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第37話 提督


「育ったって何年ぐらいだよ」


「七年か八年ぐらいじゃな。そうこうしているうちにお前たちには娘が生まれた」


「……んん?」


何だか、ビビと一緒の時に聞いていた話と随分違うようである、と小僧は思った。

てっきり、生まれたベルという娘は先生だと思っていたのだが。


「私も驚いた。お前の体に人間との生殖能力があったとはな」


「バカにすんな! バリバリあるわ!」


「ふむ。私が生まれて一か月ほどのことじゃった。

アクセルの一党との戦いに巻き込まれてのう。セラもお前も私も、瀕死の重傷を負ったのじゃ」


「それで……どうなったんだ?」


「私の血をやることで親子は生きながらえることが出来たのじゃ。

ただし二人は、石化病を患った。何のことはない。

私の血は生命力を与える代わりに日光に当たると皮膚が石化する……そういうことじゃ。

じゃからお前は帝都に向かったのじゃ。あのアクセルと同僚となり、一緒に働きながらその研究を進めた」


「……待てよ。先生、つまり俺の娘ってことは、そいつはニコとも血がつながっているんじゃあないのか?」


先生は柔らかく笑んで、それからうなずいた。


「そうじゃな。それからは知っての通りじゃ。私はお前のいる宮殿に殴り込みをかけに行った。

じゃが、一足遅かった。お前とアクセルはニコの遺体などを巡って争い、お前が負けたのじゃったな。

私はあの宮殿でお前とニコと……二人の愛する人を失くしたのじゃ。ぶち壊したくなっても仕方あるまい」


「えっ」


意味不明だ、と一瞬思った後、小僧は聴くのが怖いが、一応質問してみた。


「いやあの、その、先生は今でも帝都の宮殿を……その……?」


「うむ。今は大事な用事が他にあるからのう。後回しじゃ」


小僧はそれに対し、苦笑いしてうなずくしかなかった。先生は続ける。


「ニコの遺体も結局アクセルに取られた。

アクセルにとってニコの存在とは何なのかは私にもわからぬが……確かなことは、あの場所でお前たちは研究を重ねたということじゃ。

そして特効薬は……賢者の石という名の特効薬は作られていた。この仕事が終わったらベルに会いに行くか?」


「えっ、いいのか」


「いいもなにも、お前の娘なのだから当然じゃ。私も久しぶりに会ってみたい。

この二十年、お前の育成や遺体の確保でそれどころではなかったからのう」


「ああ、だがまずは仕事を終わらせようぜ」


「同感じゃな。お前、ビビに決定打になる攻撃がない、と言われておったじゃろ」


「痛い所をつかれたなぁ」


「"ニコの軍刀"は次元を切り裂く魔法が込められている。

お前ならそれを持つにふさわしい……いや、お前にしかふさわしくない武器じゃ」


ニコの軍刀、そう呼ぶしかなかった。大層な伝家の宝刀にはそれなりの固有名詞がふさわしいが、その剣にはそれはなかった。

量産され支給された安物の刀剣に過ぎなかったが、人類最強の男が使っていた、ゆえに最強なのである。

その名はニコの剣というほかなく、また、その名前は「アベル」の手に渡ってからも変更する必要はないだろう。


「じゃあやるか?」


「うむ。ところで小僧、あれはなんじゃ?」


「なんじゃって……」


先生が指さしたのは、海辺をゆく無数の艦隊たちである。

大砲が艤装され、水兵たちが忙しく働いているのが遠目に見える。逆に近くだと見えなかっただろう。

もはや帆船の時代ではないが、それでも乗組員には仕事が山積みなのだろう。


「ありゃあ戦艦だろう。しかも艦隊のな」


「私はその辺の『てくのろじぃ』には疎くて……まるで戦争のようじゃな」


「すぐ隣にゃ帝国大元帥にして海軍総司令官、プリンツ・オイゲンがいるって聞いたろ?

あそこは商船だけじゃなく軍艦も泊まる軍港でもある……それを集結させてるってことだろう」


「集結させてるって、やはり戦争なのか?」


「知らねーよ。その辺のことはお姫様にききたいところだが……姫様は向こうの町にいるからな」


「ム……?」


先生が手を日除けにして目を凝らして沖のほうを凝視しはじめた。

つられて小僧も同じ方向を向くと、先生が不思議な感覚を覚えた理由も理解できた。

そこには艦隊が集結して動かなくなっているのである。

まるで、提督からの命令を待っているかのように。


「どういうことじゃ。隣国が攻めてくるということも、まさかあるまい」


「最前線の町じゃあないしな。あとでヒメサマにでも聞いてみようかな」


「その必要はありませんよ」


との声が後ろから聞こえてきたので振り返ると、背の高い、それでいてどことなく高貴そうな顔つきの見知った男が現れた。


「あんたを姫様と呼ぶのも、なんだか変な感じがするけどな」


「すみません。なにぶん人目を忍ぶような身分ですので。

偽名は……そうですね、私のことはニコとお呼びください」


「やれやれ。そんなこと言ってると先生が怒るぞ」


「何を言うか。姫さま……じゃなかった、このお方には、お前がここ最近になって知ったことはすべて話しておる。

私たちの旅費だって半分くらいは死神騎士団の名義で予算を出してもらっておるのじゃぞ」


「へえ、便利屋で稼いでると思ってた」


「恩を着せるようなので、あまり教えたくはなかったんですが」


「まあでもニコという名を知ってるということは、そういうことだな。

皇室に借りを作るのはどうなんだ先生。ニコが死ぬ原因になったのも皇室だったんじゃないか?」


「全くお前は、これだけ色々教えてやったとゆーのにまだ何も知らぬのう」


「まあまあ先生。皇室はですねぇ」


そう言って皇女が説明をしようとしていたまさにその時。近くで爆発音が響いた。

どこから来たかは判別できないものの、地面が揺れて大気が震えるほどの衝撃である。

先生たち魔力を持つものたちにだけ聞こえる類のもののようで、三人は顔を見合わせたが、他の往来の人々は何も気にしている様子はみられない。


「爆発か。なんか最近、爆発を扱うやつと戦った気がするが」


「話を続けますよ?」


「あ、ああ」


「皇室はですねぇ、当時……三〇〇年以上も前の王朝とは全く異なります。

宮殿の場所も首都も変わってはいませんが。私の祖父が王朝の初代皇帝となりますからね」


「わかったか。もはや過去の話。ニコのことを思い出すと今でも辛いが、私にはお前がいる」


と小僧の肩をぽんぽんと叩き、基本は母親としてふるまうことも扱われることも嫌っているくせに、こういう時だけ肉親のように親しみを込めてスキンシップしつつ先生は続ける。


「王朝はもう滅んだ。私が宮殿を狙う理由であったニコの遺体もアクセルが持って行ったのじゃからな」


先生はさっき言っていたこととはまるで正反対のことを口にした。

宮殿を滅ぼしたいのかそうでないのか、どちらが本音なのか、小僧は聴く気にはなれなかった。


「あの海軍なら、プリンツオイゲンの指揮下にあります。そのことをお話になっていたんでしょう。

訓練をしていると聞いています。十中八九、それは嘘でしょう」


「というと、あれで攻撃する目標でもあるのか?」


「ええ。一応注意はしておきましょう。彼は何を考えてるかわからない男ですからね」


「そういえば宮殿に勤めてた頃の俺は、プリンツオイゲンに会ったことあるのか?」


「あの人は住む世界が違いますから。なにしろおじい様……初代皇帝の直系の孫ですからね」


「それは姫さまも同じじゃが」


「私は彼ほど優秀じゃなかったですから。彼はこの世のすべてを持っている。

権力も、軍事力も、名声も、何もかも。持ちえないのは謙虚さだけです」


「謙虚さだって?」


「自分は世界一恵まれた、選ばれし人間である。至極まっとうな驕りです。

彼には魔法の才能は有りません。でもそれ以外の力はすべて持っています。

アクセル様とも何らかの関係性があるとも聞いています。彼と戦うのは私の役目です」


「別に戦わなくても……親戚なんだろ?」


「身内だからこそです」


「ところで姫様」


皇女殿下が、まさか先生をこの世から抹殺せんとしているとは想像もついていない先生は心からの信頼を胸に、まるで無邪気な子供のような声の調子でこう聞いた。


「決して……あの、過去のわだかまりがあるというわけではないのじゃが。

歴史が歴史じゃ。死神騎士団の三百年の伝統は、ほとんどが魔女イザベルと戦ってきた歴史」


「そうらしいですね。そう父上たちからは聞いています。でも安心してくださいね二人とも」


「安心? 何の話ださっきから」


「死神騎士団の仲間なら別件で出ています。ここにいるのは私だけです。

表向きはこの町にはいないことになっていますが」


「血のつながった帝国の皇族すら欺いているというわけじゃな」


「何をしてるか知りたいですか?」


「なにっ」


「うふふ、冗談です。メンバーは私を含め、二十二年前に去った魔女イザベルの脅威など知らない世代の者ばかり。

別件というのはカルト教団の掃滅ですよ」


「スマン、私が残した厄介ごとじゃというのに……」


「魔女イザベルは未だに教団の象徴たる存在。でも心配いりませんよ。

もうすぐすべてにカタが付きますからね。きれいに掃除をしますから」


屈託のない笑顔で答えた皇女殿下の顔には謎の安堵の色が見て取れる、と小僧は思った。

寄生虫や害獣を駆除し終えた人間が漏らす心からの喜びと安心の笑みが口元にこぼれていたのである。

しかしその安堵がどこから来るものなのかはもちろん判然とはしていない。

先生は相手の腹に一物あることに気が付かないほど鈍感ながらも、何やら異様な雰囲気だけは感じ取れたようで声にならないような声で返事した。


「お、おお」


「しかしビビ君ですか。私も驚きました。まさかあの人の子だったとは」


「……はい?」


「ちょ、ちょっと待つのじゃ姫様。一体何を言っているのじゃ?

話を聞く限り、ビビは兄によってこの騒動に巻き込まれた子供に過ぎないはず……」


「おっと、これはビビ君本人にも言っていない事なので私の口からはちょっと」


「そこまで言っておいて生殺しかよっ、いったい何を知ってるんだ姫様!」


「いやその、ビビ君がですねぇ、今あそこで戦ってるんですがどう思います?」

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