第35話 自分だけの孤独
一方そのころ、案内もなしに、先生と小僧は一路シンファミリーのアジトへ向かって歩いていた。
というのも、ここへ来る前から、それがどこにあるのかは百も承知であった。
最初こそビビに案内させるつもりだったが、むしろビビのほうが、こちらの地理に明るくないただのファミリーの新米に過ぎなかったのである。
彼らは船で街を出た、と言っていたことからもわかるように、明らかにこの町の埠頭で一軒、大きな屋敷があるのを見て瞬時に二人はここがアジトだとわかった。
何よりも、このアジトはニオイでわかる。そう、カルト教団員の存在が匂ってくるのだ。
というのも、明らかに怪しげな屋敷に向かっていると中から人が出てきたのだ。
どこにでもいそうな普通の夫婦だったのだが、やはり教団の一員なのだろう。
小僧と先生の顔を見た瞬間に、この世のものではないものを見てしまったとでも言いたげに二人仲良くそろって硬直していたのである。
「まさかっ」
「ああっ、あれはっ!」
などと言い出したかと思うと、平身低頭して、二人のそばに平伏しだしたのである。
「まったく。あいつと顔が似てるとロクなことがない」
「そう言うな。とりあえず、あそこで間違いないようじゃな」
「どうする先生。こいつらのことは?」
「うむ。お前たち、邪魔だから家に帰っておれ。こんなところで留まっていては通行の邪魔になるからのう」
「ははーっ」
「仰せのままに、聖母様」
「聖母だってよ。カルトじゃどんな教えをしてるんだ?」
「アクセルが私を聖母とは皮肉じゃな。母親とすら思っておらぬじゃろうに」
「聖母が生んだ自分は偉い、そう言いたいんだろ、要するにさ」
「アクセルも勉強したようじゃの。あの子は勉強熱心な子じゃった」
ふと、遠い目をして過去を懐かしんだ先生。丁度いいタイミングだと思ったので小僧はだしぬけにこう聞いてみた。
「それって何百年前の話なんだ?」
「三百年以上も前の話じゃ。お前には何も話したことはなかったのう。お父様が生きていた時のことを」
「聞こうともしなかったからなぁ。先生、俺は……俺の存在は、意味があったと思いたいんだ」
「バカを言うな、無意味なわけがあるか!」
「俺の生きた意味を奪わないでくれ。。長い付き合いだ、すぐにわかるよ。
迷っているんだろ、だから念を押したんだ」
「私は迷ってなど……!」
いない、と強く否定したい気持ちはあるのに、どうしてもそれを口に出すことが先生は出来なかった。
それが何故なのか、自分でもわかっているのに気が付かないふりをしていた。
二人は空っぽだった。ただ、遺体を集めるという目的があればよかった。
そのためだけに二人は同盟を組み、一緒に行動をしている。
そういう風を装っているが、二人の本音がどこにあるかは明々白々である。
何でもいいから、一緒に居られる理由が欲しかった。寿命もなく死ぬこともない。
ただ周りが去っていき、取り残されるばかりの二人には、互いが必要だった。本当は遺体探しなど放りだしたかった。
だが空っぽな二人にはもうそれしか、人生の目標は存在しなかった。
理由が欲しかった。二人で旅を続けられる理由が。
「それで先生が幸せになれるならそれでいい。
だから、聞かせてくれないか。先生が幸せだった頃のこと」
「私は今から下らぬことを言うぞ?」
「おっ。中々面白そうだな」
「私は、今が……今が、とても幸せなのじゃ。ずっと永遠に……このままでいたい気がするのう」
「変化は必ずやってくる。例えばシンファミリーは今日まで栄えていたようだが、突然今から壊滅するみたいにな」
「お願いじゃ、もう……私のために死のうとしないでくれ。おかしくなりそうじゃっ」
先生は突如、小僧に抱き着いて、かつての夫が残してくれた心臓が今も生きる彼の胸に、顔をうずめた。
目から染み出してくる涙を拭うと、周りからは口々に何か言う市民の声が聞こえた。
「ありゃどういう状況だ?」
「修羅場かしら?」
「お熱いねお二人さん」
「いや、彼らは兄妹じゃないか?」
「まあ、公衆の面前ではしたないこと」
別に、二人は抱き合うぐらいなんてことはない。家族なのだから。
だが、抱き合っていることで周りから必要以上の注目を浴びて赤面したのは確かである。
小僧の胸から顔を話した先生はブタのように顔を紅潮させていた。
「もう、とはどういうことなんだ先生?」
「お前には夢を見せるのが早かろう。その胸に記憶は宿っておる」
結論から言えば、先生は小僧に夢を見せた。そこで先生が教えたいことはすべて教えた。
体感時間は長かったが、現実の時間では一秒にも満たない間に見た白昼夢である。
その模様は詳細に語ると長くなるのでダイジェストでお届けしよう。
さっきまで近代的な街並みの港町にいたはずなのに、それとは似てもつかないド田舎の丘陵地帯にいることに、小僧はきがついた。
周りを見渡す限り、なだらかな丘陵に生えた草を食べている放牧された家畜でいっぱいだ。
彼らを柵で囲い、自分たちはみすぼらしい木と石で出来た小屋に住んでいるのがこのあたりの農民の常であることが一目でわかる。
田舎というより、三百年前ならばどこでもこんな風であっただろうと思わせるような風景だった。
要するに自分の故郷と言える場所なので小僧は贔屓目に評価したのである。
「ここが三百年前の?」
「うむ。私はここであの方と百年近くも一緒に暮らした。無論子供はおらなんだ」
「確か、子供を拾ったって言ってたな」
「貧しい農村。税もきつい。しかし子供は生まれる……結果、どこの村でも捨て子は多かった。
たいていはすぐに野垂れ死んでいたものじゃ」
「不幸中の幸いって奴だな。先生たちに拾われたのは」
「見てみよ、あの子じゃ。名はニコ。"勝利せし者"という意味じゃ」
牧草地とわずかな麦畑が広がる農村地帯で牛の背中に乗って昼寝している少年のそばには、先生と、そして自分そっくりな男がいることを小僧は認めた。
この男があの分断されたミイラ、つまり父であると理解するのにそう時間はかからなかった。
いつぞや、夢の中で見た怪犬、オルトロスとケルベロスもいた。
何とこいつらは、どうも悪魔と先生の共有物のようであり、両者を主人と認めているのだろう。
彼らが所有している土地に放牧されている牛や羊の牧羊犬、および番犬としての役目を果たしているようである。
三百年前の農民だ。信心深いし、近所の人もこの頭がいくつもある巨大な犬をもはや不思議には思っていないようだ。
この時は、暖かな陽気にうたた寝をしており、ヘリコプターが近くで飛んでいるかのような、低く、くぐもった轟音が響いていた。
つまりいびきである。
「一家団らんて感じでほほえましいな。まあ知ったかぶりだけど」
「――よしっ、決めたぞ!」
などと、突然だしぬけに言い出して、牛の背中に乗っていた少年が高らかと跳躍し、草原にはだしで着地した。
それを見ながら、遥か昔の――姿はまるで変っていないが――母親代わりの先生は彼の右半身に降り注ぐ陽光よりも暖かく、これ以上ないほどやさしいまなざしで見つめ、問いかけた。
「またろくでもないことを考えついたらしいのう。ね、お父様?」
「私の経験上、こういう場合は既に思いついているが、単に周囲の者に言う決心がついたから言っているのだ」
と言ったのは一応は父親役をやっている、孤独の悪魔だ。
言っていることはそれほど間違ってはいないが、およそ人間から発せられるのとは違う異質な語彙の数々である。
そもそも見た目もかなり怪しい。黒い外套にシルクハット、顔からほんの少し宙に浮いた眼鏡かけているという、恐るべきいで立ち。
にもかかわらず先生はニコニコしながら、何の恐れもない態度で答えていた。
「私も同感です」
なんと、珍しく先生は隣にいる、ある意味では夫のような存在である"孤独の悪魔"に丁寧な言葉遣いをしていた。
まあ、考えてみればそうか、と小僧は考えて驚くのをやめた。少年は続ける。
「えへへ、バレたか。僕の力は人のために使いたいんだ」
「ウム……お前ならそう言いだすと思っておった」
「人のためというのはあれかイザベル、自分のためには含まないというわけだな?」
「いちいち私に確認しないでください。もしそうだったらわざわざ宣言しないでしょうに」
「それもそうだな。話を続けろ」
両親二人の変わったやり取りに驚くどころか、むしろ辟易したような表情を浮かべつつ、ニコという少年はこう答えた。
「それに、もっともっと勉強したい。
騎士団に入ったら王立魔導書庫にいつでも自由に出入りできるようになるんだぞ!」
「私もいつか行ってみたい。勉強になればよいが」
「お前にこれ以上魔力が必要なのか……?」
「要不要の問題じゃありません。ニコも同じだと思います」
「そうなのか。ニコ、お前にとっても魔力を他人の役に立てるということは、必要なことではあるまい」
「かもしれない。どうして父さんたちは僕に魔法を教えてくれたんだ?
使う場面があるからだろ。どうせ使うなら、僕は誰かのために使いたい」
「分らんな。私はお前が自分の身を守れるように教えたつもりだが?」
「僕は同じことをするだけだよ。自分の身につけたものを誰かのために使いたい……そんなおかしなことかな?」
「なるほど。私も随分人間らしくなってきたということだな」
「父さん、それ今わかったの?」
「お前にかけるべき言葉なら知っている。今言うことではなかったな。
行け。行ってなりたい者になるがいい。お前の力を試すのだ」
「それも一つの手でしょうが、こういう時は引き留めるのもアリですよ」
「そういうものか。私はてっきり背中を押すべきかと」
「もちろん最終的にはそうするんですけどね、引き留めないと出て行ってもらって、せいせいするみたいじゃないですか?」
「やはり人の心は難しい。今のは聞こえていたな、ニコ。お前は行くな、ここに居ろ」
「いや行くよ! 母さん、ひょっとしてこれはギャグで言ってんの?」
「さあ……私でもちょっと……どうなんですか?」
「悪魔はユーモアを好むものだ。私もたまに冗談を言うことがあるだろ?」
「ないけど」
「ないけど」
「ん?」
全然話がかみ合ってないが、一応、女と少年は、この男が今、ギャグを言っているつもりであることを理解した。
それだけわかれば十分である。示し合わせたようにフッ、と軽く三人で笑いあってから、孤独の悪魔はこう言った。
「理解したが、準備は出来ているのか?」
「大丈夫、俺は体が頑丈だから。それに強いし、平気だよ」
「つまり準備してないということだな。それもよかろう」
「私がついていこうか?」
「僕も男だよ。お母さんについてきてもらってるようじゃ、旅とは言えない。
旅ってのは"お母さん"とは最も遠い言葉のはずだ。僕は……この村は好きだ。
いいところだけど、違う世界を見てみたい。二人はここへ流れつくまでにいろいろなものを見たはずだろ?」
「私は北国の出身じゃが、あまり大したものはなかったぞ」
「都会はいいぞ。多様な孤独があふれている。お前も、お前だけの孤独を見つけるために一人旅をするといい」
最近予約忘れが多くてすいません




