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第33話 おっぱいソムリエ

「いいか、アクセルは親殺しのパラドックスを解消したいとかなんとか言ってたよな?

それのためには、お前の力……運命を観測し、固定化する神々のリンゴとかいう能力が必要らしい」


「未来なんかさすがに見えないと思いますけどね……?」


「だが、今の先生を殺すにはそれは必要ないってことだ。厳密には今の先生はアクセルの親とはもはや違うわけだろ?」


「確かに。アクセルにも殺すことが可能というわけですね」


「俺が先生を守る……か。考えたことなかったけど、気を引き締めていかないとな」


「あのー、ちょっとすいません」


「んん?」


ビビは顔をしかめながら、心の中の、数に限りがある何かを消費して二人に質問した。

勇気なのか、気力なのか。とにかく有限で燃やすのにもエネルギーがいる代物だ。

それを使い、ビビはこう聞いた。


「なんでそんなにヘラヘラしてるんですか。先生はあなたのことを生贄にするつもりなんですよ!?」


「お前言う相手を間違えたな。そういうのはもっと"執着"のある奴に言えよ。

とっくに知ってるよそんなこと。知らないで先生と行動を共にしてると思ったのか?」


「知っていたんですか!?」


「オヤジの遺体を全部集め終わったら、その時俺の命は終わる。そんなこと知ってるよ。

今の先生は俺が復活させたものだとは知らなかったが……まあ同じことだ。

セルフィの言ってた通り、嫌なら復活させなきゃよかったんだ」


「先生はどうなんですか?」


「どうって……」


先生は一瞬答えに詰まったが、落ち着いた様子でビビにこう答えた。

その時の顔は朝日に照らされ、顔が半分陰になっており、息をのむような美しさではあった。

と同時に、人間とはかけ離れた色のない思いが瞳に映りこみ、氷よりも冷たい感覚を少年の全身にもたらしていた。


「変わってなどおらん。私はあのお方を取りもどし、家族を取りもどすことが目標なのじゃ。

あの方の遺体を取りもどし、小僧の胸の心臓を取り出して復活させて差し上げねばならぬ。

私は約束した。もうあの方を孤独にはせぬと。だからアクセルは決して許さん」


「先生……」


ビビは涙ぐみはじめたかとおもうと二人のことを心の底から嫌悪しているように上目遣いで睨んだ。


「さっきの女の子を助けようとあれだけ言っても聞いてくれなかったのは、そういうわけだったんですか。

そうですよね。矛盾しますよね。あなたに出来るわけがない!」


「お前自分の立場わかってんのかよ。お前は優しすぎだぜ、ビビ」


「あなたはもうちょっと自分にやさしくしてください!」


「そりゃ無理だ。俺の命より先生のほうが遥かに大事なんだからな。

ビビ、お前は両親の仇と、闇に落ちた兄を追わなきゃらないだろ?

そのうえ突然現れたアクセルの娘だの、俺の心配だのしている場合かよ?

あれもこれも、全部欲しがって何も得られないかもしれないぞ……お前はまるで駄々っ子だ」


「だったら!」


ビビは思わず往来の人が一斉に振り返るほどの大声を出し、二人を猛獣のような目で睨みながら続ける。


「力があればいいんだ。力をつければいいんだ。幸いなことに、僕は才能があるらしい」


「そうらしいな。がんばれよ。俺たちはお前なしでもファミリーをぶっ潰すが……まさか忘れてたわけじゃないよな?」


「お前に案内をさせるつもりじゃったが、まあよい。お前が別行動をとるというのであれば。

なかなか楽しめた。お前のような子供の声は、セラの家で過ごした日々が思い出されるのう」


「じゃあなビビ。ついてくるも来ないも、別に好きにしろ。

俺たちはお前を守るつもりだった……大きなおせっかいだったな。こいつは返す」


小僧は懐から、前に取り上げていたビビのものである遺体を取り出して本人に返した。


「こいつはお前のだ。好きにしろよ。だが破壊しようとは考えるなよ。破壊は出来ないからな。

それがあれば俺たちはいつでもお前の居場所がわかる。お前も俺たちの居場所がわかるだろ?」


「必要ないですよ」


と言ってビビはこれを突き返し、自分の考えを言い放った。


「僕にはもうあなたの力は効きません。こんな遺体なんてもう要らない。試してみますか?」


「やばいよ先生。怒らせちまった」


「ムリ……のようじゃな。宥めるのは。やれ小僧。男同士、思う存分やりあえばすっきりもするじゃろ」


「わかった。しかしビビ、お前には決定打となる攻撃がないんじゃないか?」


「わかりませんよ?」


「自信たっぷりだな。なるほど、わかりやすくていいんじゃないか?

言いたいことがあるなら勝つことだ。呆れるくらい単純だ」


パン!

ビビが手を鳴らして一面に破裂音が響き渡り、小僧の顔から笑顔が消えた。


「なんだって……?」


「あなたの血はもう僕のもの。もうその力を使えるのが自分だけだと思わないでください」


「負けるなよ小僧。いくら相手が神々のリンゴでも。

負けてるようではファミリーとの戦いには参加させられぬぞ」


「ありゃ俺のパクリ……なんて言いわけしても聞いてくれるわけないな」


「お兄さんの方こそ本気を出してみてくれませんか?

あなたの武器は頑丈な肉体と、音を使って戦う魔法だけなんですか?」


「ガキがっ。全く才能に目覚めたからって調子づきやがって。

悪魔の力に頼ってもいいがグリモア持ってないお前に使うのは、弱いものいじめみたいで好きじゃない」


「いいんですよ別に。あなたの方こそ決定打に賭けるんじゃないかって言おうとしてたところなので」


「言う通りだ。俺は殺傷力に欠ける。虫も殺せない臆病者だからな」


小僧がこのような魔法を開発していたのは、結局先生への依頼心があったからに他ならないことを、本人も自覚していた。

荒事は先生がやってくれる。荒事にはかかわりたくない。傷つけることをしたくない。

そんな思いが人を離れたところから無力化することに特化した能力に表れていた。

使えるのはせいぜい自衛か喧嘩の仲裁ぐらいのものである。


「使い方次第ではこんなこともできますよ。見せてあげましょうか」


パン。掌が打ち付けられ、音がかすかでも聞こえていた周囲の人間全員が軽い耳鳴りとともに身を硬直させた。

動くものはビビと、もともと魔法に耐性を持っている小僧だけである。


「何のつもりだビビ?」


「先生、死んでください」


「なにっ」


他人の血を摂取することによる魔法の使用にはある程度の制限があるはずだった。

しかし小僧の血が特殊なのか、ビビが持っている才能ゆえに可能となったことなのかは判然とはしないが、とにかくわかっているのは、ビビは借り物の魔法を完全に使いこなしていた。

"音声による命令"これは小僧が自分の魔法で最も嫌悪する能力だった。

音を操る能力を使うことにした彼だが、自分でも想定外なほどの汎用性があり、何より無理やり命令を聞かせるのが倫理的に受け付けない。


だから基本的にはなるべく使わないようにしていたこの能力。

魔力では先生がビビ、小僧、先生の三人組の中では一番上回っているはずなのだが問答無用であった。

先生は無意識のうちに手が伸びて、人差し指を一本突き出し、自分のこめかみにあてているのを了解すると思わず声が出た。


「なにっ」


「バカ、よせ!」


バシャッ、というスイカを割った時のような水っぽい破裂音が響き渡った。

町の石畳や、石造またはレンガ造りの家の壁がぐわん、ぐわんとうねりながらその音波を反射して何度も反響していた。

時が止まったように静かだった。誰もが先生が倒れるのを目で追っていた。


先生は自らの放った指弾で、頭を粉々に破壊したのである。

指弾というのは普通は比ゆ的表現だが、この場合は指から魔力を圧縮して飛ばしたものであり、文字通りの弾丸だった。


髪の生えた頭皮がついた白い頭蓋骨の骨片が飛び散り、空から赤い水の球が降ってきたように石畳は着色されていた。

粘着質な、ねちゃっという音とともに、粘液じみたこの赤い血の海に指令の行き届かなくなった胴体が突っ伏した。


「うああっ、先生。しっかりしてくれっ、先生!」


前後不覚であった。小僧は先生、という一つの概念以外のすべてのことが頭の中から消え去り、夢中で首なし死体に駆け寄っていた。

先生が心配だ、でもなく死んでしまった、でもない。

ただ純粋に先生、という自分の人生のほぼすべてに結びついていた、記憶を司る脳細胞の中心にある概念に頭が支配されていたのである。


「簡単だ。あなたはこうすれば無力になる」


「こんなのなんてことないだろ、なあ先生っ!」


「死なないのに、わかっていても、それでも……まるで子犬みたいな人だ」


さすがに堪忍袋の緒が切れたか、と一瞬ビビは思ったが、ビビはそれが勘違いだと思った。

立ち上がってこちらに顔を向けた小僧は、相当頭にきているようだがまだ口調も冷静で、言葉も通じていた。


「おいたが過ぎるぞ少年。お前の言う通り先生は死なない。

親父の遺体と同じ、魔法がかかっているからな」


「親父の遺体……まさか!?」


「そうだ。孤独の悪魔が使う魔法は"引き寄せる"ことだ。そして俺はそれを使うことが出来る」


「なんだって――」


ビビはその瞬間今まで経験したことのないような奇妙な感覚を胸のあたりに覚えた。

石畳の上に立っている己の体から心臓が引っこ抜かれるような内臓の痛みに襲われたのである。


「う、うああぁっ」


音声にならないような悲鳴を上げても意味などなかった。

小僧がこちらに向けて広げた手のひらに向かって胸が引き寄せられたかと思うと、首根っこをつかまれたのである。

今そこに、明確に存在する死が不思議な力を持つ彼の目に見えた。


「その目を持たない俺でも、お前の未来がどうなるかはよく見えるけどな」


「く……!」


「認めよう。お前は弱くはなかった。これを使わされたのは初めてだ」


首を絞める……のではない。その気になれば小僧は握力だけで首の骨を手折ることもできる。

グチャッ。そんな水っぽい音が二か所同時に上がった。一か所は先生の方である。


肉片がくっつき、徐々に吹き飛んだ頭が再生していく音である。

そのままぐちゃ、ぐちゃ、肉片どうしが互いにくっつき、ほどなくして先生は起き上がった。


もう一か所はビビの頭からだった。彼は首をつかまれたまま頭を石畳に打ち付けられて瞬く間に意識を失ったのである。

通常、人間は頭を攻撃されても意識を失うことは意外にほとんどない、と言われる。

実は気絶というのは滅多なことでは起きない現象で、ボクサーが顎先やこめかみなどへの衝撃で脳が強く揺らされると、一瞬気絶するなどのことがある程度。


頭を金属バットでフルスイングされたり、くも膜下出血を起こしても意外としばらく意識はある。

気絶が起こる場合は、それらの外傷によって多量の血液が流れだしてショック状態となり、脳に血流が届かなくなって起きるのだ。

むろん、頭へのショックで気絶した場合は脳や頭蓋内に血腫が出来、即手術しないと命に関わる。


今回のビビの場合はまさにこれであった。

石畳が割れるほど強く地面にたたきつけられたビビ少年の後頭部の頭蓋骨は完全に破壊され、無数の骨片が髄膜を突き破って脳に到達し、多量の脳出血を起こしていた。

医者がこれを見たらまず十人中十人が、「即死」と判断するであろう。

首の骨がバラバラに砕けて文字通りに即死していないだけまだ幸運だったはずだ。


暫時、今自分が半殺しにした少年を無関心そうに見下ろしていた小僧は背中に目がついてるみたいに後ろを振り返った。


「先生、復活したのか」


「うむ。おいたをした子供には少々キツイお灸をすえたようじゃな」


「いつもこうだ。キレるとすぐやっちまう」


「ああ、まったく。血で服を汚してしまったのう。宿屋に戻って着替えてくる」


「とか言って朝早く起きたから眠たいんだろ」


全く持って小僧の言う通りである。先生は魔法で服を変えられるので、宿屋に帰る必要はなかった。


「ばれたか。しかしその力を使うのは久しぶりじゃな。

"お父様"の力を使うのは嫌だと言っておらなんだか?」


「孤独の悪魔の力が"引き寄せる力"とは皮肉なもんだな。

さて……お前はどうする、モードレッド?」


引き寄せる力。もはやそれを使うのに何らの躊躇もない小僧は、ビビとのやり取りを群集に紛れて眺めていたモードレッドだけをピンポイントに引き抜いた。

さっきと同じように首根っこをつかむ。彼女の足がわずかに浮くくらいの位置に高さを調整。

首を絞めながらも声を出せる程度には力を調整する気遣いも忘れていなかった。


「お前に興味はない。だが一応確認させてもらうぞ。どうかな?」


「えっ、なにを――」


むにゅ。モードレッドと名乗る女の着ている服の上から、何と小僧は胸をまさぐって揉んだではないか。

さっき会った時と同じ、黄色っぽい上着のすぐ下には下着。さらにその下には、ブラの金具の感触があった。

そのさらに下には脂肪と水分でできた乳房が。サイズ感は可もなく不可もなく、十人並みと言ったところであろうか。

若く、張りのある胸であった。もうみんな忘れてる頃だろうからもう一度説明するが、小僧は胸をもむと記憶を失うというバカげた呪いにかかっていた。


その呪いは継続中である。そしてその呪いには一つ抜け道があったのだ。


「やはりな。お前元は男だろ?」


「何故分かったの。おっぱいソムリエなの!?」


「ニセ乳は触ればわかる……人には言ったりしないから安心しろよ。

さて、もう一度言うがお前に興味はない。失せろ」


この時小僧が使ったのは、孤独の悪魔が使うもう一つの力だった。

悪魔の力には二種類ある。引き寄せる力、引力と、"突き放す力"、斥力であった。

本編の血なまぐささは、サブタイで中和しときます。

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