第36話 覚悟
「私は北国の出身じゃが、あまり大したものはなかったぞ」
「都会はいいぞ。多様な孤独があふれている。お前も、お前だけの孤独を見つけるために一人旅をするといい」
やはり、会話はあまりかみ合わない。とはいえ不思議とこれでも三人は仲が悪いわけではない。
三人でまた、かみ合わない談笑をしながら畑仕事に精を出し、ご近所と多少雑談などしつつ、日が暮れたら家に戻って眠っていた。
朝が来て、ニコと呼ばれた少年は村を出ていったのだが、その背中を見ながら先生は、横にいる小僧に解説を開始。
そもそもこれが目的で、この過去をみることになったのである。
「ニコの名前は呼びとうなかった。三百年が経った今でも、思い出すと辛くなるからじゃ」
「そいつが、魔女イザベルが帝国にあだなす原因か?」
「説明をしようかの。小僧、三百年前というと帝国はどのような姿じゃった?」
「現在に至るまで王朝が五つ変わった、という風に習ったな。
要は遥か昔過ぎて、文化も歴史も全然違うわけだろ?」
「うむ。現代ほど帝国は領土も広くなかった。帝都も今のとは違う。
じゃがむしろ、強大になりすぎた現代の帝国よりも油断はなく向上心があったのじゃ。
帝国の皇帝ではあるものの帝室に実権はあまりなかった。そこで死神騎士団じゃ」
「死神騎士団って、三百年も前からあるの?」
「時の皇帝がこれを創始したのじゃ。自分直属の軍事力を持ち、権勢を高めようとしたのじゃな。
今はそれより十年ほど前の時代にきておる」
「で? 結局のところどうなったんだ。そのニコって俺の兄貴は」
「ニコは帝都に留学に行った。いや、上京して大学に入った、と言ったほうがよいのかのう」
「エリートだったんだな?」
「優秀な魔術師を集めて皇帝直属の精鋭部隊とすることが、皇帝たちの悲願じゃったからのう。
そのせいでな……私は帝国と戦う羽目になったのじゃ。別の死神騎士団が出来たからじゃ」
「ごめん、話が見えないんだが」
どうも先生の言っているのは次のような意味であるようだった。
まず、三百年前の皇帝は自分の直属の魔法使いたちを組織し、これを死神騎士団と名付けた。
以降この制度は三百年以上も維持され、現代にいたることになる。
それで、同じことを考えた別の貴族たちがいた。
彼らは選帝侯と呼ばれる有力者で、皇帝を投票形式で選出する世襲の権利を有していた。
万の軍勢を率いるよりも数人の精鋭魔法使いを従えられれば強い。
少なくとも技術が発達していなかった当時は、間違いなくそうだった。
「私とお父様は選帝侯たちに狙われた。
ニコが魔術の試験を突破し、死神騎士団になったところで、どうやら皇帝にも素性を調べられたらしい。
結論から言えば私たち親子は戦いになった。本気の命がけの戦いにな」
先生の顔を見ている間にいつの間にか場面は変わり、先生と、何やらぞろぞろと仲間を引き連れた"長兄"の姿を小僧は認めた。
その仲間は、隊長が育った農村の中でもこれといって目立つほうではない、隊長の生家をぐるりと騎馬隊で囲んでいる。
もっとも少数精鋭すぎるため、総勢は両手で数えられるほどしかいなかった。
「降服するんだ、魔女め。帝国はお前の首を欲している」
あろうことか、ニコ本人が母親のいる小さな民家に向かって言ったのである。
返事がないので家の玄関を開けると中に人はおらず、これを閉めてしばらくすると、畑のほうから魔女がやってきた。
その姿を認めた一同は驚愕した。確かに、先生は控えめに言って同性もたじろぐほどの美しい容姿をしている。
貧乏暮らしでもその髪や肌は不思議なほど衰えない。その容貌は時間の風化にも耐えていた。
だが、何より彼ら死神騎士団が度肝を抜かれたのはその素朴さに他ならなかった。
いつも通りの野良仕事をして帰ってきた土だらけの体、短い爪、質素な服。
およそ魔女という言葉にふさわしくないこの飾り気のなさと、欲望を感じさせない静謐な心が外見からもすぐにわかる。
自分たちが今から仕事として殺さねばならない魔女というのが、その辺の農民の少女のごとき外見をしていることは心理的抵抗を当然の結果として上昇させていた。
「お前……帰ってきたのか。
手紙もよこさず。でも立派になって。ねえ、お父様」
「そのようだな。一つ聞くぞ、息子よ」
「なんだ?」
騎馬した息子を見上げながら、孤独の悪魔はこんなことを言った。
「皆殺しにしてもかまわんが、こいつらはお前の大事な仲間なんだろう?」
「なにっ」
「どういう意味だ?」
と息子に聞かれると、孤独の悪魔はしごく当然のことを言っているまでのことだ、とでも言うように平坦な調子でこう返した。
「了解した。死は孤独を作る。死は……だがそれゆえに、孤独を消し去ってしまうのだ」
「何を言っている!?」
「それはこういうことだ」
パチン、と孤独の悪魔が指を鳴らした。
小僧は別に音を操る魔法を誰から教わったわけでもない。
親子だからなのか、かすかな記憶がそうさせるのか。
孤独の悪魔が使用する力の一端を知らず知らずのうちに使っていたのである。
悪魔が指を鳴らした途端、ニコ以外の者はたちまち落馬した。気絶したのである。
耳と鼻、そして目から血を流し、命に関わるほどのけがを負ったものもいた。
「お前たち!」
ニコも心配して馬を下り、一人ひとりの容態を確認。残念ながら連れてきた仲間のうち二人が即死していた。
孤独の悪魔は、あくまでも妻、イザベルとニコ個人のことが気に入っていただけである。
二人を気に入っていたのも、興味深い孤独を心に飼っていたからかもしれない。
あるいは、自分自身が「愛する者を作り、それを失う孤独」を味わうことに興味があったからなのかもしれない。
それは本人が死んでいるので確かめることは出来ないが、一つ確かなのは、悪魔は気まぐれで人を殺すことに抵抗も躊躇もありはしないということだった。
「やはり虫けらだったか。この程度で戦闘不能になるようでは、元より足手まといだな」
「お父様、なんということを。これは!?」
「そう怒るなイザベル。こいつらは私たちを捕まえに来たのだ。
不可能なことではあるが。さて、どうする気だニコ。失敗したとしておめおめと逃げ帰るのか?」
「仲間を殺したな。俺には……俺には復讐を行う義務がある!」
別に使わなくても、いや使わないほうが強いのだがニコは腰に差した軍刀を抜いた。
これは意志の表示だ。父親とて容赦しないという彼なりの覚悟なのだ。
「やめろ二人とも!」
先生は止めるしかなかった。このままやらせたら絶対にニコに勝ち目がないことはわかり切っている。
一応生き残り、意識を取り戻している部下も何人かはいるが、ものの数には入るまい。
隊長とそれ以外とで隔絶した力量の差があることくらい、熟練した魔力を持つ先生なら見た瞬間からわかっていた。
「目を覚ませニコ。お前はどういう存在なのだ?
何かに命令されて任務のためにほかの一切を犠牲にする、騎士団の団長か?
それとも、ただの普通の心優しい田舎者か?」
「父親らしく説教か。柄にもないことをしやがって。
そういう事は、もっと早く言うんだったな。仲間を殺した時点で、話し合いの余地はもうない」
けだし、正論である。このことに関しては完ぺきに、ニコのほうに分があった。
しかし相手は人間ではないのだ。言葉は通じるが、話の通じる相手ではなかった。
「そうか……中途半端に残したのが悪かったか。
残念だが十年近く帝都にお前がいたことは、なかったことにしようか。
部下は一人残らず消え、お前はここに帰ってくる。それでよかろう」
「俺は仲間が大切だ。宮廷にも恩がある方々は沢山いる。
引き返すことはできない!」
「これが孤独か。あまり覚えのない感じだ。
あの日お前を送り出した朝には、こうなることは決まっていたのだな」
孤独の悪魔は、すでに妻・イザベルに託してあるため心臓はもうなくなっている胸のあたりを手で押さえていた。
人間でなくてもやはり、胸のあたりに滞る嫌な感触を寂しさに打ちひしがれた時には、感じるのであろうか。
「後悔するくらいなら生き返らせてみせろ、俺の仲間たちをな!」
「誰が後悔していると言った。むしろ私は満足している。
孤独とはしがらみがないということだ。もうお前にそれはない。ここへ戻ってくるがいい」
ニコにはわかった。これはわかりにくいが悪魔なりの愛情表現のようなものであると。
だが、それを受け入れられるわけはない。悪魔が考えているほど、ことはそう単純でもなかった。
なにも答えずに馬から降り、こちらを睨みながら歩いてくる息子を見て、孤独の悪魔は顎を指でさすりながら尋ねた。
「わからんな。それほどその者たちが大事だったのか?」
「順位の問題じゃあない。確かに二人のことは大事さ。僕のたった二人の家族だものな」
先生が二人いるのでややこしい。ここは、過去の先生をイザベルと呼称しておこう。
イザベルには、息子がこの時魔力を軍刀に込め、およそ勝ち目のない勝負を挑む気であるということがわかった。
「やめろニコ、死にたいのかっ」
「筋は通さなければならない。たとえ死んでも彼らの隊長として……それが責任だ」
「バカめが。そんなに私と闘いたかったなら別に構わんが。イザベル、どいていろ」
孤独の悪魔にとっては実力が離れすぎて大した意味のないことではあるが、それでも自分と息子が戦えば、かなりの実力者である妻が巻き添えを食う危険があると判断したことは、確かであった。
大抵のファンタジー作品でそうだと思うが、この作品もその例に漏れてはない。
この世界でも、時代が古ければ古いほど魔法使いのレベルは高いことが多い。
技術・体系論などが高度化され、マニュアル化し、一応は時代が下るほど、最も未熟な魔法使いのレベルに関しては上がっている。
しかし上を見るときりがない。ある程度は人智の及ぶ技術体系ではあるものの、魔法が科学と決定的に違うところは、個人の才能に依存するという点にあった。
世界は日ごと狭くなり、秘密は影を潜め、技術は一段と人の世を加速していっても、魔法はむしろ衰退していた。
特にこの時点から数えて数百年前、人間が敵対的な種族をほぼ抹殺し、人間と悪魔以外に、魔術を使える種族がほぼ全く存在しなくなってからは、衰退は加速。
それまでは人々を防衛する役割を果たしていた魔術師は存在意義を失っていき、その数は減少の一途をたどっていた。
少なくとも、最上位のレベルは時代が新しくなるほど落ちていた。この国で最強の魔術師の一人がニコであることに間違いはない。
いや、人類において最強の一人と言ってもいいだろう。現代の時間軸に生きる、"小僧"や"ビビ"とはくらべものにはならない。
孤独の悪魔が妻の肩を手で押してどかした次の瞬間には、二人の背後にある石造りの伝統的な家屋が切断されていた。
どう考えても、ニコの振るった量産型の軍刀の刃渡りの数倍はあろうかという、巨大で鋭利な刃物で切ったような痕跡が残り、瞬く間に彼の実家は崩壊した。
それと同じ軌跡で父親代わりに自分を育ててくれた男の上半身が滑るようにして地面に落下していくのを見ても、ニコは納刀しようとはしない。
これしきで死ぬ相手ではないからだ。案の定、孤独の悪魔の生首は口を開いた。
物理的に、肺から空気を喉に送り込まねば発声というのは不可能だが、もちろんそんなことはお構いなしである。
「満足か。私を切り刻みたければ好きにしろ。それが終わればお前の命も終わる」
「どうしてこんなことを。親子で殺し合う理由なんか……!」
「私にはないが、ニコにあるというのなら付き合ってやるのも親として当然のことだ」
そう言い終わると、孤独の悪魔は体を起こした。頭は既に胴体と接合していた。
何も言わなくても攻撃は無駄であると、これを見たものは悟らざるを得なかった。
コレ以上、ここの話を詳しく記述してもしょうがないので結論から言おう。
イザベルは、死神騎士団としての役目で、人外の者を捕えに来たというのであれば自分を連れて行けばよい、それが責任だと語ったのである。
この場では、こうするしか話に収集をつける方法はなかったと言ってよいだろう。
ふと気が付くと夢が終わり、潮臭い港町の波止場のあたりを歩いているということに小僧は気が付いたのだった。
「これで終わりか。ニコはどうなったんだ?」
「私の首をはねた後、死んだ」
「えっ?」
「部下を死なせたことは不問じゃったが、罪の意識に耐えられず、死んだのじゃ。
私は帝都に連れていかれ、実験材料にされ、研究対象となり、十年が経過した」
「十年って、十年間も研究されてたっていうのか?」
「ニコが罪の意識にさいなまれ、命を絶ったのも仕方がないことじゃろう。
十年後……私はそのことを偶然知ると、もうそこにいる理由はなくなったので、お父様のところに帰ったというわけじゃ。
あの方はいつもと変わらずそこにいた。私を迎え入れてくれた。今度は家族にアクセルが加わったのはもう話したな。
私はそのことを体感はしていない。記憶でしか知らないのじゃ。
私はあの家……セラの家で育ったからのう」
先生はニコが生きていると思っていたから、彼のために十年間されるがままにされていた。
ところが話を聞けば、捕らえられてすぐにニコは命を絶っていたとのことだった。




