第38話 地雷
「しかしビビ君ですか。私も驚きました。まさかあの人の子だったとは」
「……はい?」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ姫様。一体何を言っているのじゃ?
話を聞く限り、ビビは兄によってこの騒動に巻き込まれた子供に過ぎないはず……」
「おっと、これはビビ君本人にも言っていない事なので私の口からはちょっと」
「そこまで言っておいて生殺しかよっ、いったい何を知ってるんだ姫様!」
「いやその、ビビ君がですねぇ、今あそこで戦ってるんですがどう思います?」
皇女殿下が指で指示した先には、この町のよくある一般的な住宅街の奥に炎上して煙を上げている屋敷があった。
さっきから聞こえていた爆音がそこから鳴り響いていること、そして"アクセルの組織"から"シンファミリー"の援護に来ていた"爆弾を操る男"の出している音であること。
それらはすべて先生と小僧たちの頭の中でつながり、一つの火花となって閃いていた。
「なにっ。それじゃあ、あそこには……!」
「女と爆弾男……でしたか。彼らが援護に来たようですね」
「あの女装野郎もか。先生、急ぐぞっ」
「いわれなくてもそのつもりじゃ。奴らに遺体をどうこうされては困る……!」
知り合いとの雑談などしている場合ではないし、ビビの親が何なのか、と言ったことを聞いている時間も当然なかった。
ほんの少し、時間にして十秒ほど走ればもうそこは燃える屋敷の目の前だった。
無関係と思しき使用人が焼け出されてほうほうのていで逃げ出している中、何とつい昨日までは弱小魔術師に過ぎなかったビビが一丁前に戦っているではないか。
「いやぁ成長したなあいつも。成長しすぎなんだが」
相手はもちろん、爆弾を扱う男。名前はボマーと言っているが偽名だろう。
この男は悪魔と契約して力を使わせてもらっている、一握りの上級魔術師だ。
魔術師全体の上位一パーセントには入ってくるだろう。
それと戦えている根拠となるのがビビの目にあることは再三説明したとおりである。
未来すら見える眼で攻撃をかわしているのだ。
身体能力は並みだが、彼には爆弾男のよこす攻撃などすべて止まって見えていることだろう。
その目で後ろを振り返り、知り合いを発見したビビ。なんと、ここで爆弾男も動きを止めた。
ただでさえ子供の相手に、ふいうちは出来ず正々堂々の勝負でもしようというのだろうか。
「しばらく見ないうちにやるようになったな。借り物の力で……なあ、少年?」
「遅いですよ。抵抗は続いてます。仕事なんでしょ!」
「お前には関係ないはずだが……なんでアクセルの部下と闘ってやがるんだ全く」
「三対一はさすがにきつい。退かせてもらおう」
などと爆弾男が言ったのに対し小僧はなんと仲のいい友達のように手で制した。
「いやいや待てまて。そう焦るんじゃあない。俺は別にお前に興味はない。
だが、そこのガキに関しては殺そうと思ってる」
「お前、何を言っているんだ……?」
「なにっ。おい小僧何を言っておるのじゃっ。私が殺されかけたことなら別に気にすることはないじゃろ」
ビビとの衝突の一部始終を見ていた先生はもちろん部外者である爆弾男も、あまりの意味不明な発言には困惑しきりである。
たかだかまだ子供の少年に、しかも知らない間柄でもない二人が殺すとまで言うほどの何かがあったとは、先生にも全く思えなかった。
「先生は黙ってろ。俺は……殺されかけたことにはまあ、文句はないさ。
殺してるんだ、殺されもするさ。だがそれをやったのがビビ……お前が俺から借りた力でってところが気に入らない」
「何を……お前本当に大丈夫か?」
普段、先生は小僧に対し、愛情を確かめる試し行動を行うことは往々にしてあった。
しかしビビに殺されてみてどれほど小僧が怒るかを試したわけでは決してない。
そのような発想は毛頭なく、まして彼の力で先生が殺されたことで余計に激高している、などは考えの埒外だった。
先生も爆弾男もあまりのことに棒立ちで口を半開きにし、ポカンとしている。
「もちろんわざとですよ。怒らせようと思って。そうじゃないと本気でやってくれないでしょ?」
「大したもんだ。お前の企みは完全に成功している。というわけだ爆弾男。
俺はこいつの相手をする。お前は仕事がある……利害は一致してると思うが?」
「了解した。会わなきゃならない相手がいる」
そう言って走り出した爆弾男の会いたい人というのが一緒に来ていた仲間の、元男で今は女のモードレッドであるということはほかの三人にも明らかなことだった。
彼の背中を見送った小僧は手のひらに握りこぶしを押し付けて、関節から破裂音を鳴らし始めた。
「どんなふうに殺そうか?」
「小僧、私は……!」
先生のほうを振り返ってみると小僧はある意外な事実を発見して瞠目せざるを得なかった。
振り返ったその先にいる先生は今にも泣きだしそうな顔をしているのに、手で覆い隠しているその下の口は笑っているのである。
くっ、くっと言いながら背中をその都度弾ませ、笑っているとも泣いているともつかない様子でいる。
あるいは、両方であろうか。
「どうした、止めようっていうなら無駄だ」
「違うのじゃ。私は……私は嬉しいのか……?
お前がニコのようなことを言うのが。それとも……?」
「悪かったな」
とだけ言ってから振り返り、ビビの顔を指さして小僧は言った。
「その首を折ると決めた。血の投与がまだ効果あるうちにやってやるよ。
そうじゃないと色々不公平だもんな」
「ちょっと待つのじゃ小僧。やっぱりやめろ。ビビを殺してはならん!」
「悪いな先生。俺はそのための大義名分を得てしまっているんでね」
「なにっ!?」
小僧は、もう一度ビビの顔を指でさし直して、落ち着いた様子の低い声で解説する。
「こいつはアクセルの計画に必要な存在らしい。世界の運命すら捻じ曲げられるとかだったな」
「それは……!」
そのことは失念していた先生。何も反論を返すことは出来なかった。小僧は続ける。
「とんだ拾い物をしたもんだ。最初にした約束は守れなくて悪いな、ビビ……そして死んでくれ」
パン。小僧お得意の手のひらを打ち付ける技がジャブ代わりに放たれた。
そして、普通であればこれを食らっただけでほぼ終わりである。
耳から侵入する音速の魔法。空気を伝わる振動を防ぐことなど、よほどのことがなければ防ぎようはない。
予測も、回避も、防御も極めて困難。ただし殺傷性は低い、というのが小僧のこの能力を気に入っている部分だった。
だが、よほどのことというのが、もしもビビにあったとしたら?
余裕の表情を浮かべていた小僧の顔がビビの手を見て険しくなり、眉間に山と谷が刻まれた。
「お前……冗談だろ。そんなことまで出来るのか」
「このくらいはできないと、ケンカを売ったりしないでしょ?」
ビビが返した余裕の笑顔にはわけがあった。彼の手のひら同士は密着しており、拍手を打ったあとだったのだ。
そう、未来を見てビビは手を打つ音波攻撃が来るのを知ったうえで、波形レベルで同じものを発生させた。
これにより空気中で二つの同時発生した波は打ち消し合い、ただの拍手の音しか往来に響くことがなかった。
完全なる、メタ。相手の強みとなる"音による攻撃"、これをビビは対策して完封して見せたのである。
「恐るべき天賦の才じゃな……魔力を波形レベルまで操るなんてまるで姫様のようじゃ」
「皇女殿下も同じことができるのか先生。
俺の天敵は多いな。じゃあこれは?」
小僧が使った引力によるビビへの引き寄せも、同じだけの斥力を発生させることにより、ビビは相殺してみせた。
お互い、一歩も動いてはいない。しかし確かに、ここでは人類の歴史上でも指折りの高度で繊細な激闘が繰り広げられていた。
「なるほど。お前もそれを使えるようになったか?」
「未来を見えるようになったのはさっきなんですよ。この力もさっき身につけました」
「そうか、よかったな。俺はもうお前に大した興味もない。
今久々に俺はやる気って奴を出しているんでね」
「何か興味のあることでも?」
「ああ。今の俺は相当強いと思う。お前を倒したその先を見ているからな」
「その先……いや、未来はまだ見えない」
「まだお前には言わない。俺もお前も、ここで止まるわけには行かないのは同じってことだ。
久々にいい気分だ。戦いってあまり好きじゃないんだけどな。
というわけだ先生、今回は止めてくれるなよ?」
「私はセラと同じでな」
「なんだって?」
先生は複雑な感情がないまぜになった胸の内から、その顔へどのような表情を出力したものかもう正解がわからなくなっている。
盲目的にただ直観に従い、大切な人の顔を見ながら微笑んだのだった。
「私はお前の先生じゃが、自分のために生きろということだけは、お前に教えられたものじゃ」
「そんなことも言ったかねぇ……覚えがないが、気に入った」
「私はお前が、お前のほうが大切なのじゃ。先に行って待っておる。ついてこい」
先生は、何と比べてお前のほうが大切なのか、という肝心な部分を言わなかった。
それはビビよりも、と素直に受け取ったらよいものか、あるいは自分よりもという意味なのか二人の男には測り兼ねた。
そんなことを考えている余裕があるほど相手は弱くなかったからだ。
「了解した」
と言って先生を見送り、ビビを振り返った小僧の目には、もう一片の慈悲も未練もなくなっていた。
いっそ怖いほどの前向きさと自信と、迷いのなさにビビもたじろぎそうになる。
「悪く思うなよ?」
「あなたにやるべきことがあるように、僕にもやるべきことがあるんです。
悪く思うなよ、はこっちのセリフですよお兄さん」
「なにっ」
言い終わった瞬間、小僧の左腕が、切り落とされて地面に墜落した。
鎖骨にまで食い込み心臓や肺をかすめるほどの鈍角な太刀筋で、肩の肉ごとだ。普通の人間ならば、まず即死。
だが小僧は、それに気がついたらすぐに小銭でも落としたみたいに素知らぬ顔でこれを拾って傷口に断面をくっつけ、次の瞬間にはもとに戻っていた。
体液などどこにも飛び散っていなかった。その様子を首をひねって自分の肩越しに見ていた男は一言、つぶやいた。
「切り刻みがいがありそうだな」
「おっと、そいつには見覚えがある。どうなってやがる……こいつは?」
「これは悪魔の宝刀。お前のような人間よりも頑丈なのを斬るのに使う」
ニコの軍刀を所持し自分を切りつけてきた男の正体に、もちろん小僧は心当たりがない。
見た目から推察してみるが、これもうまく特徴をとらえられない。
茶髪の若者で、かなり若い。十代だろう。
身なりはいい。腰に差した華美な装飾の鞘から抜いた軍刀は紛れもない、三百年も前の代物だ。
しかし、それ以外にこれといって何か手掛かりになるものはなく、もちろん見覚えはなかった。
ビビの指示でやってきたようにしか見えない。だが、こんな知り合いがいたとは聞いていなかった。
「どういう……ことだ。まさかお前は……死神騎士団なのか」
「正確には"王立高等法院・査察部執行課・特別高等武官局"だ。覚えていないのか?」
「覚えるかっ!」
「冗談だ。お前のことは上の世代から聞き及んでいる。
かつて我々の局に特別顧問として籍を置いていたが、記憶喪失になったとな」
「おいおい。偉大なる先輩に挨拶もせず切りかかるとは、皇女殿下の部下教育はどうなってるんだ?」
などと誤魔化してはいるものの、さすがにビビがこの男を用意しているということは本気の殺意があるということ。
内心、小僧はかなりショックだった。
比較的明るい口調で飄々としている場合では全然なかったが、それを演じていなければ悲しみで押しつぶされそうな心持だった。
「話は終わりだ。皇女殿下から仰せつかったご命令は、貴様の身柄を生死不問で確保することだ」
とうとう連載一周年になろうとしています。まあ、一年経ったからと言って別にどうということではないんですけど。




