したのだった。


ビビは未来が読めても魔法においては小僧の出力には及ぶことがなかった。

この引力に対抗できるだけの斥力を用意できなかったということだ。


「やれやれ」


瓦礫による埃が舞う凄惨な現場で一人たたずむ男は悲しそうに足元の山を見つめていた。


「あれだけ殺すと言っておいて……これじゃお前の死体を見たくなかったみたいじゃないか、ビビ」


埃が立つのを、やむのを待たずに、小僧は斥力を使い、この瓦礫を粉々に吹き飛ばした。

しかし、もともとあった、がれきとは色の違う地面の石畳が見えてきたとき、そこにあるはずの死体がないことを彼は発見する。


「取り逃がしたか。情けない。こんなことで安心してんじゃねえよ、俺」


小僧は自分の胸を撫で下ろした。その瞬間、周囲に放たれていた正体不明の威圧的な空気がぴたりと止んだ。

トップギアが、平常時へ戻ったのである。もう察しがついていると思うが、小僧にはある特殊な能力がある。

それは自分の体内に取り込んだ"遺体"の封印を解き、これを自らの力とすること。すでに、半身が悪魔である。


そこから逃げおおせたビビ、ビスマルク、そしてモードの三人は、何故か街を一望する比較的高い位置にある建物の屋上にいた。

ビビはそれから下を見渡して、この辺りを統括する城館、つまり、最初に皇女殿下を訪ねたあの建物であるということに気が付いた。

というのも、これは未来である。数瞬後、ビビの見た未来通りに一同は城館の屋上に投げ出された。

次の瞬間にはもうビビは立ち上がり、冷静に状況の把握に努めていた。


「なるほど。ここは総督の城館というわけですか」


「そうだ。緊急時のためここに避難した」


「一応未来が見えたんで死ぬことはないってわかってましたけど、やっぱりビビりました」


「正直でいいわね。私も死ぬかと思ったわ」


「奴の気配を感じた。あれは並みの悪魔よりも強い……我々三人だけでは到底勝つことなど無理だ」


「……あるいは団長も私たちには、勝てないと確信しての"生死不明で捕えろ"との命令を出したのかもね?」


「なんだと、モードレッド。では団長の狙いは何だと言うのだ?」


「さあね。でも団長が一番あの男の実力を知っているのは確かよ。

一番近くで何年も生活していたらしいわ」


「ふむ……私はまだその時産まれていないから知らないな。

だが命令は絶対だ。私はもう一度現場へ向かうとしよう。

少年、お前もついてくるか。私はどちらでも構わんが」


「もちろん。その剣の力で逃げられたんですよね?」


「ああ。次元を切り裂く刀剣だ」


この刀剣は日本刀に似ていたが、この世界に日本は存在しないので、見た目は微妙に異なっている。

刀身の片方にだけ刃がついているという構造は同じだが、日本刀のように峰の部分が柔らかく、刃にはより硬い鋼を用いる、といった複雑な芸術作品ではない。

すべて一枚の鉄板を圧延し、研ぎ澄ました構造である。

その構造の差異があるため、この刀剣は峰がまっすぐの直刀だ。

日本刀のように美しく湾曲したデザインではないし、刃に紋様も現れてはいない。

ごく一般的な、コストを抑えて大量生産された"武器"でしかない。

これに、どういう理屈であるかは不明だが持ち主であった男の魔法が三百年以上経過した今でも染みついている。

そのいわれをビビはもちろん知らないままである。


「しかし……いう通り僕らだけでは勝てません。どうするつもりですか?」


「団長殿と合流する。全く団長は何をしているんだ。四対一で倒す手はずではなかったのか!?」


「確かに、打ち合わせではあの場には必ず来ていたはずですが……?」


「何か手違いがあったのだろう。行くぞ少年。

モードは置いていくが、いいな?」


「待って、私も連れて行って!」


「足手まといだ。お前の戦闘能力は微々たるものだからな」


「待って、用事があるの。ここから向こうへはもう軍艦で海上封鎖されてるから今からいけないのよ!」


「やれやれ。お前には向こうのスパイという任務があったんだったな。

もっとも、どちらの陣営が先にお前を送り込んだかは知らないが」


モードレッドと言えば裏切り者の名前である。

それはビスマルクたちの住む世界においても半ば常識的なことであった。

チクリと嫌味を言ったビスマルク。ハッキリ言って人間としてはいい奴の部類に入れない男である。


「連れてってくれるの、くれないの?」


「ついてこい。少年もな」


他の死神騎士団メンバーの行方はさておき、三人は先ほどいた隣町アルメリアへと瞬間移動したわけだが、彼らの上司はどうかというと――


「――お前の死体を見たくなかったみたいじゃないか、ビビ」


と寂しそうに呟いた男の後ろからヌッと顔を出して、男の顔を覗き込んでいた。


「おっと、びっくりした。ヒメ様、もう女の格好に戻っちまってるがいいのか?」


皇女殿下は人目を忍ぶ立場なので男になっているのだと言っていたのに、さっきとは逆である。

何故、男の格好であることを早速やめているのかについて本人からの説明はなかった。


「フフフ。実は本人にも言ってないのですが私は彼女の魔法をコピーしているのです」


「全く、女優だな。ビビの魔法を解いてやった時の演技にはすっかり騙されたぜ」


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