第32話 運命と書いてさだめと読む
「まさかこんなことって……ええ!?」
セラは万華鏡を覗いた瞬間から激しく動揺し始め、危うくこれを取り落として破損させるところだった。
元あったポケットの中に直してからもアベルから離れ、何やらぶつぶつひとりごとを言い出すなど実に不親切極まりない。
「おーい、占ってくれって言ったのは俺だけどさ、そんな対応されたら不安になるだろ!?
どんな未来が見えちゃったんだよ。やめてくれよもう……な、ドッキリなんだろ?」
「こ……これは私の口からはとても言えないわ」
「ええっ、怖いって。やめてくれよもう。そういうブラックジョークはやめろっ」
「いえないの。今はとにかく!」
セラが何を見たのか、もしも彼女の占いの能力が本当に高いのであれば、おそらくはこうだろうとビビは考えていた。
要するに、彼女は今そこにいる男と結婚する未来を見てしまったのだろう、と。
それを見越してか、この夢をビビ達に見せている先生が二人の脳内に語り掛けてきた。
「そうじゃ。どうやら彼女は小僧との子供をもつ未来を見てしまったらしいのう」
「しかし……セラさんは動揺してるようですよ。嫌がってるじゃないですか」
「お前は子供じゃのう」
からかうようにではなく、先生は心底驚いて眉をひそめながら言ったのだった。
「いや子供ですから」
「女とて、独り身が長いとな……少ない出会いを必死に掴もうとするものなのじゃ」
「なにっ」
聞き捨てならないとでも言いたげに小僧が反応した。反応しまいとは思ったが、もはや反射的に言葉が出てきてしまったのである。
先生は振り返り、口元の肉皮をいやらしくつり上げた。
わざと彼からこのような反応を引き出そうと思ったのである。
「ククク、何を必死になっておる。私は一般論を言っただけじゃ」
「失礼なことを言うんじゃない。彼女に下心があって昔の俺を誘惑したみたいなその……あれをだな、とにかくやめろっ」
「わかったわかった。いつまで経っても夢の中が終わらぬからな、次でそろそろ切り上げるぞ」
と言って先生は指を一振りし、その瞬間には、まわりが早朝から夜になっていた。
しかも観測者である三人は外にいて二人の男女の、まるで初恋を経験している最中の子供のようなやり取りを見ていたのが、屋内にいた。
アベルは朝にはもう出ていくと言っていた割に、結局出ていかなかったみたいであるとビビは思った。
彼がベッドのそばで小さい照明にかろうじて照らされながらたたずんでいて、セラはベッドに座っている。
この二人は色恋沙汰に関してはあまりうまく立ち回れるタイプではないようだ。
未亡人ではあるが既婚者のセラも、何故か少女に戻ったみたいに恥ずかしがっているので、大人の男女が夜、寝室に二人でいるのに何らの淫靡な雰囲気はなかった。
「見つかった? その……先生とかいう人を生き返らせる方法は?」
「面目ない。まさかこんなことになるとは……占いの腕に間違いはなかったな」
全然会話になっていないが、その後話を聞いてみると、傍観者の三人はだんだん文脈がわかってきた。
「まったくね。その"遺体"……どうする気なの?」
「ほかに方法がない。この上でこんなことを頼むのは悪いが……俺の頼みを聞いてほしい」
「ろくなことは考えていないんでしょうね?」
「先生を復活させることに協力してほしい!」
どうやら、先生は復活しなかったようである。小僧が回収した袋の中身がどうなっているかはわからないのだが、まず人の形はしているまい。
悪魔の体のほうはアクセルに回収され、その日のうちに封印されたのだろうか。
夜になっても未だ先生の遺体は元に戻らず、どうやら本体の状態は悪魔の状態にも引っ張られるようである。
「セラ。俺は打ち明けておきたい。誰にも言ったことがなかった俺自身のことを」
「何を急に。昨日今日あったばかりの私でしょ?」
「人間関係、色々あるってもんだ。時間は関係ないだろ?」
「それはそうかもしれないけど。話したいって言うなら聞くけど、どうして先生と呼ぶの?
だって母親だって言ってたじゃない。多少生まれが特殊なのはわかるけれど」
「そこが最後の一線だった。先生は、俺のことを息子とは呼ばないし名前も決して呼ばない。
俺のほうもそうだ。母さんなんて呼んだことは一度だってない……小さい時でもな」
「最後の一線?」
「それを許したら戻れなくなっちまう。だって俺は、先生の道具で、人形だからな」
「何言ってるのよ。だいたい、そんな風に思ってるんだったら必要ないわ」
「えっ?」
「復活なんてさせなきゃいい。自由になっていいのよ。どうして自分に首輪をつけるような真似をするの?
いや、"人形"という言い方に合わせるなら"操り糸を"かしら」
「あんただけは、わかってくれると思ってたんだがな」
アベルは優しい男だ。だからこそ、である。
この捨て台詞にも似た残酷で感情がむき出しになった言葉をきいてセラは心臓を銃弾で打ち抜かれたような思いが全身を駆け巡って足腰に力が入らなくなった。
思わず後ろにあった、ろくに使われていない小さいデスクに後ろ手に手をついて落下してくる体を辛うじてさせた。
優しい男なので、可能であればこんな言い方はしたくなかったアベルだったが、深い悲しみと失望の態度を、どうしても外に表してしまった。
ため息とともに目線もどこまでも下へと落ちていったが、セラに悪いと思ったのかすぐに目線を上げて彼は話を続ける。
「安心するんだ、どうしても。それが俺の作られた理由ならそれでいい、むしろそれが喜びだ。
そいつは、俺の兄みたいな奴でさ。元々は捨て子で先生と、オヤジに拾われたらしいんだ」
「兄って、アクセルのこと?」
「俺たちは三兄弟なんだ。そいつはかつて帝国で死神騎士団が設立された時、初代の騎士団員だったらしいと聞いている。
まあ育ての親が親だからな。技術をはぐくむには理想的な環境だったわけだな。
それがある日、命を落とした。嘆き悲しんだ二人はその代わりを作った。それが、アクセル……フラスコの中の小人だ」
「……その死んだお兄さんをもとに作られたってこと?」
「ああ。瓜二つな息子をよみがえらせて二人は満足だったらしいが、アクセルは人の心は持っていなかった。
アクセルは、父親を殺した。それ以来先生はおかしくなっていったんだと思う」
「魔女イザベル……ね」
「どうしても欲しかったらしい。失った家族の代わりが。先生の孤独な人生に原因があるのかもな。
生み出されたのが俺だってわけだ。俺が先生を見捨てられないことはわかったろ?
先生にとって俺は夫と息子、両方の代わりだ。俺は親父を蘇らせるために生まれてきたんだ」
セラは絶句した。何かのために生まれてきた、そう断言できる人間などいるわけがない。
自分がそう決めたのなら、それでいい。主観の問題だ。だがこれは根本的に違う。
先生が自分を失くした家族の代わりとして作った、ということを完全に客観的な視点から了解し、それを冷静に受け入れて他人事のように冷徹に説明してのけたのである。
反論の余地などどこにもなかった。アベルは自分の胸に手を当てて続ける。
「ここにはオヤジの心臓が埋め込まれている。この心臓がどこから来たかわかるか?」
「えっ? 何を言っているの?」
「これは先生がもともと持っていたものだ。アクセルもそればっかりは知らなかったらしい。
最初から、出会ってほんの少ししか経たない頃からだそうだ。
オヤジは、全幅の信頼を示すために文字通り命がけでそれを証明した。
グリモアを渡し、自分の心臓を渡して預けていたんだ。それが俺に移植されている」
「何が何だかわからないんだけどつまりどういうことなの?」
そろそろセラはイライラしてきた。
訳の分からない話を長々と聞かされるのは迷惑なので、筆者もそろそろ話を切り上げよう。
「俺は、二人を復活させる"素体"として作られた。先生はアクセルを捕まえて"長兄"に。
俺のことは親父を復活させる"素体"として必要なんだ。それだけが俺の存在理由だ」
「じゃあ、それじゃその人を復活させたら駄目じゃない!」
「だから、セラにだけはわかるかもと思っていたんだがな。
俺の命をどう使おうがそれはすべて創った先生の思うがままだ」
「それは間違っているわ。かわいそうに、もう大丈夫だからね」
「なにっ」
アベルにとって、これは全く予想していない反応だった。
てっきりセラは怒って軽蔑すると思っていた。
アクセルが言っている通り、自分の信念や目標もなく、ただ"先生のために存在できることが幸せであり、それを思うだけで心が安心する"というのは褒められたことではないと、本人も自覚している。
それを思うがまま吐露したら受け入れてなどもらえない、それが彼の予測だった。
心に保険をかけていたのだろう。彼女に嫌われることはショックだが、でもいずれ打ち明けねばならないこと。
それを打ち明けて嫌われる覚悟を済ませておけばダメージは小さくて済むから。
「私はあなたのこと誤解していたわ。そうだったのね。あなたはまだ子供。
まだほんの小さい子供なのね。私、ずっとあなたのことが気になっていたわ」
「おい、昨日今日会ったばかりだと自分で言ってなかったか?」
「初めて見た時からずっと。私ずっと、あなたのことが放っておけないと思っていたわ。
これは恋なのかと思ってたんだけど違うわ、あなたは私にとって一番苦手なタイプ!」
「なにっ。急だな。泣いていいか?」
「目が……目が離せない。あなたのことばかり考えてしまうの。
そうだったのね、だったらしょうがないわ。ここは私の家よ。
身寄りのない子を引き取る私たちの家。あなたもここへいらっしゃい?」
「え?」
「放っておけないのよ。親に縛られた子供なんてなおさら。もういいわ。
あなたの目的を話してみて。協力するとは約束できないけどね」
「そう……なのか?」
「で、どうしたらいいわけ?」
「話は簡単だ。先生とオヤジがやったこと同じことをすればいい。知識はあるんだ。だから行ってくるよ」
「ちょっと待って、どこに?」
「俺は行かなきゃならない。先生の代わりにあの場所へ。名前は……よく知らないんだ。
俺やアクセルのもとになった奴のことはな。先生は名前を言いたくないんだろうな。
そいつを宮殿から取り戻さなければならない。アクセルが死神騎士団にいるのも多分、同じ目的があるからだ」
「なるほど。話を聞いては見たけど結局はそこにたどり着くってわけね。
あなたが縛られている、ということだけはわかったわ。気の毒に。あなたはきっと紫色のままなのね」
「それでもいい。セラにはわかるはずなんだけどな。自由ってのは、何もないってことだ」
「空っぽなのはあなたの方よ。狂った哀れな、ただ一人の家族への同情しかないわ」
「だから極端な話、占いも自由な未来を一つに縛るってことじゃあないのか?」
「占いを心に留めるも留めないもその人次第なのよ。いい加減気づいて。
あなたの胸には特別な心臓があるなんて話だけど、そこは空っぽなの。
そうなるように母親に仕向けられているのよ」
実に、セラは優しくて人のいい女性である。これはどう見ても、言っても聞かない類の相手であることは火を見るよりも明らかだ。
この手の相手に口を酸っぱくして教えるというのは彼女のような人格者でないと出来ることではないのだ。
いい上司、いい教師になれるのが必ずしもセラのような人ではないかもしれないが、少なくとも熱血教師にはなれるだろう。
案の定アベルは口答えを行った。
「そう作られたからな。もしかしたら先生も、俺がアクセルと仲良くやるのを望んでるのかもしれないなぁ。
兄弟だが、一緒に育ったわけではないんだ。腐っても今生きてる唯一の家族だからな」
「なんか……そういわれると何だか止めるのも忍びなくなってくるわね。
でもいいのかしら。死神騎士団なら今、この町でカルトと闘ってるけど」
「アクセルはここにいない。わかるんだ。
ところで魔女の息子として、カルトと死神騎士団……俺はどっちに味方すべきだと思う?」
「私に聞かないでよ。バカじゃないの」
「冗談だ。この町には恩がある。魔女の子としての責任もな。奴らをぶっ潰してくる」
ところで、突然だがアベルがこういい終わった瞬間に先生、ビビ、そして小僧の三人は現実世界に戻ってきた。
こちらでは、朝の活気ある港町のほうへ、ディープな下町の安宿から歩いて行っているというわけだ。
現実においては、数秒も経過しないほどの短時間で過去を見せてもらったわけだが、当然ビビは先生に食って掛かった。
「ど、どういうことなんですか。先生はヒドイことを企んでいるんですね!」
「まあ落ち着けビビよ。私は何も変わっておらぬ。三十数年前から、今でもな」
「俺もだ。何も変わっちゃいない。でも先生、ベルってのはどういう経緯で生まれたんだ?
今見た記憶の感じだとセルフィが生んだのではないようだが、ていうか生まれるタイミングがないよな」
「ウム。小僧はこのあと帝都へ向かったようじゃ。お父様がやったような研究を帝都の宮殿で行い、フラスコの小人を完成させた。
私を模してな。その結果生まれたのがベル……あとはもうわかるじゃろう」
「全然わかんないんですけど」
「小僧が次に手に入れたのはグリモア。記憶の悪魔を司る魔術書じゃ。
それを使ってベルに記憶を移植した。そう……それが今ここにいる私なのじゃ」
ビビはセルフィから聞いていたのと随分違う真相を聞かされて呆れてしまった。
ただ、ベルおよびそれに移し替えられた"先生"は、あの家で過ごしたことがあるらしいことはわかった。
でなければ、先生とセルフィが今はわだかまりもなく、むしろ仲が良さそうである説明がつかない。
つまりは、あの家でしばらく一緒に過ごすうちに情が移り、先生を責めるには忍びないとセルフィが考えるようになったのでは、とビビは思った。
「おいおい、それってまずくないか?」
「まずいことしかないと思うんですけど、特に何がまずいんです?」
と聞いてアベルが答えたのを聞いてビビは深く納得して腑に落ちた。
同時に、自分はその答えにたどり着く道筋はありながらたどり着かない愚鈍だと悟った。
「いいか、アクセルは親殺しのパラドックスを解消したいとかなんとか言ってたよな?
それのためには、お前の力……運命を観測し、固定化する神々のリンゴとかいう能力が必要らしい」
「未来なんかさすがに見えないと思いますけどね……?」
「だが、今の先生を殺すにはそれは必要ないってことだ。厳密には今の先生はアクセルの親とはもはや違うわけだろ?」
「確かに。アクセルにも殺すことが可能というわけですね」
「俺が先生を守る……か。考えたことなかったけど、気を引き締めていかないとな」




