第31話 占い
「お前の兄貴や、それにアクセルのことだ。俺には考えもつかないことだよ。
そうだ、俺は結局アクセルに言われた通りのちっぽけな奴だ。
たった一人の大切な人がそばにいるだけでいい……他のどこへも行きたくない」
「僕は……僕は口は出しませんよ。人の生き方に意見できるほど大人じゃないですから。
何が大事なのか、何を選ぶのが正しいのかなんてわからないし、決められない。
先生に絶対服従、何を言われても疑問は抱かない。それもいいと思います」
「いいと思ってるようには聞こえないが?」
「要するにお兄さんが言いたいのは、運命は予め決められているから、自分の心に従いたいってことでしょう?」
小僧は特に異論はないので軽くうなずいた。ビビは続ける。
「だから先生のそばにいたい、と。それでいいじゃないですか。
なのに不思議。いいと思ってるようには聞こえない、と僕に言いましたよね?
僕には、あなたの言っていることのほうがむしろ……いいと思ってるように聞こえません」
「私は女なのでわからぬが、まあ男なら母親から早く自立せねば、という風に考えても不思議ではないようじゃな」
突然話に割り込んできて言ったかと思うと、先生はこのように続けた。
「結局お前は、優しすぎるのじゃな。
つい昨日か今日かに会ったばかりの皇女殿下にも話を聞いて同情し、何より私に同情している」
「違う、同情じゃない。俺は本当に……!」
「私と、皇女殿下のそばにいてあげたいが同時には無理。どっちを選んでも後悔する。だから迷っている。
アクセルは"過剰なほどの個"、そしてお前は"過剰なほどの無私"なのじゃ。お前は優しく育て過ぎたのかのう……?
迷う必要はない。お前は私のそばにだけいればよい。わかったな小僧」
「それは……も、もちろんだ。元よりそのつもりだ先生」
「よいか二人とも。二十二年前、宮殿には"原初の存在"が安置されておった。
アクセルや小僧の元になった人間じゃ。皇女殿下が会いたがっている"あの時のアベル先生"とやらをそこから複製して作ってやればよい」
「えっと、何を言っているんですか先生……?」
「しょせんはまがい物に過ぎぬ。小僧、私がお前をアベルと呼ばないのも、私を母さんと呼ばせないのもそのためじゃ!
お前が死んだのは一度や二度ではない。そのたびに私はお前を生き返らせてきた。
今のお前は殿下が愛した先生などではない……してやれることは、お前にはないじゃろう」
「それはわかっているつもりだ。でも力になってあげたい。先生もそうだろ?」
「うむ。じゃからアクセルから例のものを取り返して複製を作る。
記憶の悪魔ならば二十二年前までのお前の記憶を複製することも可能じゃからな。
"今の"お前にそうしなかったのは、もう二度と失いたくなかったからじゃ。
あの方とアクセルを失い、お前まで失って、蘇らせたお前を息子と呼んで愛したら……私は……!」
先生は話している途中で感極まって、喉が収縮して声が細く、極限まで高くなって、かき消えた。
目頭から涙があふれ、顔を伏せて手で覆う。
親子の会話に何も言わないほうがいいような気はしたが、やはり老婆心からビビは口を挟むことに決めた。
「無理だよそんなこと。大切な人と同じ姿をしてる人を、愛さないなんて出来るわけが。
そういうことだったんですね、宿屋でのあの一言は」
どうやら先生は、小僧を物や道具のように見ているような風をがんばって装っていたようである。
それが自分の弱点だとばれないために。好きで好きでしょうがないと決して自分で認めないために外部を、そして自分さえも欺こうと努力していた。
「俺はどこにも行かないって言ったばっかだろ?
もう泣くなって。なあ先生?」
「なんじゃ」
先生が赤く泣きはらした顔を上げると、せっかくいい雰囲気であったのにこれをぶち壊すこと必至の発言を小僧が行った。
「俺は先生のこと母親だなんて思っちゃいなかった……それがやっとわかった」
「じゃ、じゃあなんだと思ってたのじゃ。恋人とか?」
このタイミングでもとっさに冗談を言える先生の余裕に感心しつつ小僧は続ける。
「どっちかというと、妹みたいな……?」
「なんで私が年下なんじゃ!」
先生に猫パンチによく似た"おドツき"を食らって小僧は後ろむきに倒れた。
もっとも、常軌を逸して体が頑丈なので一切のダメージは受けていないのだが。
これを見て噴き出したビビは笑いをこらえながらこう言った。
「でもなんか僕もわかります。先生は母親ってガラじゃないですね」
「お前まで。私ってそんなに子供っぽいか……?」
「お兄さんが過剰なほどの"無私"というくらい優しいのは、先生がいたからだと思います。
そして、何よりそこまで優しいのは先生にだけだとも思います。
お兄さん、忘れたわけじゃないですよね。例の……リリスとかいう子のことですよ」
「お前のお節介さには負けるね。結局事情が分からないことにはどうしようもないだろ?
姪っ子だか何だか知らないが、俺はどのみちあの子の父親とは対決する運命にある」
「それはそうですが……」
「私もあのリリスとかいう子について知っているわけではないが、二人ともその話はあとじゃ。
私がお前たちに過去を見せているわけを忘れたか?」
「おっと、そうでした、先生が訳の分からないことを言い出して……!」
「ああ。説明してくれよ先生」
「じゃから、過去を見ればわかる。少し飛ばすぞ。その場面を私も知っているわけではないが」
「なんで知らない過去を僕らに見せられるんですか!」
「つくづく、本当に先生はアクセルに勝てないのか疑いたくなるな」
などと口々に連れの男二人に文句を言われているのを無視して先生は二人に見せている過去の場面を転換した。
気が付くと三人は知っている場所にいた。あのセルフィという女の客間のような場所だ。
一応振り返っておくが、セルフィという女は昔、セラという普通の女だった。
村の名士と結婚したが子供が出来る前に死別してしまい、さらに夫の血縁者もほとんどが亡くなっている。
財産を相続し、この大きな屋敷を村の親がいない子供のために運営している。
そのため金持ちでも生活は質素で、相続した土地で子供たちと一緒に農家をやっており、自給自足に近い生活を送っている。
先生はビビに「過去を改変する力のせいで運命が変わっている」との指摘を受けたことが原因なのか、魔法で全員の姿を隠したうえで、過去を見せることになった。
最初からそうしておけという話だが。二階から一階へ降りると、そこはやはり前回と同じような光景が広がっていた。
リビングの一番奥にある暖炉のそばは明るく、暖かい。
子供たちの寝静まった夜更けにそこだけ陽だまりが滞っているかのようで、二人の行く末を暗示しているかのようだった。
そのそばには会話をしながらも少しうとうとしているこの家の主人セラと、例の、またしてもここに連れてこられたアベルという男がいた。
「知らないなぁ。俺にそんな知り合いがいたとは思えないが……」
恐らくビビのことを言っているのではないかと、隠れてみている三人には思われた。
「そうなの。ウチのミリーって子が心配していてね。やっぱり大きな衝撃があったから記憶が飛んだのかしら」
「そうかもな。助けてくれたことはありがたいが、そろそろ行かなくては」
「相変わらずなのね。ゆっくりしていったらいいのに。私からのお願いも、都合よく忘れたってわけ?」
セラは油断ならない女である。基本的には優しい人物だが、時折魔性の女、的な面をちらりと覗かせることがままある。
見るものみな振り返る、この辺りで一番の美人だ。だから、金持ちの名士とも結婚できたことに疑いの寄りはない。
結婚できた途端に周りの人間が次々なくなり遺産を相続したことから、彼女を魔性の女と表現することはあながち間違いでもなかった。
実際、この辺の女性たちの間でもっとも嫌われているのが彼女であることは市井の女性にアンケートをとるまでもないことだった。
「お、お願いだって。やめてくれ。そういうのに弱いんだ俺は」
「どういう意味かしら?」
「いやだから、その、まあなんだ。聞けば俺は二度もこの家に命を助けられたそうじゃないか?
お願いがあるなら何でも言ってくれよ。約束を果たせなかったのか、俺は?」
さっきはとっととお暇させてもらおうとしていたくせに、随分早い変わり身であった。
「いやぁ、まあそんな大したお願いじゃないのよ。私ってほら、すごくキレイでしょ?」
「うっ、自分で言うかそういうコト。確かに美人だ。美人には美人なりの悩みがあるってことか?」
「そうなの。聞いてよ全く。最近はね、この町に妙な宗教団体が広まってて」
「宗教団体というと、魔女イザベルに関連することか?」
「多分ね。奴ら、集団結婚式とかいうのをやってて。気持ち悪いったらありゃしないわ」
集団結婚式と言えば、かつて某国の元首相だった人物が暗殺された事件において、犯人が漏らした供述で登場した統〇教会が行っているものを彷彿とさせる。
政治問題はおいておいて、セラは話を続ける。
「そうでなくても男除けが必要なのにね。こんなこと同じ人に二回もお願いするなんて初めてよ。
急ぎの用事がないのならしばらくここにいてくれない?」
「急ぎの用事か。あると言えばあるしないと言えばないんだが」
「どういうこと?」
「記憶はハッキリしているんだ。そしてはっきりと感じている。魔女イザベルは……死んだ。
正直言うとだな。魔女イザベルは俺の母親なんだ。だから死んだことはわかる」
「まあ。面白い知り合いがいるって自慢したいくらいだわ」
「あんま言いふらすなよ」
「わかってるわ」
むしろ、魔女イザベルという恐れられている女の息子と知り合いだと言いふらしたらセラのほうが危険である。
単なるジョークだと、アベルがわかってるのかは不明だが彼はこの答えを受けて、こう続ける。
「だからなぁ。何をしたらいいのかわからなくなったんだよな、俺って。
何にもわからないまま終わってしまった。暴走したあの人を、どうにかしたかった……身を滅ぼす前に守ってやりたかった」
「私も母は亡くしてるから、気持ちはわかるわ」
「すまん。気を遣わせるつもりはなかった。俺っていつもこうなんだ。
ヒヨコみたいに後ろをついて歩く人が欲しかっただけなんだ」
などと聞かれてもない愚痴をこぼす自分を見て、小僧は大声を出したいところを何とかかみ殺しながらつぶやいた。
「おいおい俺、何を言ってんだ?」
「黙っとれ」
先生に諭されて何も言い返さずに小僧は口を閉ざした。
もう一人の彼に対し、ここの女主人セラは最初からそうではあったが、それに輪をかけて優しい対応を見せる。
世の中の九割以上の男は、こんな美女にここまで優しく対応されたら、(この女、俺に惚れたに違いない)と思ってしまうことだろう。
「寂しさを抱えていない人なんていないわ。私だってそうだもの」
「男除けがどうとか言っていなかったか?」
「どうでもいい男は寄ってこないでほしいわよ?
私が子供たちに何かしてあげたいと思うのはきっと同じ……いや、私なんかと一緒にしたら悪いかしら」
「立派な行いだ。子供たちはみんなアンタを慕っているようだ」
「私はただ寂しいだけ。何もないから、私には……ただ与えるしか、それ以外何もできないから。
あなたが何度死の淵に臨んでも立ち上がって身を粉にするのもそうなんでしょ?」
「それ以外知らないっていうことなら、その通りだ。だから感謝しているよ。
今はとりあえず、やるべき事が出来た。安心する」
「ありがとう。それでね、ミリーにしつこく言われたんだけど本当にビビって子に見覚えはないの?」
「知らないな。俺が道連れを連れてるなんてこともないはずだが……見間違いじゃないのか?」
「あの子の目は信用できるわ。特別製だもの。私も産んだわけじゃないからそれ以上詳しくは知らないけど」
「ミリーってのはあれか。さっき起きた時、ついててくれた子か?
あの子にも何かお返ししないとな。だが俺のそばは危険だ……子供を連れてるなんてありえないはずだ」
などと会話しているうちに眠たくなってきたのか、しばらくするとアベルと呼ばれていた男は椅子にもたれて目を閉じ、とうとう寝てしまった。
翌日以降、彼はここにいると約束はしたものの、何をしたらいいのかわからなかったらしい。
安心したのもつかの間、結局なにをしたらいいのかわからなくなったようである。
ただ、この家に男手はなかったのでまるで召使のように重宝され、家の裏の農園やら家の雑用やら、仕事には事欠かなかった。
そんな平穏な日々が続いたある日のことだった。朝方、妙な袋を背中に背負った彼が家に帰ってきた。
この家の主人セラは朝が早い。おびただしい数の仕事が朝から晩まであるからだ。
この家にもすっかりなじんできたアベルが朝帰り。背中には巨大な袋を背負い、重たそうな荷物が中に入っている。
そう気づいた彼女は凍り付き、しばし二人は目が合ったまま無言で硬直していた。
「……これのことか。こいつは先生のだ」
「えっ?」
「魔女イザベル本人が、ここに入っている。わかったんだ、空気の感じで」
「どういうこと?」
「まあその……少し俺のことを話しておくか。あんたには話しておかないと誠実じゃないだろう。
ちょっと荷物を置かせてもらうぞ」
どうやらこの男、あの城の瓦礫から先生を見つけたようである。
悪魔の方はアクセルが持っていき、本体のほうは袋の中にある。
この袋を庭の芝生の上に放擲すると彼は自分の胸に手を当ててこう話しだした。
「オヤジの心臓がこの中にある。俺はこの心臓で動いている。先生は親父の遺体の断片を持っててな。
それが反応して居場所を見つけることが出来たんだ。まあ堀りだすのは大変だったが」
「聞いてないわよそんなこと。
ええっと、それどうするの。ていうか生きてるの?」
「放っておいたら生き返るだろ。物理的に絶対死なないようになってる。さて問題はだな……」
「ちょっと待ってよ、問題を起こされると困るんだけど」
「悪い。だが大事なことだからよく聞いてくれよ。この町にカルトの奴らが住み着いてる、なんて話を聞くよな」
「ええ……それが魔女イザベルなんでしょ。だったらその人のせいってことになるわね」
セラは常人なら頭がおかしくなりそうな異様な状況でも冷静である。
予想外の状況に遭遇するということはえてしてこういうものかもしれない。
人は理解できない状況に面すると混乱するが、はたから見ると落ち着いて見えるのだ。
「起こしたらどうなるかだな。先生がどこかへ行くと言えば俺もそれについていくよ」
「そう……短い付き合いだったわね」
「俺みたいに記憶を失くしてたらどうしようか」
「駄目よ。ここはもう定員を超えてるんだから」
「何も言ってないだろうが。聞いてくれセラ。
俺も先生も親父の遺体を持っててアクセルには常に居場所がばれている。
アクセルってのは、カルトの総帥なんだ」
「話が見えないんだけど……」
「俺たちがここにいるとカルトがそれを知ってしまうってことだ。ごめんなセラ、俺は嘘をついた。
少しだけでいいから、ここにいたかった。居心地がよかったからな」
「最初から出ていくつもりだったってことね……」
「遺体は遺体を引き付ける。しかもなぁ……厄介なのはアクセルは死神騎士団団長なんだよ」
「えっ。この町を散々に荒らした奴らでしょ。というか……えっ?
どうしてカルトの総帥とそれを取り締まる死神騎士団の団長が同一人物なの?」
警視総監がヤクザの組長と同一人物である、みたいなものである。
「全く迷惑してるんだ。顔が同じの兄弟だからな、あいつのせいで何度旅先で人違いされたことか。
アクセルがここに狙いをつけた理由は、魔女の本拠地に近かったからなんだろうな。
今はもう、この通り魔女はいない。だが俺たちがいるからアクセルにもまだここにこだわる理由があるってわけだ」
「そこまで言うならもういいわよ。丁寧に説明してくれてどうもありがとね!」
「俺はもう行く。約束を破ったのは悪いと思ってる。最後にわがままを言ってもいいか?」
「厚かましい男ね。なに?」
「何か占いをしてくれないか。俺の未来が見れるんだろ?」
「まったくしょうがないなぁ」
などと言ってはいるが、セラは自分の唯一の取り柄が占いだと思っている節があるので内心ではこの要請を喜んでいた。
彼女は朝のちょっとした仕事があったが、それはいったん中断してポケットから紙片を取り出した。
「これをなめて」
「ええっ……嘘だろ」
しかし自分で言い出した手前、これを断ることが出来ないということはアベルも了解しているため、素直に言うことを聞いたのだった。
紙片をなめたらどうなるかと思ったら、なんと、濃い紫色に変化した。
「うわ、気持ちわるっ!」
いつの間にか自分も紙片に唾液をつけていたセラだったが、結果は紫の紙片がもう一枚増えただけだった。
「あら、私も紫だわ」
「何を表しているんだ?」
「残念だったわね。どうやらあなたの思い通りにはいかないみたいよ。
その紙片は"進むべき道"の色を示す。紫色は現状維持。色が明るいほど大きく変化を。
逆に黒に近ければ過去があなたを追いかけてくる、そういった意味になるのよ」
「……俺はここを離れる運命にはないと?」
「そういうことみたいね。私のよりあなたのほうが少し暗いかしら。
あなたに過去がまとわりついてくるとしたら、そこにいるお母さんと、死神騎士団のお兄さんなんでしょうね。
でもこれだけだとまだちょっとね……」
「なんだ、星でも見るのか?」
「今は朝でしょ。しょうがない、万華鏡占いでもやるか」
「芸が細かいなぁ……」
さいころ、クジ引き、水晶玉……よくある占いの道具は一通り持っているセラだが、こういう時に重宝するのは意外に万華鏡らしい。
確かに、一度占いで出た紋様はもう二度と出てこないだろう。彼女はこれをよく振ってから、二人で順番に中をのぞいた。
むろん、口で万華鏡の紋様を説明することなどできはしない。お手上げというやつである。
「ええっと、セラ。今見えた模様は何を表してるんだ?」
「まさかこんなことって……ええ!?」
今年初め、Civilization6というゲームを買ってハマったとあとがきで少し書いていたのですが、半年で900時間以上プレイしてしまっています。
計算すると1日平均5時間弱プレイしないとここまでの数字にはならないようです。恐ろしい。
あのゲームは、買ってはいけない。自分はデジタメ(デジタル・エンターテインメントの略)ということで、ネット上に作品を上げて誰か一人でも楽しませてあげられたら満足、ということでそういう名前にしてるんですが、あまりに楽しませすぎるのも考え物ですよ。




